事故意
生徒達が騒がしく支配する学園の廊下、そこを突っ切る二人の男。一人は制服姿の少年、もう一人はスーツを身にまとっている青年だ。
乱暴な足取りで歩く少年を、青年が追いかけている。
「聞いているのか、ラクサス。マカロフ様から何度も」
「どうせ婚姻だのくだんねぇ話だろ」
少年ラクサスは、振り返ることなく青年に告げる。青年はその反応に眉を寄せた。
「やはり聞いていなかったのか。見合いだ」
「次はどこのお嬢様だぁ?」
ラクサスが嘲笑を含むように言葉を吐き捨てる。
いつもなら下手な青年だが、今日の目は厳しい。
「今回ばかりは逃げられないぞ。相手はマカロフ様の知人の……」
「ちッ、うるせぇんだよ。黙れ、フリード」
「お前に心に決めた女性でもいれば、マカロフ様も安心できるんだがな」
溜め息をつくフリードにラクサスは嫌そうに顔を歪めた。
フリードへと振り返ったラクサスだったが、怒りをぶつけようとしていた口を開いたままで動きを止めた。視線はフリードよりも先へと向かっている。
「どうした?」
訝しむフリードに、ラクサスは口端をつり上げた。
「心に決めた女?ああ、いるな。……女じゃねぇが」
「どういう……どこへ行くんだ、ラクサス」
フリードの横を通り過ぎ、ラクサスはゆっくりと足を進める。フリードは唖然とラクサスの行動へと視線を追った。
ラクサスが向かう先にいるのは複数の生徒達。その中に騒がしい二人の生徒がいる。
「それじゃ、またお見合いなの?」
「そうなんだよ!父ちゃんが、飯食うだけで良いんだって言うんだけど」
驚いたように声を上げた金髪の少女に、桜色の髪の少年が口を尖らせていた。
少年が不満そうな声で続ける。
「その日グレイと約束しててよー」
少年の言葉に、少女はにやにやと笑みを浮かべる。
「あれぇデートかしらー?」
「ち、違ぇよ!グレイがどうしてもって……あ?」
少年の前でラクサスが歩みを止めると同時に会話も止まり、二人の視線がラクサスに集中する。
きょとんとする少年の腕をラクサスの手が引いた。よろけた少年に影がかかる。
「お前、なに……んぐ!」
ラクサスは腰をかがめて、少年へと唇を重ねた。
少女やフリードだけではない、その光景を目撃した者たちも含め、場の時間が止まったかのように静けさが落ちる。
ラクサスは唇を離すと、呆然とする少年だけに聞こえるように囁いた。
「少し付き合え」
途端に崩れ落ちる少年の身体。力が抜けた様に座り込んでしまった。我に返った少女が少年の様子をうかがうようにしゃがみ込んだ。
全てを見ていたフリードはラクサスへと近づいて行く。それに気付いたラクサスは振り返ると、ふんと鼻で笑った。
「俺はこいつ以外に興味がねぇんだよ。ジジィにはお前から適当に」
「ラクサス……」
力ないフリードの声が落ちる。
ラクサスが顔を上げれば、フリードは目元を隠すように手で覆い俯いてしまった。問われる前にフリードはゆっくりと口を開いた。
「彼が今回の見合いの相手だ」
「あ?」
フリードが手で指し示しているのは、真っ白に燃え尽きて座り込んでいる少年だ。
強引に唇を奪われたせいだろう瞳からは生気を感じられない。
「ナツ・ドラグニル。火竜と異名を持つ事で有名なイグニール・ドラグニルの一人息子だ」
名前は聞いた事があったのだ。
ラクサスの口元がひきつる。
「おい、こいつは男だろ」
「今年の四月に法律が改正されただろう。今は同性婚が認められている」
遺伝子工学の発展により、男女でなくとも子を作る事が出来る様になった。それにより多くの国で同性婚が認められた。
「それに加え、彼の家で口づけは婚姻の儀と同じだ」
さらに、今回のラクサスの行動は多くの生徒達が目撃しており、もみ消す事は不可能。逃げ場はない。
「覚悟した方がいいぞ。ラクサス」
何の覚悟だ。
20100803