たとえ変わっても
「お待ちしてました。イグニール様」
フリードが頭を下げる目の前には、炎を連想させる様な髪の男。イグニールは、ナツの父親だ。
フリードに招かれる様に家へと入っていくと、ナツが待ちわびた様に飛びだした。
「父ちゃん!」
「ナツ!」
イグニールは飛び込んできたナツをきつく抱きしめた。
感動の再会の様に見えるが残念な事に毎日の光景だ。ナツがラクサスと婚姻を交わし、それを認めたイグニールなのだが、毎日ドレアー家へと訪れていた。一人息子が嫁いでしまって寂しいのだろうが自重してほしいものだ。
フリードは慣れたものでイグニールの分の茶の準備をし始めていた。
「ああ、そうだ。いいものを持って来たぞ」
イグニールは持っていた物をナツへと差し出した。アルバムだ。
「これ俺のか?」
「ナツも写っているけど、ラクサスやフリードが多いな」
ナツが瞬きを繰り返す。空気と化していたがずっと一緒に居たラクサスも驚いたように目をみはっている。
茶の準備を終えたフリードが懐かしそうに目を細めた。
「幼い頃の、ですか」
「知ってるのか?」
ラクサスの言葉にフリードは頷いた。
ラクサスの祖父であるマカロフとイグニールは、年は離れているが良き友だ。まだナツ達が幼い頃、よく両家に遊びに連れて行ったりもしていた。しかし、ラクサスとナツの記憶にはすっかり残っていなかったようだ。
アルバム観賞をしながら、イグニールやフリードが懐かしそうに写真に説明を付け加える。
「ラクサスは覚えてねぇのかよ」
不満そうなナツだが、ナツも同様に記憶にないのだ。フリードは苦笑した。
「ラクサスの場合はトラウマになっているんじゃないか?」
「流石に、子どもに対してやり過ぎたとは思ってるな」
小さく笑みをこぼすイグニールの言葉にラクサスは顔をしかめた。
トラウマになる様な事をされたのか。記憶から消し去りたい様な事だったのか。気になるが思い出してはいけない気がする。
フリードとイグニールが懐かしそうに話し始める中、ナツが一枚の写真を見つめていた。幼い頃のラクサスが写っている。
「どうした?」
ナツは目の前に居るラクサスと、写真に写る幼少期の姿を交互に見比べて、首をかしげた。
「……これ、本当にお前か?」
誰しも疑問に思うだろう、いくらなんでも変わりすぎだ。ナツの言いたい事を察したラクサスは、幼いナツが写っている写真を指ではじいた。
「お前が変わらな過ぎなんだよ」
そのまま成長したようだ。幼さと純粋さを保ったままで。どう育てれば、ここまで汚れないで済むのか。ラクサスは己の成長よりもナツに疑問を感じてしまう。
ナツはむっと唇を尖らせた。
「悪かったな」
自分には有り得ない表情だ。コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。ラクサスは柔らかく笑みをこぼした。
「お前は、それでいい」
ナツは頬を紅色させると、もぞりと身体を動かせた。隣に座るラクサスに寄り添うように身体を近づけ、ラクサスの肩に頭を乗せる。
「……どんなに変わっても、それがラクサスなら、俺……」
触れ合う手。ラクサスはナツの手を握りしめた。
正直まだ新婚なわけで、二人が仲睦まじいのは喜ばしい事なのだ。だが、時と場合は考えるべきだろう。
内心悲鳴を上げながらフリードはイグニールから顔をそらせた。
「顔、どうにかしてください」
フリードが真面目な顔で告げた通り、イグニールの表情は見られたものではない。不機嫌そのもので、睨まれたら最後魂を狩られそうだ。
イグニールはナツに見られないようにと顔を俯かせた。
「まだ子どもの内に釘を刺しておくべきだったな」
イグニールの低い声にフリードは何も答える事は出来ない。
結婚は許していても、目の前で息子が男に頬を染めるところなど見たくはなかったのだろう。
ラクサスのトラウマが再発しなければいい。フリードは祈るしかできなかった。
20100811