感染





何にでもきっかけというものはある。それは人との出会いにも同じ事が言える。物にも当てはまることだ。
そして、その出会いがまたその人の人生さえも大きく変えていく。

その日、ルーシィは買い物などで休日を満喫していた。服屋を見て回り、ギルドとは別の場所で食事を取る。ギルドの人間とは全く関わることもなかった平和な休日。
最後に食料などを買いこんだ帰り、立ち寄った本屋ブック4DAY。

「何か面白い本出てないかなー」

物色していると、雑誌コーナーで足を止めた。本日発売の場所に詰まれている雑誌。

「あれ、週ソラ?初めて見る表紙ね」

ルーシィが愛読している雑誌週刊ソーサラーが少ない部数で詰まれていた。
発売日なら高く積んであるのが常なのだが、妙だ。それに、毎週決まった発売曜日なのだから今日のはずはない。ルーシィも数日前に発売日に購入したばかりである。

「何だろ、気になるな……いいや、買っちゃおう!」

ルーシィは一部を手にとってカウンターへと向かう。
その時ルーシィは気づかなかったのだ、手にした雑誌がいつもとは違うことを。ソーサラーな事に変わりはないが、それに二つほど単語が付け足される。月刊と裏。その名も「月刊ソーサラー裏」だ。見るからにタイトルが怪しいのだが、ルーシィがそれに気づいたのは帰宅して中身を確認してからだった。

「やだ、何これ!ていうか、週ソラじゃなくて月ソラ?!しかも裏って!」

ルーシィは羞恥に顔を赤らめながらも中身に目を通していく。
週刊の方でもお馴染みの魔導士ランキングが載っていた。そこには見覚えのありすぎる名前が複数。しかも、一位の名前にルーシィは驚愕した。

「ナツが一位?!グレイもラクサスも出てるじゃない。あ、リオンとヒビキとロキも……ていうか何このランキング “魔導士受けランキング&魔導士BL一押しカップリング”……ナニソレー」

ルーシィの表情が硬くなる。
しかし読み始めると止まらないのがこの手の内容である。

「何々?“大陸中で知らぬものはいない火竜。報じられる事件とは裏腹にその正体は幼い少年である。その内に秘めるのは魔力だけではなく天然魅了?無邪気な笑顔で、ランキングでは常に一位をキープし続けるナツ・ドラグニル。今回のランキングで読者から投票で選ばれた堂々の一位はグレイ×ナツ。幼い頃からギルドで過ごした彼らはいつからか恋心が芽生えたのではないか。今回は特集として、妖精の尻尾BLカップリング。読者の投稿作品4作を掲載!”……ナニソレー」

同じギルドの仲間がこういう内容で雑誌に載っていると、いろんな意味で胸が高鳴る。
ルーシィは高鳴る胸を押さえながらもページをめくり続けた。
読者投稿作品のカップリングは、グレナツ、ラクナツ、ロキナツ、ガジナツの4作品だった。ちなみに誰の台詞かはご想像にお任せしますが「お前の心を氷付けだぜ」「俺だけに痺れてろよ」「君の心の門を開いてもいいかな?」「鋼の心を貫いてみろよ」「俺の炎で萌えちまえ!」など。作品により異なるが、そういった内容が掲載されたようだ。
最終的にルーシィは顔を赤らめながら、恥じらいながらも最後まできっちりと熟読した。

「ナツ、あんたすごい事になってるわよー」

女性の脳内で。
しかし、ルーシィは募集ページを見つけて食いつくことになる。

「うそ、これ……本当?!」

ルーシィは雑誌を放って、机へと向かったのだった。

翌月。月刊ソーサラー裏略してソラ裏の発売日。
ルーシィは購入した後その足でギルドへ向かった。どうやらナツたちはまだ来ていないようだ。
ルーシィは騒がしいギルド内でなるべく人目につかなそうな隅の方の席を選んで座り、ソラ裏を開いた。探すページは掲載発表のページ。

「やった!」

ルーシィは小さくガッツポーズを作った。
掲載されているページには、BL作品最優秀賞発表と見出し。そしてあげられている名前には「P.N.精霊大好きさん」と書かれている。
想像はつくと思うがルーシィの事である。賞金は10万J。家賃を払ってもお釣りがくる額。いつも家賃で嘆いているルーシィにとってはおいしい話だったのだ。

「家賃ゲット!ナツには悪いけど家賃のためよ。それにしてもさすが私、才能あるのね」

作品の掲載は今月号に載せられている。
発表のページを見てにやついているルーシィに影がかかった。

「おはよう。ルーちゃん」

ルーシィは慌てて雑誌を隠した。

「れ、レビィちゃん!おは、おはよー」

にこりと愛想笑いで応えるルーシィに、レビィは周囲を伺うように辺りを見回して、ルーシィに顔を近づけた。

「やっぱり、あれってルーちゃんだよね」

「あれ?」

首をかしげるルーシィにレビィは少し慌てたようだった。自分の予想が外れたかと、言いづらそうに言いよどむ。

「違うの?ソラ裏の作品」

「何で知って……?!」

「良かった。やっぱりルーちゃんだったんだ」

ほっと息を吐いて力なく笑うレビィにルーシィの額に嫌な汗が流れる。
正直人に知られても胸を張れるような内容ではない。しかも大事な友人ならなおさらだ。妙な趣味を持った人間だと白い目で見られるのは耐えがたい。

