1日目「裏技入学」





二月上旬、一般入試を終えた翌日の合格発表日。合否の確認をしに行ったナツは、半ば絶望の表情で帰宅した。

「お、落ちた……」

いつでも前向きで、落ち込む事すら知らなそうなナツには、ありえない表情だった。顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。
家で待っていた父親のイグニールは、息子の初めて見る姿に、眉を落とした。

「ナツ、まだ滑り止めのとこがあるだろ。お前なら大丈夫だよ」

涙で瞳を潤ませるナツを抱きしめながら、イグニールは慰めるように言葉をかけるが、ナツは首を振るう。

「俺、あそこじゃないと嫌だ……」

勉学をおろそかにしていたナツが、一か月間、遊びの時間を削ってまで勉強に時間を費やしていた。周囲からすれば遅すぎるのだが、ナツをよく知る者たちは驚かずにはいられない、そんな気迫がナツにはあったのだ。
それほどまでに、ナツが希望した高校。

「そんなに、妖精学園に通いたいのか」

頷くナツに、イグニールはナツの頭を撫でながら思考を巡らす。
親馬鹿なイグニールは、何としてもナツの望みを叶えてやりたかった。そして、ある提案が浮かんだのだ。

「ナツ、良いこと思いついたぞ」

目尻にたまった涙を拭ってやりながら、イグニールは笑みを浮かべる。

「父ちゃんに任せなさい」

そうして、イグニールの案で、ナツは希望通り妖精学園に通えることになったのだが。
入学式当日、ドラグニル家は慌ただしい朝を迎えていた。

「父ちゃん、まだかー?」

二階の自室から通学カバンを手に降りてきたナツの姿に、リビングで手荷物の確認をしていたイグニールは表情を険しくした。
イグニールの視線はナツのむき出しになっている足へと向いている。

「……丈が短いな」

ナツはきょとんと己の足を見つめた。正しくは、身に付けているスカート。
見て誰もが分かる、ナツの制服は女子生徒のもの。ナツは女として高校に通う事になったのだ。
妖精学園は去年まで男子高校で、今年から共学に変わった。男子の応募倍率は高かったのだが、女子の方は二次募集をかけるほどしか応募がなく、ナツは女子として二次募集を受け、見事受かってしまったのだ。

「短くても気にしねぇよ……だって、これ着れば妖精学園に行けるんだもんな」

ナツは、笑みを浮かべながらイグニールに抱きついた。

「父ちゃんのおかげだ!ありがとな!」

スカートの丈に不服を持っていたはずのイグニールは、愛息子に抱きつかれて表情を緩めた。しかし、その目は、時計に表示されている時間を確認して見開かれる。

「ナツ、入学式に遅れるぞ!」

ナツはイグニールから離れると、慌ただしく足踏みをする。

「父ちゃん!急ぐぞ!」

「はいはい……そういえば、ナツ」

慌ててリビングを飛び出したナツは、名を呼ばれて、再びリビングに顔を覗かせた。
訝しむナツに、イグニールが続ける。

「何で妖精学園が良かったんだ?」

ナツが必死だったために今まで聞くことができなかった。ようやく問う事ができたイグニールはナツをじっと見つめる。
ナツは、はにかみながら口を開いた。

「飯がうまいからー!」

駆け出したナツの姿が、イグニールの視界から消えた。
呆然とするイグニールにかまう事なく、ナツは玄関に揃えてあった新品の靴に足を通す。
妖精学園の食堂の料理は、世界中を旅した料理長が腕をふるっていると評判で、雑誌にも掲載されたほどだ。食が命ともいえるナツにすれば、これ以上に魅力的な学校はない。
だが、それだけが理由ではなかったのだ。
ナツは、新品の靴先を見つめながら呟く。

「あと、ラクサスがいるから」

ナツは赤くなっていく顔を誤魔化すように勢いよく立ちあがり、まだ出てこないイグニールに声を上げた。

「父ちゃん、早くしろよー!」

時間が迫る中、これから始める学園生活に、ナツは期待に胸を高鳴らせるのだった。




20110819

ちょっと常識から外れているドラグニル親子。
「常識なんて、息子と天秤にかける価値もない」「常識?なにそれ食えんの?」
周囲は大変迷惑です。

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