教科書ラブレター
グレイに歴史の教科書を借りたナツ。
授業をつまらなそうに受けながら借り物である教科書に視線を落とした。
教科書に載っている人物の顔には落書きがしつくされている。これを行ったのは誰でもないナツ。
毎度のごとくグレイに借りては自分の物かの様に容赦なく書きこんでいくのだ。
「もう落書きもできねぇ……つまんねぇの」
窓際の席であるナツは、窓からさしこむ暖かい日差しに欠伸を一つこぼした。
外に目を向ければ体育を受けている学生。その中にはグレイが居る。
「ちぇっ、サッカーかよ」
頭よりも体を動かしている方が得意なナツにとっては、自分の置かれている状況は地獄だ。
自分は椅子に座り続けているのに、視界には楽しそうに体を動かすグレイ。
不満で口を尖らせながらグレイを視線でおっていたナツは、暫くして微かに頬を染めた。
グラウンドを走るグレイの表情は普段では見られないほどに真剣なものだったのだ。
ナツは持っていたペンで軽く教科書を叩いた。
鼓動はそれよりも早い速度になっていて、ナツは夢うつつな目でペンを動かした。
『好きだ』
綺麗とはとても言えない字が教科書の端に刻まれた。
「な、なーんて……冗談な冗談」
無意識に書きこんでいた文字に気付き、ナツは更に顔を赤くした。
動揺しながら消しゴムを手にとり字に擦り付ける。
「……あれ?」
消しゴムで何度擦っても字が消えることはない。
ナツは先ほどまで手にしていたペンに目を向けた。
「ッ!!」
紛れもないボールペンだ。
ナツは消しゴムを放るとペンを掴み、字の上を何度も走らせる。
「…………これで、ばれねぇよな?」
ナツは煩く鳴る鼓動を感じながら文字のあった部分を見つめた。
力を込めすぎたせいで、その部分だけ筆圧でへこんでいた。
ナツはチャイムと同時に、隠すように教科書を閉じたのだった。
次の授業が始まる直前、着替えを終えたグレイがナツの元へと訪れた。
「ナツ、教科書返せよ」
ナツは目を合わせないように、口ごもった。
「返さなきゃ、ダメか?」
「はぁ?何言ってんだよ。俺のクラスは次歴史なんだよ」
ナツはおずおずと教科書を差し出した。
「どうせ落書きだろ?今さらじゃねぇか」
グレイは呆れたように小さく息をつくと、奪うように教科書を手にとった。
チャイムが鳴り、慌てて自分の教室に戻っていくグレイを、ナツは気まずそうに見送った。
20101218