なっちゃんとゲストとG
俺はグレイ・フルバスター。妖精学園3年。
好きなもの、MGNのなっちゃん。殺意を覚えるほどに嫌いなもの
「てめぇだ、リオン!」
声を荒げるグレイの頭に衝撃が走る。
「食事中は静かにしろと言ってるだろ。グレイ」
頭の衝撃は、降り下ろされた拳。そして、その拳の主は、グレイの保護者であるウル。
今は、義兄であるリオンを含めた3人での、朝食の最中だったのだ。
厳しい目を向けてくるウルに、グレイの勢いが落ちる。
「だって、リオンの野郎が…」
グレイの情けない姿にウルは溜め息をつくと、リオンへと視線を向けた。
グレイなど視界にさえいないかの様に黙々と食事をとっているリオンに、ウルは再び溜め息をついた。
まだ学生であるグレイより一つ年上のリオン。彼は、今人気上昇中のアイドルグループLAMIAのリーダー。
そしてグレイは、短期間で人気を上げた女性アイドルグループMGN49の一人に夢中だった。自室の壁など、ポスターで埋め尽くされているほどにのめり込んでいる。
今までも二人は仲がいいとは言えなかったのだが、今回グレイが声を荒げる程の事が起きようとしていた。
グレイがご執心のアイドルとリオンが、仕事を共にするのだ。
「俺のなっちゃんに手出したら殺すからな!」
今日がその仕事当日で、その話題になり、初めて知ったグレイが嫉妬で怒りを爆発させたのだ。
食事を終えたリオンは、ゆっくりと立ち上がった。
「お前みたいなオタクと一緒にするな。大体、興味などない」
冷たい視線を向けて言い放ち、余裕を見せる速度でリビングを出ていこうとするリオンに、グレイは荒々しく立ち上がった。
「てめぇみたいな奴が一番危ねぇんだよ!むっつり野郎!」
グレイの罵倒も無視してリオンは出ていってしまった。
呼吸まで乱して、今はいないリオンを威嚇している。
しかし今日は平日。学校に行かなければならないグレイに、時間の余裕はない。
「グレイ、ちゃんと学校に行きなよ」
ウルの言葉に、グレイは暫く間をおいて口を開いた。
「分かってる」
目を合わせないでの曖昧な返事。これではサボると言っているようなものだ。
MGNに関わっている事だから、余計に察することができる。
ウルが何も言わなくなると、グレイはリビングから出ていった。
「……どこで育て方間違ったんだろう」
少なくとも、MGNを知る数ヵ月前までは、まともだった。
そして、悲しき事にウルの期待通り、グレイは学校へは向かわず、リオンが仕事を行う場所に先回りをしていた。
リオンの仕事は、某番組のゲスト出演。
その撮影現場が、グレイ達が住むマグノリアから少し離れたところにある町、ハルジオン。ハルジオンは港に面していて、美味い魚介類が食べられることで有名だ。
昼近くになれば、人数も増えていった。その中でも目立つ大所帯。機材などと一緒に動く人。
「あれは、」
グレイは目を見開いた。
朝から淀んでいた瞳が一瞬で輝く。
「な、なっちゃん!」
撮影隊と共に歩いているのはMGNのナツ。
「なっちゃん!握手会でもねぇのに会えるなんて……やっぱ運命なんだな」
勝手なことを言っているが、元よりグレイがこの場所に居る理由はナツだ。
周囲に不審に思われながら、グレイは建物の影からナツを見つめる。
「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい(エンドレス)」
完璧なストーカーになっている間に、撮影は始まった。
スタッフが担ぐカメラがナツに向く。スタッフの声と同時にカメラが動き出し、ナツが喋り出した。
「おはー!今日のナツデーは、ハルジオンだ!ここって魚とか美味いもんがいっぱいあるんだよな……今日は腹へってるからいっぱい食うぞ!」
