立つ鳥跡を…
収穫祭が終わった二日後。バトル・オブ・フェアリーテイルで傷ついたナツは、ファンタジアが終わってすぐに寝込んだ。
滅竜魔導士同士の戦いは、魔法で体の質を変えられても痛手は大きい。ラクサスと戦ったのがナツの方が長かったせいか、ガジルよりも重症だったのだ。彼もほぼ変わらずに重症だったことに違いはないのだが。
大きな戦いのたびにあれだけの怪我を負っていては体がもたないのではないだろうかと、ルーシィが心配している内にナツの怪我はほとんど治りかけていた。三日程度の時間しか要していないのだから化け物じみている。
「よぉ。ルーシィ」
ルーシィが依頼版を眺めていると、すっかり包帯の解けたナツがギルドにはいってきた。
「ナツ、もう大丈夫なの?」
「おう!もう何ともねぇ!」
「ご飯もいっぱい食べたもんね」
ナツが回復したことでハッピーも機嫌が良い。
ナツはルーシィからギルド内へと視線をさまよわせた。何かを探すような動作にルーシィが首をかしげる。
「誰か探してるの?」
「んー、ラクサスのやつ来てねぇのかな」
ギルド内を目を皿のようにして探すが見当たらない。彼のように目立つ人物ならすぐに見つけられそうなものだが。
不満そうなナツの表情を見て、ルーシィとハッピーは気まずそうに顔を見合わせた。
「分かった!喧嘩したからな、じっちゃんにあれやらされたんだろ!あれはラクサスでもきついよな」
「あれってなに!前言ってたあれのこと!?」
お仕置きとしてあれと言われているが、その内容はルーシィには知らされていない。それでもナツやグレイたちが恐れて逃げ出そうとするほどのお仕置きだ。
ルーシィの脳内では想像つく限りの恐ろしい仕置きが考えられ、思わず頭を抱えた。全く想像がつかない。
「ナツ」
声がかかりナツが振り返ると、そこにはカウンターに座るマカロフの姿。
「じっちゃん。もう平気なのか?」
「ワシは平気じゃ。ナツ、お前は寝込んでいたから話してはいなかったな」
「何だよ」
マカロフの真剣な表情から察したのか、ナツの表情も心なしか硬くなる。マカロフの前まで近づいて、言葉を待つ。
「ラクサスは破門にした」
淡々とした口調で告げられて、ナツは言葉を理解するのに時間を要した。
口元が小さく振るえ、ゆっくりと開かれる。
「何言ってんだ、じっちゃん?」
「ラクサスが今回起こした暴動は目に余る。ギルドを窮地に追いやった者をギルドに置いておくわけにはいかん」
「ちょっと待てよ!!」
ナツの声がギルドないに響き渡った。小さく息を漏らして、ナツの瞳がマカロフを睨み付ける。
「ラクサスを追い出したって、そんなん納得できるわけねぇだろ!あいつは妖精の尻尾の仲間だろ!仲間だから喧嘩だってすんのは仕方ねぇじゃねぇか!」
「ものにも限度と言うものがある。分からんか、どれだけのものが傷ついた。死者が出ていないとはいえ残された傷は大きい」
ナツはギルド内を見回した。
普段通り生活する面々は、ナツやガジルほどではないにしろ仕事でも滅多にできない怪我を負っている。ミラジェーンまでもがいまだに手当てがしてある状態だ。
ナツは顔をしかめてマカロフへと視線を戻した。
「でも、ラクサスは……っクソ!」
「ナツ!」
ギルド内を飛び出していこうとするナツを呼び止めようとする声にも見向きもしない。そんなナツを止めたのは、ちょうど入り口付近にいたグレイだった。
グレイの手はナツの腕をきつく捕らえている。
「放せよ!!」
「どこ行く気だ。ナツ」
「うるせぇッてめぇには関係ねぇだろ!」
グレイの手から逃れようとするナツを、グレイは乱暴に投げ飛ばした。ナツの体は軽く吹っ飛んでマカロフのいるカウンターまで戻された。
「今さら追いつけねぇよ。ラクサスの野郎が出て行ったのはファンタジアの夜だ。どこ行ったか知れねぇやつをどうやって探す気だ?」
グレイの冷めた瞳が見下ろしてくる中ナツは吹っ飛ばされた体を起き上がらせた。グレイを睨む鋭い瞳がかすかに潤む。
目じりに溜まる涙に気づき、ルーシィが割ってはいった。
「グレイ、ちょっとやりすぎなんじゃ……」
「ルーシィは黙っててくれ」
グレイはナツをかばうように立つルーシィを退けてナツへと歩み寄る。
「あいつはいねぇんだ。諦めろよ、ナツ」
ナツの瞳が見開かれて涙が零れ落ちた。
ナツは感受性が豊かで、その中でも涙は仲間のために流すことが多い。幽鬼の支配者にギルドを破壊されたとき。エルザが仲間を守る為に自らを犠牲にしようとした時。
妖精の尻尾に入って日が浅いルーシィでも、ナツにはそう印象を受けていた。
