クラッシャー
開店してすぐ、その日一人目の来客があった。ドア上に設置されていたベルが来客を知らせ、同時に販売員の明るい声が響く。
「いらっしゃいませー」
出迎えの声をかけながら、ルーシィは訪れた客に視線を向ける。
客は中年の男性で、茶髪の前髪を後ろへと流し、旅行鞄を持っていた。
男性は、ショーケースの前に立つと、ケースの内側に立っているルーシィに目を向ける。
「お嬢さん、店長はいるかい?」
この時脳裏をよぎったのはクレーマーの単語。引きつりそうになる顔に笑顔を張り付けて、ルーシィが対応をしようとしていると、製造室からナツが顔を覗かせた。
「ギルダーツ!」
ルーシィはナツへと振り返り、瞬きを繰り返す。
「おぉ、ナツじゃねぇか!ここで何してんだ、お前」
客の口から出た名前に、ルーシィは困惑しながら、ナツと客を交互に見やる。客の名がギルダーツで、ナツとは親しい間柄なのは間違いないだろう。
ルーシィが状況を整理している間にも、ナツとギルダーツはルーシィを挟んで会話を続けた。
「俺、今ここで修行してんだぜ!つーか、ギルダーツはなんでここに居るんだよ、ケーキ買いに来たのか?」
「ナツが作ってんなら買わねぇわけにはいかねぇな……でも、その前に店長に会わせてくれ」
「じっちゃんなら二階にいるから、呼んでくんな!」
ナツの姿が消え、ようやく静かになったが、変わりにラクサスが顔を出した。
「久しぶりだな、おっさん」
「ラクサス……ずいぶんと様になってきたなぁ」
ラクサスの姿を眺め、懐かしむ様に目を細めるギルダーツの仕草は、久しぶりに対面した親戚の伯父のようだ。
「ガキ扱いすんなよ。それより、まだ旅してたんだな、あんた。こっちにまで噂が流れてるぜ」
「噂ってーと、あれか……」
気まり悪げに頭をがりがりとかくギルダーツに、ラクサスは溜め息をついた。
全く話が見えず首をかしげるルーシィ。そこに、ナツがマカロフと共に戻ってきた。
「久しいのう、ギルダーツ」
「おお、店長!久しぶり!」
「妙な噂が流れとるが……それも含めて話しを聞こう」
「悪いな」
やれやれと溜め息をついたマカロフと共に、ギルダーツは二階へと行き、ラクサスとナツも製造室へと戻ってしまった。
蚊帳の外にされた上に、一人取り残された形になったルーシィに、裏で作業をしていたミラジェーンが戻ってきて声をかける。
「ギルダーツが帰ってきたわね」
「ミラさん……あのギルダーツって人、誰なんですか?」
「ギルダーツは、前にこの店で働いていたの。今はパティシエを引退して、色々な国の菓子を食べ歩く旅に出ているのよ」
聞いただけでは、趣味で食べ歩きの旅に出ているようだが、それとは全く違った。
ギルダーツの味覚は確かで、マカロフを含む名高い有名パティシエ達も一目置く程。そんな彼が味に不評を出したらどうなるか。
パティシエ界で、ギルダーツはクラッシュと呼ばれている。その名の通り、彼が低い評価を出した店は必ず潰れるのだ。影では、壊し屋のギルダーツと呼ばれている。
それが、先ほどラクサスやマカロフが口にした噂で、今はどの店も評価を恐れて、ギルダーツの入店を拒否しているのだ。
「いつの間にか評論家にされてしまったみたい」
ギルダーツは意識して評価していたわけではなく、味や見た目の改善を提案していたにすぎないのだが、必然的に悪い点も告げる事になり、それが不評と捉えられてしまう。現役で働いていた頃から注目を浴びていた人物なだけに、仕方のない事だった。
洋菓子を愛しているがゆえに、店から拒否される事はやりきれないだろう。ギルダーツの心情を考えて眉を落としたルーシィ。その雰囲気を壊すように、製造室が騒がしくなる。
振り返ったルーシィは、顔を覗かせてきたナツと目が合った。
「ルーシィ!ミラ!」
ナツは嬉しそうに頬を紅潮させながら口を開いた。
「ギルダーツ、当分ここに残るんだって!」
20110812
洋菓子評論家(仮)な、おじ様。