出発進行(Hello設定・コナツ幼少期)
誰にだって苦手なものの一つぐらいはあるものだ。我慢すれば大概は切り抜けられるかもしれないが、極端すぎてどうにもならない事だってある。
その日、無邪気な子どものお強請りでナツの気分は急降下する事になった。
「オレ、列車にのりてー」
ナツはその場で硬直し、その反応の理由を知っているラクサスは溜息を一つ。コナツは、二人の反応に首をかしげた。ナツなど、顔色が悪くなっている。
「母ちゃん、どこかいたいのか?」
心配そうなコナツに、ナツは口元を引きつらせながらも笑みを作った。
「な、なんともねーけど……列車なんか……うぷ!」
「吐くなよ」
想像しただけでも吐きそうになるのだから、どうしようもない。
ラクサスの言葉で持ち直したナツが、コナツを見下ろす。
「あんなもん楽しくねーぞ」
個人的過ぎる見解だ。
コナツの両肩を掴み必死に説明する姿は怖い。若干目が血走っている。
「でも、ロメオが列車はすげー速いって言ってたんだ!オレも乗ってみたい!」
ロメオやその友人達と遊ぶようになってから、ナツ達が教えていない知識を覚えてしまった。正直余計な事ばかりだ。
「確かに、速ぇけど」
ナツの顔色が更に悪くなる。口ごもるナツに、ラクサスが溜め息交じりに呟いた。
「乗り物ならハッピーがいるだろ」
「「ハッピーは仲間!」」
助け船を出そうとしたラクサスだが、逆にナツとコナツに睨まれてしまった。同時に二人の機嫌を損ねると後が面倒だろう。これ以上口をはさまない方が利口だ。
列車に乗る程度ラクサスには何の不都合もない。仕事もなく暇をしていたのだから、いい暇つぶしにもなるだろう。問題はナツなのだ。
どうするのかと無言で問うラクサスと必死に見上げてくるコナツ。両方の視線を感じながら、ナツは頷いてしまった。
「い、一回だけなら……」
何とか頑張れる。
ナツの震える手が人差し指を立てる。
途端に表情を輝かせ嬉しそうに飛び跳ねるコナツ。それから視線をそらすようにナツは床に手をついてうな垂れた。
「死ぬなよ」
ラクサスの声が更にナツの気を重くする。
今まで無理だったのだ。どう頑張ったとしても耐えられるわけがない。列車に乗った三人だったが、出発してすぐにナツは椅子に沈んだ。
「母ちゃん!?」
いきなりぶっ倒れたナツにコナツはぎょっとした。心配そうにナツの体をゆするが揺らせばその分ナツは苦しそうに唸る。
ナツが乗り物酔いだと知らないコナツがナツを揺らし続ける。その光景を黙って見ていたラクサスだったが、次第に見るに堪えなくなってコナツを止めた。
ナツが極端に乗り物に弱い事を知ったコナツは、再度マグノリアの駅に着くまで、ごめんなさい、と謝罪の言葉を続けたのだ。誰も責める事などしないというのに、大きな瞳には涙をあふれさせていた。
翌日。
「母ちゃーん!」
ロメオ達と遊んでくると出ていったコナツが、ギルドに飛び込んできた。小さな手には縄が握られている。
「ほら、これ!」
コナツは持っていた縄をナツへと差しだした。ナツの身長の倍はある長さの縄が、端を結ばれて輪になっている。
何だと首をかしげるナツに、コナツはにこりと笑うと輪の中に自らの身体を入れた。
「母ちゃんも入ってくれ」
「お、おお」
戸惑いながらもコナツの要望通り輪の中へと入り、身体の両端を通る縄を握る。
ナツが輪の中に入ったのを確認すると、コナツは歩き始めた。
「出発ー!」
「は?おい、コナツ」
コナツを先頭に動き出した輪。その中にいるナツも必然と動かなければならない。
コナツの歩幅に合わせながら足を進める。疑問に思うのはナツだけではない、ギルドの視線も集めていった。
「父ちゃん駅に到着ー」
ナツが呼び止める前に、コナツの動きが止まった。
ナツも慌てて足を止めれば目の前にはラクサスの姿。マカロフと話をしていたようで、カウンターの上にはマカロフもいる。
「何やってんだ」
呆れたようなラクサスの声に、コナツが縄をラクサスに見せる様に持ち上げた。
「今列車ごっこしてんだ!」
「何だそりゃ」
訝しむラクサスとは逆に、列車という言葉にナツは顔を強張らせる。ナツの反応には無視してラクサスはコナツを見下ろす。
目で問うてくるラクサスに、コナツは背後にいたナツへと振り返った。
「だって、これなら気持ち悪くならないだろ」
つまりコナツは、列車がダメでも、真似た遊びならば乗り物酔いするナツでも平気だと思ったのだろう。ナツを思ってのコナツの行動だったのだ。
コナツの思いやりにナツは目を潤ませた。
「なぁ、父ちゃんも入ってくれ」
子どもの遊びに付き合うなどラクサスからは想像もつかない。
しかし、感動しているナツと、急かすように見上げてくるコナツ。その姿にラクサスは観念したように輪の中にもぐり込んだ。
コナツを先頭に、真ん中がナツ、後ろにラクサス。
「オレが運転士さんなんだ。母ちゃんはお客さんで、父ちゃんは車掌な」
「車掌って何すんだ?」
運転士はそのままの意味だろうが、車掌の必要性はあるのか。
きょとんとしたナツに、コナツは人差し指を立てた。真面目な顔で、ナツとラクサスを見上げる。
「車掌はじゅーよーなんだぞ!危なくないか確認したり、切符も売ってんだ!」
「設定が細かいな」
感心したように呟いたラクサスに、ナツが噴きだした。肩を震わせて笑いだすナツの頭をラクサスが叩く。
ナツが抗議しようと振り返る前に、列車が走りだした。
「次は……ミラ駅だ!」
ギルド内で客の相手をしているミラジェーンを捜しながら、走り出す。どうやら人を駅と見立てているようだ。
ふと、ラクサスは脳裏をよぎった人物に顔をしかめた。
「変態の駅には停まるなよ」
ラクサスが変態と形容する人物はグレイしかいない。
苦々しく呟いたラクサスの声がコナツに届いていたのかは分からないが、その内にハッピーが加わり、面白がったギルドの面々が客として乗車と下車を繰り返す。幼稚な遊びなのに何故か周囲までも巻き込んでいった。
コナツ列車を下車したナツとラクサスは、飲み物を口にしながら未だギルド内を走り続けるコナツ列車を眺めた。
「結構楽しかったよな、列車ごっこ……うぷ!」
「今さら酔うんじゃねぇ」
重症だ。乗り物酔いとか、そういう程度ではない。
口元を押さえて唸るナツに、ラクサスは深くため息をついた。
「もう乗るな、お前は」
20100729