ルーシィは自分の目尻にも涙が浮かんでいることに気づいて慌てて拭い、グレイとナツへと視線を戻す。
抵抗をやめたナツの頭を乱暴になでるグレイ。
その光景が話のまとまった合図のようになり、ギルド内は少しずつ日常へと戻っていった。
ハッピーが慰めるようにナツの顔面にへばりつき、それに苦笑しながらルーシィもナツたちへと歩み寄るのだった。
そんな一悶着があった後日。
ラクサスの破門の件について毎日のようにマカロフに抗議していたナツも次第に落ち着きをみせていった。
今日の天候はあいにくと雨。雷雨と表現した方が正しいだろうか。朝から降っている雨に昼過ぎた辺りから雷まで加わった。ギルドに集まっていたルーシィは気だるそうにテーブルへと身体を突っ伏している。
「雷いやー!」
「怖いなら家にいればよかったのに」
ルーシィの目の前で魚をかじっていたハッピーが咀嚼しながら問えば、ルーシィはがばりと身体を起こした。
「家にいて雷が落ちたらどうすんのよ!それこそ怖いわよ!」
「ルーシィの家に雷が落ちるなら、ここにだって落ちるかもしれないよ」
「ここなら皆がいるからいざって時には何とかなるじゃない」
「他力本願だ」
「あたしはか弱いの」
毎度の言い合いを続けるルーシィとハッピーの前の席にグレイが座った。
「鬱陶しい雨だな」
「本当よね。こんな雨じゃ仕事にもいけないわ」
仕事に支障云々ではなくルーシィが雨に濡れたくないだけだが。確かに魔法能力によっては仕事に支障が出る。
「まぁ、火を使う魔導士には厄介だな」
「あい。ナツには天敵だよね」
「そういえば、戻ってこないね。ナツ」
ルーシィが外へと目を向ける。
当たり前だが雨なので、オープンカフェには誰もいない。時おり駆け込んでくる者がいるぐらいだろう。その中にルーシィが探す人物は見られない。
「ナツも来てんのか」
ハッピーがいるのだから必然といつも一緒のナツもいる事になる。ギルドで食事を済ませているナツがいない時は決まって仕事の時だけだが。
「ナツ今日は変なんだ。ルーシィみたい」
「変って!……まぁ、確かに今日のナツは様子がおかしかったけど」
「あいつはいつも変だろ」
ハッピーが「グレイは変態だけどね」と突っ込むと、グレイはハッピーの両頬を力一杯引っ張りながら、何でもないかのようにルーシィへと顔を向けた。
「何かあったのか?」
「お昼食べ終わった後、急に外に出て行っちゃったのよ。雷もすごい鳴ってたから止めたんだけど」
ばちんと音がして、ルーシィが視線を落とすとハッピーが口を押さえて悶絶していた。
その元凶のグレイへと視線を移せば少しだけしかめられた顔があった。
「雷……」
「そうよ。今にも落ちてきそうじゃない。グレイ、気づかなかったの?」
「だから、あいつ」
グレイの表情が痛そうに歪む。それにルーシィは首をかしげた。
「雷に何かあるわけ?」
グレイは顔を逸らすように外へと視線を向けた。
「雷は、ラクサスの魔法能力だろ」
「へぇ……て、ちょっと待って。だからって何でナツが」
ルーシィは続けようとした言葉を飲み込んだ。外を見つけるグレイの表情があまりにも切なそうだったからだ。
ルーシィはテーブルに頬杖をついて、大分回復して来たハッピーを見下ろした。
「雨、早く止めばいいのにね」
「あい」
ルーシィの思いに反して雨がやむ気配はなく、それどころか激しくなっている気さえする。せめてナツが雨でずぶぬれ状態でなければいいのだが。炎を纏えばたとえ水をかぶってもすぐに乾いてしまうが、それでも体は冷えてしまうから。
外を見つめるルーシィにグレイが席を立った。
「グレイ?」
外へと足を向けるグレイに声をかければ、グレイは振り返ることなく足を止めた。
「仕事は無理なんだろ?俺は帰るよ」
「そっか。うん、また明日ね」
応えるようにグレイが片手をあげた。小さくなっていくグレイの背中を見ていたルーシィだったが見えなくなって視線を外した。
テーブルに座るハッピーも心なしか元気がないようだ。
「ねぇ、ハッピー。もう少し待ってもナツが戻らなかったら、探しに行こっか」
「あい!」
ハッピーが先ほどよりも元気そうに返事をして、ルーシィも少しだけ口元に笑みを浮かべた。
雨は人を鬱な気分にさせる。もしかしたらナツも感傷的になっているのかもしれない。
ギルドを出たグレイは傘もささぬままゆっくりとした足取りで歩いていた。
目的が決まっているように迷うことなく一直線。しばらくして足を止めた。ギルドからそう離れていない場所にある南口公園。
雨で濡れる髪をかきあげて公園の中に入れば、すぐに目にはいった桜色の髪。雨に濡れたせいできれいな色はくすんで見える。
