これまでのあらすじ
エドラス王国からミストガンが留学してきて盛り上がる学園、そんな中文化祭がやってきた。ミストガンと一緒になったナツのクラスは、ミストガンを加えての演劇をする事になり、役割を全てくじで決めたのだが、その結果がとんでもないものになる。
劇の内容は、エドラス王国のおとぎ話、王子と魔王。国を恐怖に陥れる魔王を王子が倒すという内容で、それを女子がアレンジして演じる。
そして、主役は。王子から王女に変更してミストガン。魔王にナツが決定。盛り上がるクラスを止まらず、ふりとはいえキスシーンまで入れることになってしまった。平然とするナツとは違ってラクサスは不機嫌になり…
ミストガンが現れたことでラクサスの気持ちも大きく変化してしてきた。ナツが片想いの学園生活、矢印ばかりの恋模様はどうなる。
留学生編12ページ目「放課後のキス」
「勝てないわね」
ミストガンがやってきたばかりの頃だ。ミストガンに学園内を案内していたナツが、階段から足を滑らせて転落した。落下するナツ自身は、ミストガンが抱きかかえて守ったことで怪我ひとつ負う事はなかった。
身を挺して守った姿に、それを知ったルーシィがラクサスへと言ったのが、その言葉だった。
「どういう意味だ」
顔を顰めるラクサスに、ルーシィが口を開く。
「だって、あの王子様『私の身で君が守れるなら、いくらでも捧げる』って言ったのよ?女の子ならときめくわよ」
「あいつは男だろ」
「男でも」
ルーシィは、真面目な顔をラクサスへと近づけた。じとりと見つめながら、続ける。
「実らない恋よりも、王子様を選びたくなるわよ」
ラクサスがナツから告白された事は、付き合いの長いルーシィやミラジェーンも知っている。ラクサスが言ったのではなく、ナツが相談しているのだ。もちろん、ナツに片想い中のグレイは知らない。
ラクサスは気まり悪げにルーシィから目をそらした。
「勝手にすりゃいいだろうが、俺には関係ねぇよ」
「私やミラさんはいいのよ、ナツが幸せなら誰と付き合っても。でも、ラクサス……あんたは、それでいいのね?」
そんなやり取りをして、数カ月が経過した。
文化祭で演劇をすることになり、主役を演じるナツとミストガンは放課後さえも共にいる時間が増える。それとは逆に、ラクサスとナツの時間は減っていった。
下校時間の過ぎた放課後。文化祭が迫り、準備期間として下校時間が遅くなっていて、すでに日が落ちている。
静かな廊下をラクサスは歩いていた。副担任として、己の受け持つクラスにまだ生徒が残っていないか確認するためだ。
教室が近づいていくと、声が耳に入ってきた。目的場所だった教室から聞こえる。
「まだ残ってんのか」
熱心なのは良いが、帰宅させなくてはいけない。
ラクサスは小さく息をついて、教室の戸に手をかけた。
「君は、どう思っているんだ?」
教室の中から聞こえたのはミストガンの声で、ラクサスの手は戸にかかったままで止まってしまった。
「何が?」
続けて耳に入ったのはナツの声。ラクサスの顔が自然と顰められていく。
「演技とはいえ口づけをする事になるんだ。抵抗はないのか?」
「だって、ふりだろ?別にいいじゃねぇか」
「ふりじゃないと言ったらどうする」
「……悪い、言ってる意味がよく分かんねぇ」
困惑したナツの声の後、沈黙が続く。
廊下で立ったままのラクサスは、盗み聞きとなっている事を考える余裕もなく、焦燥感にかられながら二人の会話に耳を傾ける。
暫く続いた沈黙を破ったのはミストガンだった。
「本番中、本当に口づけるように言われている」
「あ?なんだよ、それ」
「君に隠しておくようにとも言われたが、私にそんな事はできない」
「そうだよな、男にちゅーとかしたくねぇもんな」
「そうじゃない。私は、そんな形で君の唇に触れたくはないんだ」
「どういう意味……わっ」
ナツの慌てた声に、ラクサスは戸にかけていた手を握りしめた。どうなっているのか、会話の内容で察するしかない。
教師なのだから教室に入る権利は十分に有り、下校時間過ぎても残っている生徒である二人を帰さなければならない。
だが、それだけの関係ではないのだ、ナツとは。教師と生徒なんて浅い付き合いではない。
そして、
「ナツ、今ここで君の唇を奪う事を許してくれ」
ミストガンの言葉に、ラクサスは再び戸に手をかけた。
ラクサスはナツの想いに応えなかった。それは、ナツに好意がなかったからではなく、ナツが自分から離れていくことなど考えたことがなかったからだ。
開け放った戸の音に、二対の目が向く。
「、ラクサス」
戸惑ったナツの声。ナツはミストガンに抱きしめられており、抵抗している様子は全く見られない。
ラクサスは歯を食いしばると二人へと近づき、ミストガンから奪うようにナツの手を引いた。
傾くナツに顔を近づけ、唇を合わせる。
見開く目を至近距離で見つめたまま、ラクサスはゆっくりと唇を放す。ほんのわずかに触れただけの唇から徐々に熱を持っていくのを感じ、漸くラクサスは自覚することができた。
気づかないふりをしていただけで、とっくに恋に落ちていたのだ。
20110831