for you...





バレンタインだからといって世の男全てが浮ついた気持ちでいるわけではない。この時期の雰囲気がラクサスには居心地が悪かった。興味がないというのを超えて気分が悪くなる。
幼い頃は贈られてくるものを全て受け取っていたが、物心つく年齢にもなれば意味合いも分かってくる。
恋愛なんてものは、ラクサスには下らないと一蹴してしまえる程度のものだったのだが、今年は違った。

「ラクサス!」

鬱陶しい雰囲気のギルドに嫌気がさしてギルドから抜け出したラクサス。そんなラクサスを呼び止める声。振り返れば、一年ほど前にギルドにやってきたナツだった。
年齢不詳だが、おそらくグレイ辺りと同じ位だろうから、十歳かそこらだろう。

「何だよ」

わざわざ足を止めてやれば、走ってきたのだろう息を切らしながらナツが見上げてきた。
何かを言おうとしたが警戒しているように周囲へと目を見張る。ナツはラクサスの袖を掴んだ。

「ちょっと、こっち来てくれ」

近くにあった公園。そこへと指差すナツに、ラクサスは眉を寄せた。

「ここで済ませろよ」

「だ、ダメだ!誰かに見られたらどうすんだよ!」

真剣な瞳が真っ直ぐラクサスを見つめる。そんなナツの手には箱状の物。綺麗に包装されているそれは見覚えがある。マグノリアにあるチョコレート専門店カカオの物だ。この時期になると女性が手にしているのをよく見かける。

「すぐ終わるって!」

ナツに引っ張られ、ラクサスは抵抗するのも忘れて公園内へと引きこまれた。
公園内は恋人達が至るところで引っ付いている。ナツはそれさえも避けるように木の陰へと入り込んだ。
この日にこの状況は当てはまる事が一つしかないではないか。しかし、恋愛のれの字も知らぬような子供が、そんな事をするわけがない。それ以前に男だ。
ラクサスは浮かんでくる考えを消し去った。

「さっさと済ませろ」

ラクサスに促されて、ナツは俯いていた顔を上げた。

「これ貰ってくれ」

ナツが差し出してきたのは、ずっと手に持っていた物。つまりチョコレートだ。

「えーと、……ずっと好きでした!」

ナツの口から吐き出された台詞に、ラクサスは衝撃を受けずにはいられなかった。あり得ないだろうと思っていた事が現実になってしまい、ラクサスの思考は停止した。
何も返答をしないラクサスにナツは首をかしげる。

「ラクサス?おーい……仕方ねぇな」

ナツは垂れ下がっていたラクサスの手をとるとチョコレートの箱を掴ませ、落とさないようにと念を押すように握らせる。

「ちゃんと渡したからな!」

ナツは満足したように満面の笑みを浮かべた。そんなナツの表情を真正面から見たのは、ラクサスは始めてだった。元より構っていたわけではないから仕方がないかもしれない。
逃げるように去っていくナツの足音を遠くに聞きながら、ラクサスは混乱する頭を働かせたが、そんな事するまでもない。ナツの言葉と手中にある物が全てを物語っている。
常なら無視をするか投げ返しただろう、想いの塊。ラクサスは手中にあるものを確認するすように手に力をこめた。確かに存在している。

「マズイ……」

不快ではない。むしろ、受け取ったチョコを通して、体が熱を持っていくようだ。微かに上がっていく心拍数を否定する事が出来ない。

「へぇ。あんたでもチョコ貰うんだ」

考えに耽っていて気配さえ感じとれなかった。慌てて振り返ると、そこにはミラジェーンの姿。
ミラジェーンは目が合うと、口端を吊り上げて笑みを作った。

「あんたの事だから、そういうのは受け取らないんだと思ってたけど。何、もしかしたら好きな子から貰ったの?」

ミラジェーンの性格は分かっている。今ここで何を言っても揶揄の対象にしかならないだろう。
無心を装って場を去ろうとするラクサスに、ミラジェーンはつまらなそうに小さく息をついた。

「それにしても、ナツはここで何やってたんだ?」

ミラジェーンの目的はナツだったようだ。
ラクサスは名前に反応して止めてしまった足を何事もなかったように動かすが、ミラジェーンには気づかれていたようだ。背後で名を呼ばれる。

