さよならの前に





バトルオブフェアリーテイルは解決したが、ナツの怪我はガジル同様に酷いものだ。他のギルドの者たちの傷もだが、ラクサスとまともに戦った二人ほどではない。
ファンタジアを明日に控えてナツは満身創痍でまともに動けない。ガジルと違って足が不自由でないだけましかもしれないが、見るに堪えない状態である。

「ナツ、大丈夫?」

ベッドに身体を寝かせたナツに、ハッピーが心配そうに顔を歪める。

「このぐらい何ともねぇよ。なんたって明日はファンタジアだしな。たっぷり食ったし、後は寝れば治る!」

「多分ムリだと思うよ」

食べて眠っただけで治れば苦労しないが、ナツやガジルは滅竜魔法で身体が強化されているせいか他の者たちよりも治りが早く感じる。
今日の昼には口まで包帯が巻かれていて喋っても内容が聞き取れなかったのだが、今は包帯も解かれている。

「ハッピーももう寝ろよ」

「あい。身体が痛くなったら呼んでね」

「おお。サンキュー」

就寝の挨拶を交わすとハッピーは部屋を出ていった。
暫くしてナツはベッドから起き上がり、外へと顔を覗かせた。
闇夜でも十分に目立つ金色。ナツよりも酷くはないが顔も含め身体には手当ての痕が見える。
今回の事件バトルオブフェアリーテイルを引き起こした人物が立っていた。

「ラクサス」

ナツは己を見下ろしてくるラクサスを見つめ返した。
珍しい怪我を負っているせいだろうか、ラクサスから妙な違和感を覚える。何か言いたそうなのを堪えている様だ。
ラクサスは眉を寄せて、ナツをまるで瞳に閉じ込めているかのように、ただ見つめる。

「……なんか、言えよ」

ラクサスがこうしてナツの家へと訪れる事は初めてではない。だが、こんなに無言でいた事はなかった。
ナツの言葉に、ラクサスはようやく口を開いた。

「酷い怪我だな」

「お前がやったんだろ!」

ナツは噛みつく様に吠えた。ナツもラクサスも怪我を負わせあったのだ、互いに言える立場ではない。
一瞬にして湧き起こった怒りはすぐに静まった。それと同時に静寂が戻り、ナツは居心地が悪そうにラクサスを見上げた。

「お前、まだギルドを変えたいって思ってんのか?」

リサーナが死んだと知った日に雨の中で告げてきたラクサスの言葉。何があっても決して心から消える事はなかった。

『消してやる』

何がと無言で問えば、優しい眼差しと共に返ってきた。

『てめぇが泣く理由だ』

雨とは逆に熱く耳を刺激するラクサスの声。

「……俺は、弱くねぇぞ。そりゃぁ、まだお前には全然勝てねぇけど」

まともに戦いあった事を思い出して、ナツは悔しそうに口を尖らせた。
黙って耳を傾けるラクサスに、ナツは続ける。

「俺は、今の妖精の尻尾が好きだ。今のギルドじゃなきゃ」

「もういい」

ラクサスの声でナツの言葉は途切れた。

「分かってる。もう何も言うな」

ラクサス。
名を紡ごうとしたナツの口は、ラクサスの口に塞がれてしまった。
熱を欲するかのようにラクサスの舌はナツの口内を犯していく。逃げるナツの舌に絡め吸いつく。苦しそうに身体を震わせるナツから唇を放し、最後に触れるだけの口づけを落とした。
触れていた体温が離れ、ナツは熱い吐息を漏らした。
しかし、熱を含んだナツの瞳は間近にあるラクサスの瞳と視線が交わった瞬間、まるで夢から覚めた様に焦点を取り戻した。

「……お前、何か変だ」

ラクサスの瞳は強い意志を持ち射抜くような鋭さを持っていた。それは変わらないのだが、今はその瞳の奥に翳りが見える。バトルオブフェアリーテイルの時とは別の影。
不安そうに瞳を揺らせるナツに、ラクサスは薄く笑みを浮かべた。

「心配するな。てめぇは、そのまま前を向いてりゃいい」

ナツは咄嗟に手を伸ばした。今掴まなければラクサスが遠くへ行ってしまう様な気がしたのだ。
しかし、ラクサスはナツの手から逃れる様に足を後退させ、背を向けた。そのまま足を進めていく。
ナツは行き場のなくした手を窓の縁にかけ、ラクサスの背を見つめながらゆっくりと口を開いた。

「なぁ、お前どこ行くんだ?」

普通に考えれば家に帰るのだろう。ナツは己で口にしながらも首をかしげた。
ラクサスがナツの問いに答える事はなく、その背は遠ざかって行き、暫くして見えなくなってしまった。
ラクサスが破門されマグノリアを去った事をナツが知ったのは、ファンタジアを終えた後日だった。




2010,10,04〜2010,11,15
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