「あのね、レビィちゃん」

「すごく良かったよ!萌えちゃった!」

「もえ……?」

今なんと?
首をかしげるルーシィの手をレビィの両手が鷲づかみにする。興奮しているのかいつも以上の握力で正直痛い。

「やっぱりチーム組んでるからよりリアルな話になってたよグレイの兄弟子リオンとの戦いで自分の気持ちに気づいたグレイだけどナツには他に想い人がいてっていうありきたりかなって思うけどこの手の話って純愛少なかったからすっごく新鮮それで」

「待ってちょっと待って、レビィちゃん!」

止めなければいつまで続くか分からないレビィの語りをルーシィが止めた。

「あ、ごめんね。嬉しくてつい」

頬を赤らめてルーシィから手を放すレビィは普通に見たら可愛らしいのだが、生憎と数秒前を知ってしまうと身を引いてしまう。
何が嬉しいのだろうと困惑しているとそれを察したのかレビィが苦笑した。

「ほら、こういうのって特殊でしょ?だから友達が同じ趣味だって思うと嬉しくって。それにルーちゃんの書く小説、大好きだから!」

レビィの言葉にルーシィは感動に目を潤ませた。

「ありがとう。レビィちゃん」

「ううん、私こそありがとう。ルーちゃんのグレナツすごく良かった」

「あ、うん……」

やはりそこの話になると少しついていけなくなるルーシィだった。それも仕方がない事だ、そういう世界がある事を今まで知らなかったのだから。しかし不思議と嫌悪感などは沸いてこない。

「ねぇ、また応募するの?次のカップリングとか決まってる?決まってないんだったらリクエストとしてもいいかな?」

ずいっと顔を寄せてくるレビィに押され気味のルーシィ。今回は家賃に困っていてうっかり足を踏み込んでしまった世界。嫌悪感がないとはいえ、小説はかけても知識はない。
しかし目の前で喜ぶレビィに今さらそんな事言えるわけもなかった。

「応募するか分からないけど出来るだけがんばってみるね。それでレビィちゃんはどんな、か、カップリングがいいの?」

「私はガジナツ!だって二人は数少ない滅竜魔導士だし、怪我した時もガジルだけはナツが何言っていたか分かってたし、絶対にガジナツ!あ、でもグレナツも好きだからね」

「へーそうなんだー」

ルーシィは目の前で喜々として語り続けるレビィをどこか遠くに見ていた。
大切な友人が遠くに感じる切なさ。家賃のためとはいえ踏み込んではいけない世界に突っ込んでいってしまったようだ。

そして後日、ルーシィはギルドの一角で必死にペンを走らせていた。紙につづられていく文字の羅列。もちろん中身は一般の人には到底見せられない内容になっている。
その近くでレビィとミラジェーンとカナが眺めていた。

「それでグレイとナツの初対面ってどうだったんですか?」

カナが楽しそうに話し始めれば、ルーシィはそれを少し興奮した様子で他の紙に書きとめていく。

「ヤバイ!すごく萌えるグレナツ!」

先日と全く別人に見えるルーシィの姿。走らせるペンの勢いは止まらなく、たまにインクがテーブルに飛び散っていた。

「私はロキナツもいいと思うわ」

いつもの笑顔のミラジェーン。

「私はガジナツ。でもラクナツも好きかな。あ、あと……」

ナツの相手の名を言い並べていくレビィ。
この三人が集う場所だけ空気が違う。何をしているのか分からなくても誰も近づこうとは思わなかった。まるで結界でも張られているかのようだ。

その離れた場所でやはり近づけずにいるナツ達の姿があった。

「何か、最近寒気がする」

ぶるりと体を震わせるナツに、近くにいたグレイが呆れたように溜め息をついた。

「だせぇな、風邪か?んな格好してっからだよ」

「てめぇには言われたくねぇ」

確かにナツの服装は前を肌蹴ているが、今のグレイは上半身裸の状態だ。そんな人間に服装の事を注意されたくはない。
テーブルに座っていたハッピーが心配そうにナツを見上げた。

「大丈夫?風邪なら寝たほうがいいんだよ、ナツ。家に帰る?」

「んー、大丈夫だ。サンキュー、ハッピー」

「あい!」

笑いあうナツとハッピー。
穏やかに流れる空気のはずが、今度はナツと共にハッピーが体を震わせた。

「な、何だ?!」

「何だか怖いよ、ナツー!」

悪寒がする。
ナツが警戒したようにギルド内を見回せば、一角に集っているルーシィたちと目があった。
首をかしげるナツにルーシィたちはにこりと笑顔で手を振ってきた。怪しい。
ナツが顔をしかめた。

「なぁ、ルーシィたち最近何やってんだ?」

「さぁな。女子だけの話もあんだろ」

「でも、ルーシィ最近家賃の事全く言わないね」

「仕事の数も少なくなったよな」

三人は顔を見合わせた。

「何やってんだ?」

男子には到底分からない話であり世界。知らない方が幸せなのだろうが、知ろうが知るまいがどちらにせよ被害は伝染し拡大していくのだ。ある意味病気よりも恐ろしい。
こうして日常は日々変化をしていく。彼女たちの明日はどうなる。そして男子の人権はどうなっていくのだろうか。
ちなみにロキだけは気づいていても何も言えずにいたのだった。




2010,01,09

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