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クエストに出て数日、依頼を早急に終えたラクサスがマグノリアの中央通を歩いていた。
魔導士ギルド妖精の尻尾に向かっていたラクサスに、ちょうどギルドに居たのだろう、向かい側からナツが駆け寄ってきた。
「ラクサス!もう帰ったのかよ、早ぇな。S級だったんだろ」
ラクサスの前で立ち止まったナツが少し驚いたように見上げる。
ラクサスは今回始めてS級クエストに向かったのだった。周囲と平均しても早い帰還だ。
「くだらねぇ仕事だ」
くだらないと言うがS級は簡単にこなせるような仕事はない。
あっさりと言い放つラクサスに、ナツは悔しそうに口元をゆがめた。
「俺も早くS級クエストに行きてぇ!」
「無理に決まってんだろ。S級の意味分かってんのか?」
ぐぬぬと唸るナツに、ラクサスは面白そうに口元を歪めていたが、耳に入ってきた雑音に表情を消した。
ナツたちの会話を聞いたのだろう、街の人たちが囁いている。
「流石はマスターの孫だけはある」
「じぃさんも鼻が高ぇんじゃねぇのか?」
話しをしている街の人は、ラクサスもナツも知る顔ぶれだ。
声を潜めているつもりだろうが、環境に慣れているからか、そういう内容の話しには敏感に聞き取れてしまう。
マスター・マカロフの孫として生まれた時点で、逃れられぬしがらみだ。物心ついた頃には、周囲の目に映るのが自分ではなく、マカロフの名から来るものだと悟ってしまった。認められているのは自分ではない。
舌打ちするラクサスに、ナツにも街の人の声が聞こえたのだろう、訝しむように顔をしかめながら首を捻る。
「変だよな」
「あァ?」
不機嫌を隠す様子もないラクサスの声にも気にした様子もなく、ナツはラクサスの脇を通り抜けた。
「ラクサスはラクサスなのにな」
通り際に小さく呟かれた声。他に届かなくても、確かにラクサスには届いていた。
わずかに目を見開き立ちつくすラクサスに、ナツが少しはなれた場所で振り返った。
「俺これから仕事なんだ。いってくんな!」
背を向けていてもラクサスには分かった。ナツが無邪気に手を振っている事は。
ラクサスは振り返らずに、遠ざかっていくナツの足音に耳を傾ける。ナツの気配が完全に消える頃には、不快感も共に消え失せていた。
誰にも気づかれはしなかったが、その口元は確かに弧を描いていた。
2010,03,05〜2010,04,04