変化して自覚して嫉妬した





その日は、同級生の女子が家に来ていた。恋人として付き合ってほしいとせがまれ、断るのも面倒だからと了承すれば、恋人という肩書きになって一日目にして半ば無理やり家に上がり込まれたのだ。
平日で、学校がある日だったのが幸いだろう、共に過ごす時間が短くてすんだのだから。
夕方になり、女子は少し残念そうにしながら帰り支度を始めた。
玄関で見送っていると、女子が玄関の扉に手を伸ばしたと同時に、扉が開く。
外から扉を開けたのは高校の制服を身にまとっている少年。ラクサスよりも数歳年上のようにも見える少年は、扉の前で立っていた女子に目を瞬かせたが、玄関先で立っているラクサスを見やると納得して表情を緩めた。

「なんだ、ラクサスの友達か」

無邪気に笑みを浮かべ、少年は女子の横を通り家に上がった。

「おかえり」

「ただいま」

ラクサスの出迎えの言葉に返し、少年は近くに設置されている階段を上っていく。
少年の姿が見えなくなって、女子は少年を追っていた視線をラクサスへと向けた。

「お兄さんいたの?似てないね」

この展開は初めてではなく、そして大体お決まりの言葉が続く。

「なんか、かわいい」

手のくわえられたまつ毛で縁取られた瞳。それが興味をしめしたのに反し、ラクサスは不快を感じながら毎度同じ言葉を返す。

「アニキじゃねぇよ」

兄どころか、血の繋がりさえない。
首をかしげる女子など、ラクサスの視界にはすでに入っていなかった。
少女が興味を持ったのは、同居人。正しくは、ラクサスが居候している家の一人息子だ。
桜色の髪と猫のようなつり目が特徴で、ラクサスより年齢が五個上の現在高校三年。名前は、ナツ・ドラグニル。
ラクサスがドラグニル家に世話になるきっかけとなったのは、四年前。ラクサスは祖父と二人暮らしだったのだが、祖父が仕事で海外に長期滞在する事になった。まだ幼いラクサスに不馴れな環境で生活させるのは忍びないと、祖父が知人であるイグニールにラクサスの面倒を頼んだのだ。
それ以降四年間、ラクサスはドラグニル家に身を置いており、すでに我が家も同然だった。
現在の保護者的存在であるイグニールは、ラクサスを我が子同然に、ナツも本当の弟のように接している。ラクサスには何の不満さえもない穏やかな生活だったのだが、それは最近になって少しずつ変わり始めていた。
女子を見送って自室へと戻ったラクサスはベッドに寝転がった。仰向けになり、天井を見つめる。

「気持ち悪ぃ」

瞳を閉じるが、それはすぐに開かれた。ノックもなしに部屋の扉が開いたのだ。

「なぁ、ラクサス」

無遠慮な行動にも慣れているラクサスは、小さく息をつくと、上体を起きあがらせた。部屋に入ってくる訪問者に目を向ける。

「なんだよ」

ラクサスの目には、瞳を好奇心で輝かせるナツがいる。年上には思えない幼さに、ラクサスの口元は自然と緩んでいた。
ナツは、ラクサスの隣に腰かける。
二人分の体重にベッドが軋む音を立て、それと同時に近づいた桜色に、ラクサスは無意識に身を引いていた。
ナツは、ラクサスの様子には気づかず顔を近づける。

「さっきの、彼女か?」

ナツの近づいた顔に動揺したのは一瞬で、ラクサスはナツの口から出た言葉で、胸に痛みが走った。
ナツの顔は玩具でも見つけたかのように緩んでおり、その表情を見ている内に、胸の痛みは苛立ちに変わっていった。

「ああ……あんた、女と付き合ったことねぇもんな」

ふんと鼻を鳴らしたラクサスに、ナツの表情が固まる。

「ななななんなことねぇよ、りょ、両手で足んねぇぐらいいる!」

両の手のひらを前に出す。その動作とどもる声は偽りと言っている様なものだ。
ラクサスの胡乱げな目に、ナツは短く呻る。少し間を置いて、ナツが思い出したように表情を輝かせた。

「リサーナだ!」

「あ?」

「リサーナと結婚する約束してんだ!」

リサーナはナツの幼馴染であり、現在海外に留学している。長期休暇になる度に戻ってくるので、少なくとも年に一回はラクサスもリサーナと対面していた。
リサーナは美少女といえる容姿をしている。性格も明るく優しく、ナツとは幼い頃から時間を共にしていた。
ナツとリサーナの二人が並んぶ姿は釣り合いが取れている。違和感などなく、互いに信頼し合っているのが、はたから見ても分かるほどに仲が良い。
だから、その後続けられたナツの言葉は、ラクサスの耳に入っていなかった。幼い頃の話しだという事が。
胸が軋む。先ほどのわずかに感じた痛みなど、比べ物にならないぐらいに。
四年前、ドラグニル家に来てばかりの小学低学年の頃。その時からナツの側をついて離れなかった。
ナツの側にいれば安心できたし、出会ってすぐに懐き、ずっと兄のように思えていた。現在も変わらずに向けてくれる笑顔が心地良かった。
それが、他に向けられてしまう。

「ラクサス?腹でも痛いのか?」

動きを止めてしまったラクサスに、ナツは心配げに眉を落とす。覗かせてくるナツの顔を、ラクサスは至近距離で見つめる。
汚れを知らなそうな、綺麗な瞳。男にしては不釣り合いに思えるのに、似合いすぎている桜色の髪。いつも楽しげに弧を描く唇。

「オレのだ」

無意識に呟いたラクサスの言葉に、ナツが首をかしげる。

「何がだよ」

ナツの訝しんだ声に、ラクサスは我に返った。
己が呟いた言葉。己の中で、いつの間にか変化していた心。兄としてではない、好意への変化。自覚してしまったら、なかった事になどできない。
ラクサスはナツから顔をそらすように俯く、その顔は赤く染まっていた。

「……出てけよ」

「は?なんだよ、急に」

「いいから出てけっつってんだろ!二度とオレの部屋に入るな!」

ラクサスがナツに対して怒鳴ることなど今までなかった。
肩で息をするラクサスに、ナツはゆっくりと立ち上がり部屋を出ていった。
静寂が戻ってきた部屋で、ラクサスはその場に倒れ込んだ。両腕で顔を覆い、息を吐き出す。
自覚した想いは急速に思考を支配していく。




20110805

ラクサスは中一です。

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