「それ、ナツからじゃないのか?」

「……関係ねぇだろ」

振り返ることなく呟いた。ミラジェーンが何も返してこないことに内心溜め息をついて公園を出た。
否定すればよかったかもしれないが、言い逃れるためでも否定はしたくなかった。







ラクサスが公園を出て行くのを、ミラジェーンは呆然と見送ってしまった。
先ほどの言葉は、冗談のつもりだったのだ。他人に干渉しないラクサスを揶揄しようと吐き出した言葉だったのだが、ラクサスのあの反応からして、図星を言い当ててしまったという事だろう。

「ま、マジかよ」

ミラジェーンは珍しく困惑しているようで、眉を寄せながら公園を後にした。
ラクサスの反応だけで決め付けるのはまだ早い。こうなったらナツ自身に聞くしかないだろう。
先ほどナツが公園から飛び出してきた後、ギルドに向かったわけではないはずだ。第一方向が違う。だとしたら家に帰ったのだろうか。

「ナツ!!」

ナツの家に向かう途中、捜していた桜色を見つけた。急いでいるのか走っていたナツはミラジェーンの声に振り返った。

「何だよ、ミラ。俺は忙しいんだ!」

息を切らしながら目を吊り上げるナツの手には箱状の物。綺麗に包装されているそれはハート型で、どう見てもバレンタインデーのチョコレートだ。

「……それ、誰に貰った?」

「ちげぇよ。今から渡しに行くんだ」

ミラジェーンは瞬きをくり返した。やはり何かがおかしい。

「ナツ、あんたラクサスにもあげたんじゃないの?」

「チョコだろ。ちゃんと渡したぞ」

胸をはって言うナツに違和感が拭えない。ミラジェーンは暫く頭を悩ませたが、すぐに解決する事になる。ナツが、いきなり走り出したのだ。

「おい、まだ話しが……」

「これ貰ってくれー!」

ナツは、ミラジェーンの目の前で見知らぬ男性にチョコを渡した。
ミラジェーンは絶句しながらその光景を見届ける。相手は初老の男性だ。ナツにそんな趣味が合ったのかと頭痛がしてきたが、ナツは男性と少し会話をしただけで別れるとすぐにミラジェーンの元へと戻ってきた。

「もういいか?俺まだ仕事残ってんだよ」

「仕事?」

「おお。チョコ届けんだ!」

にこりと笑うナツにミラジェーンはようやく合点がいった。ナツがチョコを渡しているのは全て依頼だったのだ。つまり自分ではチョコを渡せない内気な女性が、ナツに依頼をしてチョコを届けさせていた。

「まぁ、そんな事だろうとは思ったわよ」

深く溜め息をついたミラジェーン。全くくだらない事に時間を費やしてしまった。

「おい、もう行くからな」

「はいはい。……ちょっと待った」

「なんだよ、さっきから!」

まだ引っかかる事がある。ラクサスの反応だ。あの時ナツから貰ったのかと聞いた時、普通なら否定の言葉が合ってもいいはずだ。むしろ、男から貰ったのかと聞かれたら否定しない方がおかしい。

「あんた、チョコ渡す時ちゃんと説明してるの?ラクサスにも」

「ラクサスに説明?あー……ずっと好きでしたって言った」

「それだけ?」

「ああ。そう伝えてほしいって言われたからな!」

無邪気な笑顔が己を破滅へと向かわせている事に気づかないようだ。幼いからか、ナツには言葉が足りていない。

「ぶは!」

ミラジェーンは堪えきれずに噴出した。口元を押さえて身を震わせる。
ラクサスは勘違いをしている。姿を見つけたときの呆然としていたのは、その為だろう。
ミラジェーンは涙を浮かべながらナツを見下ろした。

「来月楽しみにしてなよ」

ラクサスがどう返してくるのかが楽しみだ。
珍しいミラジェーンの笑顔に、ナツは眉をしかめて一歩足を後ろに下げた。

「気持ちわりー」

ミラジェーンの鉄拳が無言でナツの頭へと振り下ろされた。

「いてぇ!!何すんだ!」

「仕事中だろ。早く行きな」

「、チクショー、覚えてろよ!」

悪役のような捨て台詞を吐いてナツが走り去って行く。その姿を見送りながら、ミラジェーンは再び口元を緩めるのだった。

「ほんと、楽しみだな」







公園を出たラクサスは自宅へと向けて足を進めていた。ギルドを出る前に依頼の引き受けを祖父でもあるマスターマカロフに告げたばかりだ。
少なくとも仕事をしている間はナツと顔を会わせないですむ。当分は、ナツの姿を見て動揺しないでいる自信がなかった。
あいにくと、ラクサスにはそんな生き恥をギルドでさらす趣味はないのだ。
ラクサスは、チョコを持つ手に力をこめて、思考を仕事へと切り替えた。

