無頓着と楽観思考の事件簿
留守中のラクサスの家に勝手に上がり込んでいた。それがばれたのが始まりで、ナツは遠慮がなくなり、何度注意しようが家へと入りこむようになった。留守だろうが構う事なく、まさに第二の家状態である。
最初は怒りをあらわにしていたラクサスだったが、慣れとは恐ろしいもので数年も経てば、ナツが家に居る事に違和感さえなくなっていった。
だが、忘れてはいけない。ナツの性別は女であり、今は幼く性別が分かりにくくとも、成長していけば女性らしい体つきになるのだ。
ナツに対して無頓着さのあるラクサスと、楽観的思考のナツ。互いに、異性だという事を意識していなかった。
そして、事件が起きる。
「てめぇ、自分が女だって事忘れてんな」
ラクサスは呻りながら、組み敷いているナツを見下ろした。
仕事から帰ればナツが家にいることなど珍しくもない光景だったのだが、その日は状況が違った。
帰宅したラクサスの目に飛び込んできたのはナツの姿。ただし、服など身にまとっていない裸だった。それに加え、ナツはラクサスと目が合うと、己が裸な事に羞恥心などないように、笑顔を浮かべながら出迎えの言葉をかけたのだ。
それはいとも簡単に怒りに火を付け、ラクサスはナツの元に駆け寄ると、床に押し倒した。
叩きつけるという方が正しいだろう、乱暴に扱われ、ナツは打ちつけた背の痛みに顔を歪めた。
「お前、なに怒ってんだよ」
抗議するナツの言葉などラクサスの耳には入っていない。
ナツが己の事に不用意なのは、周囲が男と思って接してくるから実感がわかないのだろうが、そんなことはラクサスには知った事ではない。
ラクサスは、若干膨らみのある胸に手をあてた。
「いい機会だ、男ってもんを分からせてやる」
困惑するナツの首に顔を埋め、唇を押しつける。舌を伝わせれば、ナツの身体を大きく跳ねた。
ラクサスの手が、胸から下半身へと降りる。肌を伝わせ太腿を撫でれば、ナツが息を飲んだ。
それを微かに耳に入れたラクサスは、上体を起こしてナツを見下ろす。
「少しは分かったろ――」
ナツと目があったラクサスは目を見開いた。
「別に、怖くなんか、ねぇからな」
ナツは体を小刻みに震わせながらも、強気な目でラクサスを睨んでいた。瞳には涙がたまっており、唇を耐えるように引き結んでいる。そこには確かに色香があり、ラクサスの心を惑わすのは十分だった。
ラクサスはとっさに天を仰いだ。ナツを視界から外して、困惑する思考を沈める。
「ラクサス?」
不安げなナツの声に呼ばれ、ラクサスは深くため息を吐いた。体勢を直そうとしたラクサスは、視線を落として動きを止めた。
起きあがろうとしていたのだろうナツの顔が、息がかかるほど間近に迫っていた。
「お前変だぞ、大丈夫か?」
ラクサスは脱力するように、ナツの肩口に額をあてた。
突然のラクサスの行動に、ナツは狼狽えながら、ラクサスの背に手を回しぽんぽんと叩く。
「どっか痛ぇのか?病院か?」
ナツの声が、今まで感じたことがないほどに優しく聞こえ、ラクサスは聞き入るように目を閉じた。
「お前、一生男のふりしてろ」
囁くラクサスの声は、常では考えられないほどに柔らかく、ナツの頬を紅潮させた。
「ラクサス……」
か細く名を呼び、ナツが続ける。
「ラクサスは男がいいのか?」
一瞬間をおいて、ラクサスはナツの身体を引き離した。見上げてくるナツに、ラクサスは顔を引きつらせる。
「気持ち悪い言い方するんじゃねぇ」
ナツの言い方では男色に聞こえるが、ラクサスにその趣味はない。しかし、ナツにはラクサスの否定の言葉は届いていないようで、顔を俯かせてしまった。
「ラクサスが男がいいなら、オレ、男でいいや」
間違った思い込みを正すよりも、ナツの言葉はラクサスの意識を向けた。
「お前は、俺が男がいいっつったら男になるのか?」
小さく頷いたナツの表情は俯いていて窺えない。ラクサスは、ナツの両頬に手をあてて顔を上げさせた。
「何でだ」
「わ、かんねぇ……けど」
ラクサスが続きを促すように見つめれば、ナツは体を震わせながら、訴えるようにラクサスを見返す。
「風呂入りてぇ」
期待とは反した言葉がナツの口から吐き出され、ラクサスは動きを止めた。ナツが小さくくしゃみをこぼして、ラクサスはようやく動き出す。
「ちゃんと温まってこいよ」
ナツの上から退き、視線をそらす。やり取りに集中していたが、ナツは真っ裸の状態。裸だったのは風呂に入るためだったのだろう。
「危なかった……」
ラクサスにとってはナツが風呂場へ消えてくれたのは有りがたかった。今まで興味のなかった上に、まだ子供なナツを異性として見てしまったことが、後ろめたい。
ラクサスはその場に座り込み、額を押さえた。血迷った考えを全て消し去ろうとしたのだが、予想よりも早くナツが浴室から出てきた。
「ラクサスも風呂入るのか?」
明るい声に振り返ったラクサスは動きを止めた。
タオルで体を拭きながら立っているナツは、先ほどと同じ何も身にまとっていない状態。
「裸でうろつくな!!」
タオルを首にかけて台所へと向かうナツに、ラクサスは声を荒げた。
ナツはびくりと体を震わせると、ラクサスへと振り返る。
「いいだろ、減るもんじゃねぇんだから」
「減るんだよ、色んなもんが!」
神経がすり減り、自尊心が減ると同時に高まるのは性的欲求だ。全くもって余裕のない状態である。
ナツの精神では幼すぎて理解などできないのだろう、訝しみながら首をかしげている。
ラクサスは苛立ちを押さえて、口を開いた。
「お前、グレイと同類になりてぇのか?」
グレイは同じギルドの仲間で、話の流れでラクサスの言葉の意味をナツにも早々に察することができた。
脱ぎ癖のあるグレイは露出狂、それと同等に扱われるというのだ。
ナツは自分の持ち込んだ荷物へと飛び付き、慌てて服を身にまとったのだった。
20110806
全く余裕がない