engage ring
「きれいだったなー」
「憧れちゃうよね」
ルーシィとレビィが女同士で話しに花を咲かせている。
そんな中本日はじめてギルドに顔を出したナツが入ってきた。もちろんいつも通りハッピーも一緒だ。
「何話してんだ?」
「あ、おはよう。ナツ、ハッピー」
「おはよう」
「おはー」
ハッピーが二人の間のテーブル上に着地し、ナツもルーシィの隣へと腰を下ろした。
「よぉ。で、何の話だよ」
ルーシィとレビィは一度顔を見合わせ、互いに照れたように笑いながらルーシィがナツへと顔を向ける。
「今日ここにくる時にカルディア大聖堂の前を通ったんだけど……すっごく素敵だったのよ!」
その時のことを思い出したルーシィが両手を組んでうっとりと何もない空間を見ている。レビィもルーシィほどではないにしろ、頬が紅色している。
全く話が見えないナツは首をかしげた。
「ルーシィ、戻ってきてー」
「相変わらず、変だよな」
「変っていうな!だから、今日大聖堂で結婚式をやってたの。それが素敵だったなーってレビィちゃんと話してたのよ」
ルーシィとレビィはねー?と顔を合わせた。
それにナツは困惑したように顔をしかめる。女子の気持ちは分からない。
そんなナツの内心を察したルーシィが溜め息をつく。
「あんたには分かんないわよ。乙女心は」
ナツとハッピーは顔を見合わせた。
「乙女って言ったか?」
「言ったよ。何か肌寒くなっちゃうね」
「失礼よ、あんたたち!!」
小声でこそこそと話し合うナツとハッピーにルーシィが憤慨して立ち上がった。レビィがすかさず宥めにはいった。
「ルーシィが怖いよ。ナツ」
「お、おお。話もよく分かんねぇし、ミラのとこいこうぜ。腹減った」
ルーシィから逃れるようにミラのいるカウンターへと足を向ける。その後ろではルーシィとレビィがまた会話を再会した。
色恋には疎いナツには到底ついていけない話だったのだ。
「ミラー、いつものメニューくれ」
「オイラもいつもの」
「おはよう。ナツ、ハッピー。すぐに用意するわね」
カウンターの奥に引っ込んだミラジェーン。それを見送ってナツとハッピーは椅子に座った。
「結婚とかそんなに楽しいのか?ハッピー」
「オイラには分からないけど、好きな人と一緒にいられるのは楽しいんじゃない?」
「俺とハッピーはいつも一緒だけどな」
結婚はしていないが、一緒に仕事をし同じ家で住んでいる。ギルドの人間からもずっと一緒にいると認識されている。
結婚などしなくても一緒にいられるのに、わけが分からない。
ナツとハッピーが二人では決して終わらないであろう結婚論議を続けていると、ミラジェーンが料理を手に戻ってきた。
「お待たせ」
「おー。いただきまーす!」
「まーす!」
ナツとハッピーが並んで食事をかっ込んでいく。それを眺めながらミラジェーンはにこにこといつもの笑顔で話しかける。
「二人で何の話をしていたの?ずいぶん真剣だったけど」
「もがもごごがっが」
「ナツ、飲み込んでから喋ろうよ」
比較的ナツよりも行儀のいい食事のとり方をしているハッピーは豪快に食事を口へと突っ込んでいるナツを嗜める。ナツは口の中いっぱいに入っていた食べ物を飲み込んだ。
「結婚の話してたんだよ」
「あら。ナツ、結婚に興味があるの?」
「俺じゃなくて、ルーシィ」
「今日カルディア大聖堂で結婚式やってたんだって」
ミラジェーンは、少しはなれた場所で盛り上がっているルーシィとレビィへ視線を向けた。いまだに楽しそうに話をしている。
「そうだったの。それで、ナツはグレイとの結婚を考えていたのね?」
ナツは食べていたものを噴出した。
ミラジェーンは予想していたらしく、汚れたカウンターを布巾で拭き始める。ハッピーもさりげなく自分の食事分の皿を避けていた。さすがに付き合いが長いだけはある。ルーシィあたりだったら間違いなく被害にあっていただろう。
ナツはミラジェーンを睨みつけた。
「何でグレイが出てくんだよ!」
「だって、ナツとグレイは付き合っているんでしょ」
「付き……あってんのか」
ああ、そうかと、ポンと手を叩いて頷く。
まさに今まで忘れていたのかのような反応に、ハッピーも今はいないグレイに同情してしまっている。
「そうか。それじゃ、俺はグレイと結婚すんのか」
「ナツはグレイと結婚したいの?」
先ほどからミラジェーンは質問ばかりの気がする。
ナツは腕を組んで口元をゆがめた。考えたこともなかったのだ、自分がそうしたいかなんて分かるはずもない。