それから時は経ち、仕事へ勤しんでいたラクサスは、ナツと顔を合わせる事もなかった。その間約一月。
ラクサスは仕事を終えて宿舎へと戻る途中だった。街中を歩いていると嫌でも目にはいる物。
バレンタインデーから明日で一月になり、女性へお返しを促すようにホワイトデーの文字をよく見かける。
その雰囲気にのまれながら、ラクサスは店の前で足を止めた。窓にはレースのカーテン。中には幼い女子が喜びそうなぬいぐるみや、光に輝くお菓子が並んでいる。

ラクサスにとっては、とてもではないが酔った勢いでも入りづらい店だった。ラクサスは顔を引きつらせて、店を後にしようとしたが足を止めた。
脳内を過ぎるのは一月前のナツの姿。微かに頬を紅色させてチョコを差し出してきたナツの姿を思い出すと、表現しきれない気持ちになる。手を当てなくても鼓動が早くなっているのは分かるほどだ。
ラクサスは店の前で立ち止まったまま思考をめぐらせた。なんと言ってもラクサスはホワイトデーのお返しをまともにした事がなかったのだ。
幼い頃は祖父が用意していたし、魔導士として仕事をするようになる頃には、そういった行事に関して興味を失っていた。
ラクサスは店へと視線を向けると、ドアに手をかけた。足を一歩踏み入れてラクサスは思わず足を止めた。目が痛い。己がその場所にいると言うことを想像するだけで頭が痛い。ラクサスにとっては、今までしてきた仕事よりも難易度が高かった。
さっさと済ませようと店内に視線をさまよわせると、桜色が視界に入った。桜色を連想させる少年が頭を過ぎるその正体はくまのぬいぐるみだった。綺麗な桜色は、まさにナツの髪の色と似ていて、大きさもまるでナツを模しているようだ。
ラクサスは引き寄せられるようにぬいぐるみへと近寄った。黒い瞳を表現している物が光に輝いている。凝視するラクサスに、声がかかった。

「贈り物ですかな」

振り返ると大分歳を重ねた男性が立っていた。マカロフよりも少し若いぐらいだろうか。エプロンをしているから店員だろう。
答えずにいるラクサスに、店員は察したのか薄く笑みを浮かべた。

「そのテディベアの瞳は特別なのです。この地でしか採れない石を研磨したもので、まるで生きているように輝いているでしょう」

宝石を瞳の変わりにしているのなら確かに特別だ。
店員の誇らしげに語っている姿から、もしかしたら職人なのかもしれない。興味もないラクサスには問う必要もない。

「その分値も張りますから、もしホワイトデーのお返しなら、手ごろなものがございます」

確かに値段をみれば、ナツのような子供に贈る物ではない。しかし、手ごろという言葉にラクサスは引っかかっていた。自尊心の高いラクサスには納得がいかない部分があったのだろう。あいにくとギルドでトップクラスの仕事をしているラクサスには、騒ぐほどの額ではない。
ラクサスは桜色のくまのぬいぐるみを手にとった。

「包んでくれ」

元より適当に済ませるつもりはなかったのだ。
ラクサスの姿に店員は差し出されるままにぬいぐるみを受け取って、包装し始めた。
包装されたぬいぐるみ。中身が見えないとはいえ、大きなそれを脇に抱えながら闊歩する姿は目立った。明日をホワイトデーに控えた時期だ、たまに微笑ましい目で見てくる者までいる始末。
ラクサスは羞恥に耐えながら、荷物をとりに宿舎へと向かっていた。すでに外は暗くなっているが、夜行列車に乗れば朝にマグノリアにつく事が出来るだろう。

列車に乗ってラクサスは何とも言えない気持ちになった。隣の席には子供ほどの大きさの包み。中身がぬいぐるみなのだ。まさかぬいぐるみと相席するような事態に陥る事があるとは思いもしなかった。
自分がずれていくような気がして、ラクサスは目を閉じた。駅につくまでは暫くの間眠っていられる。
現実逃避ともいえるような行動で、仕事を終えたばかりのラクサスは大した時間を要することなく意識を飛ばしたのだった。
マグノリア駅につき、外へ出ると日の光が目を刺激した。仮眠とはいえ、寝起きでの日の光は刺激が強すぎる。

