一方通行
誰が想像できたと思う。
毎日学校で顔を合わせ、他の友人たちを加えて遊びにも行った。色恋沙汰などとは無縁の想い人が、あっさりと結婚してしまったのだ。結婚式の招待状が送られてきても行けるはずもない。そして時間だけが経った。
放課後、補習で居残りをしていたナツ。それに補習などないはずのグレイも付き合っていた。
「ナツ」
「んー?」
グレイの呼びかけに、ナツは問題用紙を見つめたまま気のない返事をする。それを冷めた目で見つめながらグレイは口を開いた。
「お前、ラクサスが何してるか知ってるか?」
自分の夫の名が出てナツは顔を上げた。きょとんとするナツにグレイは続ける。
「昨日の夜、あいつが何してたか知ってるか?」
グレイの声が教室に響く。
グレイの纏う雰囲気に気持ち悪さを感じて、ナツは顔をしかめた。
「何が言いたいんだよ」
「あいつが女を抱いてるって、知ってたか?」
グレイの言っている意味が、ナツの年齢で分からないわけがない。経験などなくても知識はある。
「お前、何言って」
「これ見ろよ」
グレイは鞄の中から取り出したものを机に滑らせた。複数枚の写真だ。全て違う人物だが、写っているのは女性。グレイは一枚の写真を指で叩いた。
「昨日の夜はこの女。お前でも知ってるような有名な会社の社長だ」
「……ラクサスがそんな事するわけねぇだろ」
ナツは邪魔そうに写真を退ける。問題用紙が隠れてしまっていたのだ。
その行動にグレイは顔を歪めると、ナツの手を掴んだ。
「ずいぶんとラクサスの事信用してんだな」
「当り前だろ」
迷うことないナツの瞳にグレイは歯ぎしりをした。
「これでも、まだ信用できんのか?」
グレイが更に数枚の写真を机にばら撒く。鬱陶しげに見ていたナツの瞳が、写真を目にして揺れた。
「調べさせた。時間はかかったけど、やっと尻尾を掴んだ……ラクサスは、会社を理由に女を抱いてんだよ」
ナツの目に映る写真。そこには、先ほどの写真に写っていた女性と共にいるラクサスの姿。もちろん隣を歩いているとか会話をしているとかではない。二人がいる場所はベッドの上だ。
呆然と写真を見つめるナツに、グレイが続ける。
「分かったろ、あいつがどれだけ最低か」
ナツは潤んだ瞳でグレイを睨みつけた。
「最低なのはお前だろ」
ナツは机にばら撒かれている写真に視線を落とすと、手で払い落した。床に散らされていくそれを眺めながら、ナツは唇をかみしめる。
「お前、何でこんな事すんだよ……」
知らなかったラクサスの裏の一面。それにも衝撃を受けたが、それ以上にナツの心を乱したのは友人であるグレイの行動だった。何故調べ上げた上にわざわざ自分に告げてきたのかナツには理解できない。
ナツは、こみ上げてくる涙を隠すようにグレイから顔をそむけた。
「ナツ、俺は」
教室から出て行こうとするナツを引きとめるようにグレイの手がナツの腕を掴む。しかし、すぐにそれはナツの手によって振り払われてしまった。
「もう、お前の顔なんか見たくねぇ」
身体を震わせながら言葉を吐き出すと、ナツは、教室から飛び出して行った。
廊下に響く足音が消えると、グレイは振り払われた手をきつく握りしめた。
「俺は……お前をもう一度振り向かせたいだけなんだ」
お前が一人に心を縛られる前のように、視線も心も交わしたかった。
20100812