ナツの反応を見て楽しんでいるミラジェーンに、先に食事を終えたハッピーが手を上げた。
「ミラ、男同士は結婚できないんだよ?」
「そうね。でも、結婚式はできるわ。お父さん役ならマスターがぴったりね」
ギルドの者にとっては、マカロフは父親のようなものでもある。逆もまた然り。マカロフにとってギルドの人間はみな子のようなものだった。きっと祝福もしてくれるだろう。
「それじゃぁ、ご両親に挨拶はしなくてもいいんだね」
「ええ。うちの娘はやらんとかにはならないわね」
ちょっと見てみたい気もするけど。少し残念そうなミラジェーンに、ハッピーも笑った。
そんな光景実際にあるのなら見てみたい。どちらにせよ、ナツとグレイの両親は他界または行方不明中だ。
「なぁに話してんだ?」
いまだに頭を悩ませているナツの肩に、ギルドにやってきたグレイの手がのせられた。ナツは首を傾けてグレイを振り返る。
「結婚の話しだよ」
「あぁ?てめ、どこのどいつに手出された!まさか手出したんじゃねぇだろうな!」
「お前、何言ってんだ。頭大丈夫か?変態」
「誤魔化そうってのか、いい度胸だ!!」
目くじらを立てるグレイ。正しい状況判断もできなくなっているようだ。
ナツのマフラーを掴みあげるグレイに、ミラジェーンが割ってはいった。
「違うのよ、グレイ。結婚って、あなたとナツのことなの」
「……俺とナツ?」
グレイは瞬きをして目の前にあるナツを見下ろす。反撃に出ようとしていたナツも、大人しくなったグレイに気がそがれて動きを止めた。
「お前、そんなことまで考えてたのか」
照れるように頬を紅色させるグレイにナツは顔をしかめた。
「考えてねぇよ、別に」
「照れんなよ。かわいいな」
「聞けよ!だから分かんねぇんだって。大体お前はどうなんだよ、グレイ」
上目づかいで窺ってくるナツにグレイは柔らかく笑みをつくった。
この笑顔はナツ限定なのだが、それをナツが気づくことはない。といってもやはり惚れた弱みなのか、この表情には弱いようで強気だったナツも怯んだように大人しくなった。
「バーカ、してぇに決まってんだろ」
うっと言葉を詰まらせるナツの左手をグレイはやさしくとり、薬指の付け根をなでる。
「この指に証しでもくれてやるよ」
「証し?」
「結婚指輪」
ナツにもそのぐらいの知識はある。
照れた顔を隠すように俯くナツの口元はマフラーで隠れた。グレイはナツの反応に目を細めた。
「……格好付けてんじゃねぇよ。バカ」
「別に構わねぇだろ。好きなやつの前ぐらいはよ」
グレイが、ナツの薬指の付け根に口付け魔力を込めれば、薬指に氷の輪が現れた。まるでシンプルな指輪のように見える。
「てめぇが望むなら、いつか本物をやるよ」
氷でできた指輪は炎なんてものがなくても体温だけで少しずつ形を失っていく。
暫くそれを見ていたナツはグレイへと顔を上げる。
「いらねぇよ、別に」
「あ?」
「本物とかいいから、またこれ作ってくれよ」
ナツの手を伝わり雫が落ちる。そのたびに細くなっていく指輪。それをグレイに見せるように手の甲を向けた。
ナツの笑顔は心から喜んでいるもので、グレイは思わずナツの体を引き寄せた。逃がさぬように背後から手を回して肩を掴む。身じろいだナツの耳元に唇を寄せた。
「んなもん、いつでもやるよ。だから、お前はずっと俺のそばにいろ」
ナツは瞬きを繰り返してグレイを横目で見る。抱きしめられている状態ではグレイの表情は伺えない。
ナツはグレイの言葉に思考をめぐらせた。
「それって、プロポーズってやつか?」
「いちいち聞くんじゃねぇよ」
先ほどまでの会話は何だと思われていたのか。グレイは脱力して抱きしめていたナツを開放した。
ナツは指輪に視線を落としてにっと笑みを浮かべる。
「じゃぁ、ちゃんとグレイのこと紹介しねぇとな」
誰にだとグレイが首をかしげる。
「イグニールに決まってんだろ!」
「ちょ、イグニールってお前の育ての親で、確か……」
「イグニールは竜だ!」
胸を張って言うナツに、グレイは地に沈みそうになる身体を必死で支えていた。
「俺、死ぬんじゃねぇか?」
万事休す。窮地に一生。未来の義父に出会うまでには修行に励まないといけないだろう。
頭を抱えるグレイに、近くで傍観していたハッピーがしょんぼりとした顔で呟いた。
「ナツが結婚したらオイラはどうなるの?」
「そのまま一緒に暮らせばいいんじゃないかしら」
ミラジェーンの意見に、グレイは重々しい溜め息をつくのだった。
2009,12,18