あらすじ…というより設定。
祖父であるマカロフが海外出張に行く事になり、その間ドラグニル家に預けられたラクサス。
ドラグニル家は父と息子の二人家族で、父イグニールは小説家、息子ナツは中学生。本当の家族のように接してくれる二人に、ラクサスはすぐに馴染む事が出来た。
穏やかな日々が続くドラグニル家、それでも、想いは少しずつ変化していくのだった。
××話「夏祭」
マグノリア内にある妖精神社。そこでは毎年夏休みの半ばあたりで祭りが開かれる。
ラクサスは、ナツと共に浴衣を身にまとって神社へと来ていた。
「すごいね、ナツ!」
興奮しながら、ラクサスは周囲を見渡す。神社の境内に入ってすぐナツ達を迎えたのは、立ち並ぶ屋台。食欲をそそる香ばしい匂いが充満し、参拝客の声がより賑やかにしている。
「オレ、妖精神社はじめてだ」
ドラグニル家に来るまでは別の町に住んでいたラクサスが、妖精神社に訪れる事は今までなかった。
「ねぇ、ナツ……あれ?」
先ほどまで一緒にいたはずのナツへと振り返るが、ラクサスの目がナツの姿を捕らえることはなかった。
『神社は人が多いから迷子にならないように気をつけるんだよ』
出掛けのイグニールの言葉を思い出し、ラクサスは首を動かして周囲に目を走らせる。時間が経てば余計に人が増えていく。そんな中、必死に桜色だけを探す。
「ナツー!」
「何だ?」
不安が襲い、声を上げて名を呼べば、背後から返事が返ってきた。
ラクサスが慌てて振り返る。そこにはナツが立っていて、ラクサスは強張っていた表情を緩めた。
「よかった……迷子になったかと思った」
「ラクサス迷子になったのか?気を付けろよモグモグ」
頷こうとしたラクサスは、先ほどとは違うナツに目を見張った。神社の境内に入った時手ぶらだったはずのナツの手には、屋台で買っただろう食べ物が抱えられていた。
口にはすでに食べ物が詰め込まれており、ラクサスはじとりとナツを見つめる。
「ナツ……」
迷子になりたくないならば、自由人のナツから目をそらしてはいけないのだ。年下だろうが関係なく見張っていなければならない。
がくりと項垂れたラクサスに、ナツは持っていたフランクフルトをラクサスに差し出す。
「ほら、一緒に食おうぜ」
ラクサスは、上げた顔をすぐに緩めた。見つめてくる猫目と「一緒に」という単語は、簡単にラクサスの気持ちを浮上させる。
ラクサスは、差し出されていたフランクフルトを受けとった。
「ありがとう」
「へへっ、いっぱい食おうな!」
無邪気な笑みを浮かべるナツに、ラクサスは照れを隠すようにフランクフルトにかぶりついた。
大食漢のナツが共にいれば、立ち寄るのは自然と食べ物の屋台ばかり。例外があるとすれば、頭の横に付けられているお面ぐらいだ。
何件も寄ったというのに、ナツは未だに屋台を物色している。
「ナツ、もう食べられないよ」
「何言ってんだ、まだこれからだろ」
それはナツだけだ。ナツよりも年下のラクサスの胃は、これ以上の食べ物を受け入れてはくれない。下手をすれば吐きだしそうなほどに、無理やり詰め込んでしまった。
黙り込んでしまったラクサスに、ナツは頭をがりがりとかいた。
「じゃぁ、少し休むか」
頷こうとしたラクサスは、視界に入った屋台に動きを止めた。視線の先にあるのは輪投げで、それに気付いたナツはラクサスの頭を撫でて歩きだす。
ナツの足は真っすぐに輪投げへと向かっていった。
「やりたいんだろ?」
屋台の前に立ったナツが振り返り、ラクサスは慌てて駆け寄った。
「おしかったな」
景品の質が上がるごとに輪投げの狙いは遠くなる。全て外してしまったラクサスが得たのは残念賞。
ラクサスは景品をじっと見つめ、ナツへと差し出した。
「ナツにあげる」
「いいのか?」
差し出したナツの手のひらに、景品が乗せられる。
残念賞はいくつかのお菓子の中から選べ、その中でラクサスが選んだのは、飴を宝石に見立てている指輪。
男が選ぶには不釣り合いに見えるそれを、ナツは物珍しげに指でつまんで眺める。
「テレビでやってたんだ」
ラクサスの声にナツは視線を移す。
ラクサスは気恥ずかしそうに己の指を弄びながら、ナツをちらりと見上げた。
「指輪をあげると、ずっと一緒にいられるんだよ」
言い終わると、ラクサスは俯いてしまった。
ラクサスの言葉から、結婚式の内容でも見たのだと予想がつく。きちんと理解しているのか疑わしいが、ラクサスに慕われているのだという事は、ナツも感じ取ることができた。
「ラクサス」
顔を上げたラクサスに、ナツは手の甲を向けた手を差し出す。その指には、お菓子の指輪がはめられていた。
「これでずっと一緒だな」
「、うん!」
満面の笑みで頷いたラクサスは、続ける。
「約束だよ!」
「おお、約束だ」
数年後、ナツはこの約束を後悔することになる。
20110829