光
ナツが学校を休んで一週間、強制的な結婚から三日が経過した。
「ラクサス、ハートフィリア財閥の御令嬢が見えている」
ラクサスは面倒くさそうに顔を歪めたが、読んでいた本を閉じた。
「通せ」
ラクサスの返事など聞くつもりなどなかったのだろう。
遠慮などなく慌ただしく部屋に入ってきたのはルーシィだ。学校を終えた帰りなのだろう、制服を身にまとっている。
「野蛮なお嬢サマだな」
「野蛮はどっちよ。ナツはどこ」
お嬢様というには似つかわしくない表情だ。苦虫を噛み潰したようなルーシィの表情に、ラクサスは鼻で笑った。
「ああ、あんたはあいつのオトモダチだったな。悪いが、あいつは熱出して寝てんだよ。だから帰れ」
手で追い払うような仕草に、ルーシィは持っていた鞄をラクサスに叩きつけた。
「嘘!どうせ閉じ込めてるんでしょ!ナツを返しなさいよ!」
ルーシィの様子が尋常ではない。美少女といわれるほどに可愛らしい顔は怒りに歪んでいる。
ラクサスは、ルーシィの言葉に眉を寄せた。
「あいつは俺のもんだ。あんたも式には顔を出してたろうが。人の妻を返せってのはどういう事だ?」
「……あんた、何企んでるのよ」
「企むだ?」
ルーシィは顔を俯かせた。怒りからか、悲しみからか、身体が震えている。
「ナツは縛っちゃいけないの……自由じゃなきゃいけないのよ、光を失わないために」
ナツが「希望」だの「光」だのと呼ばれている事をラクサスは知っていた。それゆえに、ナツが見合いと称して多くの者と顔を合わせている事も。ナツと接したものは誰でも希望を見出す。妙なジンクスの様な噂が流れているのだ。
ルーシィは悔しそうに唇をかみしめた。
「だから、グレイだって」
グレイはルーシィ同様にナツの側にいた人間の一人だ。
ラクサスは揶揄するように笑みを浮かべた。
「何だ、あんたもあいつに惚れてんのか」
もちろんナツの事だ。
ルーシィの顔が一瞬で赤くなる。
「グレイって野郎も」
だが。ラクサスは続けた。
「あいつは俺のものだ。気安く近づくんじゃねぇ」
ルーシィはラクサスを睨みつけた。大きな瞳に涙をためながら、震える唇を動かせた。
「あんた最低よ」
「そりゃ、結構だな」
ラクサスは、足元に転がっている鞄を拾い上げルーシィへと放った。帰れと暗に告げているのだ。
鞄を抱えたルーシィは、ラクサスに背を向けると涙をぬぐった。
「あんたみたいな奴にナツは渡さない」
そう吐き捨ててルーシィは部屋を出ていき、入れ替わるようにフリードが入ってきた。
「ラクサス、もう少し言葉を選ぶべきだ」
「盗み聞きか?いい趣味だな」
ルーシィの様子から何か問題が起きてはいけないと危惧して、部屋の外で待機していたのだろう。その際会話が聞こえてしまうのも仕方がない。
フリードが咎める言葉を言う前に、それを止めるように隣室とつながっている扉が開いた。
その部屋には一人しかいない事をラクサスとフリードは分かっている。二人の視線が集中する中姿を現せたのは、パジャマを身にまとっているナツ。
「ラク、サス」
身体をふらつかせながら近づいてくるナツに、ラクサスは駆け寄った。体を支えてやりながらナツの額に手を当てる。
「まだ熱があるな……大人しく寝てろ」
「は、腹減ってんだ、食いもんくれぇ」
ナツの腹からは空腹を訴える音が鳴り響く。
ラクサスは呆れたように溜め息をつくとフリードへと振り返った。
「何か用意してくれ」
ナツの身体を抱きかかえて、ラクサスは隣接してある寝室へと歩みを進める。
その後ろ姿を見て、フリードは笑みを浮かべた。
「確かに光だな。ラクサス、お前にとっても」
20100805