大分日が昇るのも早くなったせいか、人の活動時間も早くなる。商店街も、早い場所では店が開き始めていた。ラクサスは歩く速度を速めた。
ナツの家へと向かっていたが、目的場所につく前に、当の本人に出くわした。

「おー、久しぶりだな!」

少しだけあった距離は、ナツが駆け寄ってくる事で簡単に縮まった。
手を伸ばせば触れられるほどに近い距離にあるナツの姿は、久しぶりだった。ラクサスは抱えている物に感謝した。手が塞がっていなかったら、思わず触れてしまっただろう。
しかしラクサスはそんな想いを浸る様子もなく、手に持っていたプレゼントをナツへと押し付けた。

「うぷ。な、何だ、これ?」

顔面で受け取ってしまったナツは、圧し掛かってくるプレゼントを両手で抱えた。ナツの姿は隠れてしまうほどに、プレゼントは大きい。重さでナツの体がよろけると、傾く体をラクサスの手が支えた。

「寝ぼけてんのか?」

「お前が、こんなの押し付けるからだろ!」

ラクサスの言葉をナツは違う意味で捕らえたようだ。
噛み付いてくるナツに、ラクサスは少し顔をしかめた。

「そういう意味じゃねぇよ」

ラクサスの手がナツの頭を撫でると、困惑したような様子でナツが見上げた。

「わけ分かんねー……それより、これどうすんだよ」

プレゼントを抱えたままで腕も疲れているのだろう。顔をしかめるナツに、ラクサスはナツから手を放して、小さく息を漏らした。

「何だ、いらねぇのか」

「これ、もらっていいのか?!」

「やるから渡したんだよ」

とてもではないが、渡したとは言えない行動だ。
ナツは、プレゼントを持つ手に力をこめた。

「いる!!あ、後で返せとか言うなよ!」

「言わねぇよ」

呆れたようなラクサスの表情にも食いつく様子もない。ナツは手の中のプレゼントを見つめて、照れくさそうに笑みを零した。

「ありがとな!」

心の底から喜んでいるようだ。無邪気に笑うナツに、ラクサスも自然と口元が弛んだ。好奇な目で晒されていた憂鬱さえも帳消しになってしまうほどに、ナツの笑顔は眩しかった。

「なぁ、開けてもいいか?」

「好きにしろ」

中身が気になって仕方がないのだろう。落ち着かない様子でプレゼントを見つめるナツに、ラクサスは一言呟いて踵を返した。

「どこ行くんだよ!」

「帰んだよ」

振り返る様子のないラクサス。遠ざかっていく背中を追いかけたいが、プレゼントが大きすぎて走るのは難しい。
ナツは慌てて声を張り上げた。

「ラクサス!ありがとなー!」

ナツの言葉に返すようにラクサスが片手を上げると、ナツは頬を紅色させてプレゼントに顔を摺り寄せた。そんな姿を、ラクサスは背を向けていて見る事はできなかったのだった。
ラクサスの姿が見えなくなると、ナツは足元をよろめかせながらギルドへと向かった。
元から朝食をとるためにギルドに向かう途中だったのだ。腕の中にあるプレゼントは重いが浮かれていて気持ちは軽い。

「ナツ」

ギルドへつくと、珍しく一番先にミラジェーンが近づいてきた。口元が笑みで歪んでいる。

「やっぱり貰ったか」

ミラジェーンの言葉に、ナツはプレゼントの事を言っているのだと察して頷いた。

「さっきラクサスに貰ったんだよ。別に誕生日でもねーのに」

「いいから開けてみな」

言われるまでもなく開けるつもりだったのだ。
ナツが困惑しながらもプレゼントに手をかけて包装をはがしていく。ギルドの者たちも気になるのか集ってきている中、中身が姿を現せた。

「わぁ!かわいー」

リサーナが声を上げる。しかし、贈ってきた相手を知っているミラジェーンは絶句。ナツは首をかしげた。
ナツの髪色と同じ桜色の毛で被われた巨大テディベアが、ナツを見つめている。

「あいつマジだ」

ミラジェーンがこれほどに戦慄した事などない。
何も知らずに巨大テディベアを見つめるナツに、流石に少し同情してしまうのだった。




2010,03,02
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