トラブル・バスタイム





予定よりも早く仕事を終えて帰路についたラクサスは、己の住む部屋に足を踏み入れたところで動きを止めた。一人暮らしのはずが、家の中に己以外の人の気配を感じるのだ。
空き巣という言葉が頭をよぎり、ラクサスは眉を寄せた。
魔導士の家に忍びこむなど度胸があるとしかいいようがない。面倒だが、さっさと始末するべきだろう。
ラクサスは部屋の奥へと足を進めた。明かりの付いていない部屋を見回していると、浴室の方から物音が聞こえてえくる。
浴室へとゆっくり近づいたラクサスは、隔てている扉を勢いよく開いた。こもっていた湯気が流れ出し、浴室内が鮮明になっていく。
空き巣を撃退する準備をしていたラクサスの手は、視界に入ったものに、動きを止めた。

「ラクサス、おかえりー」

湯船に身を沈めているのは見知った顔。桜色の髪を持っている、つい数ヶ月前にギルドに加入してきた少年だ。

「なにしてんだ、お前」

予想外すぎて怒りさえも湧いてこない。
ナツはにっと笑みを浮かべて口を開いた。

「風呂入ってる」

「そんなのは見れば分かんだよ。何で、お前は人ん家の風呂に入ってんだ」

しかも、留守中に勝手に。
疲れたように溜め息をつくラクサスに、ナツは顔を曇らせた。

「家追いだされた」

「あん?」

「家の中で修行してたら、いろいろ壊れててさ。なおるまで家に入れねーんだ」

ラクサスは再び溜め息をついた。
家の中で修行するなとか、言葉をいくつか飲み込んで、口を開く。

「とにかく風呂から出ろ」

説教を終えたら追い出す。そう頭の中で考えていたラクサスだったが、湯船から上がったナツの姿を目にして、思考が止まった。

「……おい」

「なんだ?」

ナツが裸なのは当り前だ、風呂に入っていたのだから。
ラクサスは呆然とナツを見下ろす。下半身についているはずの男を象徴するものが、ナツにはない。

「お前、女か」

ナツはきょとんとしながらも、すぐに頷く。
ラクサスは頭痛さえしてくる頭を押さえながら、手近にあったタオルをナツへと放った。
どう考えても男としか思えない。年齢の近いグレイと殴り合いの喧嘩もすれば、言葉づかいも女らしいとは言えない。服装も男のものだ。本人から言われていたわけではなかったが、女と思えと言う方が無理がある。幼ければ、男女の区別がつきにくい容姿を持っている子どももいるのだ。

仕事よりも帰宅してからの疲労が大きかった。
ラクサスがぐったりとソファに身を預けて休んでいると、暫くしてナツが浴室から出てきた。
ナツは一直線に台所へと足を進め、コップを取り出して水を飲みだした。その勝手知ったる様子は、明らかに初めて侵入したのではない。
ラクサスは、浮かんできた苛立ちを晴らすように、目の前のテーブルに拳を叩きつけた。

「人の家に勝手に入るな!」

拳を打ちつけた音と、荒げる声に、ナツは肩をびくりと震わせた。

「なんだよ、急に」

「急じゃねぇ!常識だ!」

ナツは俯くと、瞳に涙を浮かべて上目遣いで見あげた。

「だって、風呂入りたかったし……」

そういう発言をすれば、女らしいと言えなくもない。
ラクサスは脱力したように深くため息を吐いた。

「つーか、お前が女だって他の奴らは知ってんのか?」

グレイ辺りなど全く気付いていなさそうだ。
ラクサスの問いに、ナツは首をかしげる。

「言わなくても分かんだろ」

おそらく気付いている者などいないだろう。周囲の対応を思い出せば想像はつく。
別にギルドにいる事に関して性別は関係ない。しかし、成長すれば不便さも出てくるだろう。クエストで性別を指定してくる場合もあるのだ。
思案に沈んでいたラクサスは、膝にかかった重みで意識を浮上させた。視線を落とせば、膝にはナツの頭が乗り、ナツの身体はソファに寝転がっていた。

「くつろぐな!」

頭を叩けば、ナツが不満そうに口を尖らせる。

「いいだろ、別に。ラクサスの家おちつくんだ」

完全に居座る気だ。
このままでは安息の場が荒らされると危惧したラクサスは、眠り始めていたナツを叩き起こしたのだった。




20110805

男のような性格でグレイとも殴り合いのけんかをし、胸も小さく、飯しか頭になさそうなので。全く持って気付かない周囲。じっちゃんは知ってます。後リサーナ。

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