ナツがカメラに向かって喋れば、ところどころでスタッフの笑い声がはいる。
早速食べ物の店に入ろうとしたナツは、スタッフに呼び止められてしまった。
ナツは頭をかきながら、照れたような笑顔を浮かべる。
「や、やべぇぇぇぇ!生のフェアリースマイルだ!」
説明しよう。フェアリースマイルとは、ナツが見せる笑顔の事だ。照れ笑いや、綻ぶような笑顔、無邪気な笑顔。その他もろもろ、なっちゃんファンによって勝手に命名された。
鼻息荒く眺めるグレイだったが、その顔は一瞬で歪んだ。
「へへ!今日のゲスト呼ばねぇとな」
ナツは横へと顔を向けた。
「今日のゲストは、LAMIAのリオンだ」
リオンがカメラの範囲内に入る。
「出ないまま終わるかと思ったぞ」
溜め息混じりに呟かれても、ナツは気にしていないようだ。
にっと笑みを浮かべて、手を差し出した。
「今日は楽しいデートにしような」
今撮影しているのは「なっちゃんデート(略してナツデー)」という、日曜日の昼間に放送されている番組の収録である。
番組の内容は、毎回違うゲストと共に、ナツが町を食いつくしていくというものだ。デートなんてものはタイトル上でしかない。大食漢であるナツの食い倒れツアーだ。
ナツの握手を求める手に、リオンが手を差し出す。
しかし、手が触れることはなかった。
「なっちゃんに触るんじゃねぇ!」
いきなり飛び込んできたグレイに妨害されたのだ。
きょとんとしたナツと、嫌そうに顔をしかめるリオン。二人の視線がグレイに向く。
「「グレイ」」
ナツとリオンの声が見事にそろい、二人は互いに顔を見合わす。
「お前、グレイのこと知ってんのか?」
再びナツの口からグレイの名が出て、リオンは驚きで目を見開く。
義弟だと告げようとしたリオンだが、スタッフに取り押さえられるグレイが視界に入り、言葉に詰まった。
グレイは、リオンへの罵声とナツの名を連呼。怒りで顔を赤くし涙さえ浮かべながら、スタッフ数人がかりで押さえられている。
「……知らん。赤の他人だ」
名を呼んでいて他人というのは妙だ。しかしナツは深く考えていないのか、疑うことはなく、へぇと声をもらした。
「あいつ、グレイっていうんだけどさ。公演とか握手会とか、いつも来てくれだよ」
嬉しそうに笑顔を浮かべながら、ナツはグレイに手を振った。
とたんに、取り押さえられていたグレイは力尽きたようにぐったりとしてしまった。
スタッフが騒ぎ出すと同時に、遠目でも見える赤。俯いているグレイの顔から流れ出ているそれが地面を汚している。
リオンはすぐに視線をそらし、ナツへと向ける。
「ファンの名前を覚えているのか?」
「全員じゃねぇけどな」
MGNのセンターを担うナツのファンの数は、想像を絶する。全てでなくとも、大勢いるファンの顔を少しでも覚えているのなら、凄いことだ。
ナツは、微かに頬を紅色させながら、はにかんだ。
「いつか、皆の名前覚えるって決めてんだ!」
ナツの笑顔に、リオンは自然と笑みを浮かべていた。
「そうか……すまなかった」
「何が?」
首を傾げるナツに、返答はしない。
今ナツの姿勢を目にするまで、リオンはMGNに良い印象を持っていなかった。アイドル活動を遊びのように思っている集団だと思い込んでいたのだ。
「お前に惹かれるというのも、納得しないわけにはいかないな」
「何だよ、さっきから」
意味が分からないと、頬を膨らませるナツ。
いつの間にか心地よくなっている時間に、リオンはグレイの気持ちを僅かにでも理解することができたのだった。
20110121
この後メルアド交換したり。再び騒ぎ出すグレイにリオンはスタッフに「排除の方向で」と言ったり。ラクサスが迎えにきて、実はリオンは学生時代にラクサスを知ってたり。学生時代にラクサスが格闘系ばっかやってたり