役割
「ナツ」
ギルド内、ストローを咥えた唇を尖らせるナツの背後から声がかかる。
ナツはストローから口をはなし振り返った。見覚えのある顔だが、記憶に残っている姿とは違う。
「お前……フリードか?」
雷神衆のフリードだ。長かった髪が短く切りそろえられて坊主頭になっている。
物珍しげにナツがフリードをまじまじと見ている。
「隣いいか?」
「お、おお。座れよ」
空いていたナツの隣の席。今はルーシィもハッピーも依頼版を見に行っていて席をはずしている。グレイやエルザもいない。
フリードはナツの隣へと腰を下ろした。わざわざ側によってきたという事は用事があるのだろう。
ナツは真剣な表情のフリードを見上げる。
「なんか用か?」
フリードはナツをじっと見つめた。ラクサスと戦ったときの傷は完全に癒えており、まるで何事もなかったように感じる。それでも目にあまるほどの傷だったのだ。
フリードはその時のナツの様子を思い出して思わず顔をしかめた。
「フリード?」
首をかしげるナツ。いつまで経っても話しを切り出さないフリードに、痺れを切らしたようだ。
我に返ったフリードはようやく口を開いた。
「礼を言いたかったんだ。ありがとう、ナツ」
「は?」
思いもよらなかった言葉だった。唐突に礼を言われてナツは困惑している、身に覚えがないのだ。
分からんと顔をゆがめるナツにフリードは続ける。
「ラクサスを止めてくれただろう」
ナツは瞬きを繰り返してフリードの目を見つめる。
フリードはナツの目を見つめながらも、誰かを見ているように、瞳を揺らした。
「俺では止められなかったんだ。雷神衆として、ラクサスの近くにいながら止めることができなかった。いや、従うだけで止めようとさえ思っていなかった」
ラクサスの強さに焦がれ親衛隊を結成した。今では従うことが全てではなかったのだと悔やむところだ。
ずいぶん前に、ラクサスの祖父でもあるマカロフに、言われたことを今さらながら思い出す。ラクサスが馬鹿をやらないように見張っておいてくれ。そんな事、ミラジェーンに諭されるまで、頭から消えていたというのに。
「俺が止めていればラクサスが破門にされることもなかった」
破門されて去っていくラクサスの後姿が目に焼きついて離れない。
耐えるようにこぶしを強く握り締めるフリードに、聞き手に回っていたナツが口を開いた。
「お前のせいじゃねぇだろ」
じっと見つめてくる幼い瞳にフリードは握り締めていた拳を緩めた。力の抜いたフリードにナツは小さく息をついて頭をかいた。
「誰のせいでもねぇよ。ラクサスはちょっとやりすぎたけど、妖精の尻尾最強を決めるってのは賛成するしかねぇし……」
それはナツだけで誰もよくは思っていない。
ナツの言葉はフリードを励ますというのではなく、本音なのだろう。強い意志を持った瞳は、フリードを通して先にある気がする。
「破門されても、ラクサスは仲間だろ」
にっと笑うナツに、フリードは目を見開いた。
「それにあいつとはもう一度勝負して、絶対に勝つ!!」
拳を握り締めて目を輝かせるナツ。何度戦って負けても挑み続けるのだろう。ラクサスとの戦いで、何度攻撃を受けても立ち上がってきたナツの姿にはフリードも思わず鳥肌が立った。
唖然といった表情でナツを見下ろすフリード。
「心配いらねぇよ。ラクサスとはまたどこかで会えんだろ」
ギルドを出て行ったからといって永遠の別れではない。それでも二度と会えないような気がしてしまっていた。また会えると自分に言い聞かせたけれど、誰かにそう言ってもらいたかったのだと、フリードは顔を俯かせた。
目じりが熱くなり、自分が思いのほか涙もろいのだと気づいた。
「ああ、そうだな」
声のトーンを落とすフリードに気にした様子もなく、ナツは立ち上がった。
「そうだ!フリード、お前強ぇんだな!勝負しねぇか?!」
やる気満々に拳を繰り返し突き出すナツに、フリードはただ笑みをこぼすのだった。
きっと、あの時自分がどれだけ止めようとしても無駄だったのだろう。きっとナツでなければならなかったのだ。
2010,01,18〜2010,01,31