見つけたナツはソラの木の下に避難していた。雨に守られているその空間で、食い入るように空を見つめているその目が、たまに光る空に細められる。
近づいていくグレイの姿をナツの瞳がとらえた。
「何してんだよ。お前」
「それはこっちの台詞だ。クソ炎」
「てめ、濡れてんじゃねぇかよ。帰れよ、うぜぇから」
「てめぇに言われたくねぇんだよ」
グレイも木の下へと入りナツとは反対側の木の幹に背をあずける。
「……そんなもん見てもつまんねぇだろ」
空を見上げるナツにグレイが呟く。
ナツが空ではなく雷を見ていることも分かっているし、それに誰を重ねているのかも分かっている。それでもナツは複雑な感情を理解はしていないのだろう。
「てめぇには関係ねぇ」
グレイに返答しながらも空からは目を離さない。
まるで縋っているようでナツらしくない。それがグレイには腹立たしいとさえ感じてしまうのだ。
グレイは小さく息をついて空を見上げた。降り注ぐ雨が槍のように見えるそれを掴むように、天に伸ばした手を握り締める。魔力を込めればグレイの周囲に冷気が満ち、天から降る雫に変化が出た。
「、いて」
コツンと軽い音とナツの声。グレイの顔にめがけて同じようにコツコツと降り注ぐのは氷の粒だった。
「やべ、魔力込めすぎたか!」
「やっぱりてめぇか、グレイ!何しやがんだ!」
目を吊り上げて睨んでくるナツから気まずそうに目をそらして、放出している魔力を調整する。
「俺は、こっちの方が好きなんだよ」
ふわりと落ちてくるのは、先ほどとは違う結晶の集まり。
ナツは次々と落ちてくるそれを手のひらで受け止め、それを確認して目を瞬いた。今の季節にはあまりふさわしくない、雪だった。
「お前バカだろ。まだ秋だぞ、グレイ」
「うるせぇな。俺の勝手だ」
舌打ちして顔を背けるグレイにナツは首をかしげながら振り続ける雪に目を奪われた。
時期にはまだ早い雪は雪山にでも行かない限りお目にかかれるものではない。物珍しそうに雪をもてあそぶナツに、グレイは空を見上げる。
落ちてくる雪、その上では今でも雷が我が物顔で鳴り響いている。
「てめぇなんかにやるかよ」
「あ?なんか言ったか?」
ナツの口から白い息が吐き出される。雨を雪に変えるための冷気のせいだろう。火を体に纏えるナツに寒さなどあまり関係ないかもしれないが。
グレイは訝しげな顔で見てくるナツに小さく笑みを漏らした。
「太陽が好きだって言ったんだよ」
「……意味分かんねぇし」
「てめぇはまだ分かんなくていい」
グレイの手が伸びてナツの頭を軽く小突いた。
「て、バカにしてんのか?!」
グレイが木の下から出るとすぐに雪が雨へと戻っていく。ナツはそれを少し残念そうに見て、公園を出て行くグレイの背を見送った。
グレイがわざわざ何をしに来たのかは分からないが、嫌な気はしなかった。
「雪も雷も……俺はどっちも好きだけどな」
ナツは自然と口元に笑みを浮かべ、体をほぐすように背を伸ばした。
雨も少しずつ弱くなっている。そろそろギルドに戻ろうかと足を踏み出そうとしたナツの視界にはいったのは、見知った顔二つ。
「ナツー!」
「こんなとこで何やってんのよー!」
ハッピーとルーシィだ。ルーシィがさす傘に一緒にはいっていたハッピーは飛びつくようにナツの元まで飛んだ。
当然とばかりにナツはハッピーを両腕で受け止める。
「おお、ハッピー」
「戻ってこないから心配したんだよ」
「探しに来てくれたのか?悪いな、今戻ろうと思ってたんだ」
ハッピーに先を越されながらもルーシィも歩み寄ってきた。
ナツの体は雨に濡れていなかったが、おそらくずっとこの場にいたのだろう。安易に予想できてしまいルーシィはため息をついた。
「そんなに雷が気になるの?」
ギルドでグレイとの会話を思い出した限り、ナツが雷を気にしているのはラクサスに関係している。仲間意識を強く持つナツのことだ、仲間であるラクサスが破門にされたことがそうとう堪えていたのかもしれない。
ルーシィの問いにナツは頭をがりがりとかいて、首をかしげた。
「よく分かんねぇ」
それは偽りの言葉ではないだろう。難しそうに顔をしかめるナツの表情からもそれがよく分かる。
ルーシィはがくりと肩を落とした。
「もういいわよ。早くギルドに戻りましょ」
決して大きくはないルーシィの傘にナツとハッピーが入り、ギルドへと足を向ける。
途中で雨が上がり、ルーシィは傘を閉じた。雲の隙間から差し込んでくる太陽に光にルーシィは目を細め、ふと隣を歩くナツに振り向いた。
「何か、あんたの行動ってまるで恋してるみたいね」
突然のルーシィの言葉にナツは瞬きを繰り返す。
「お前、大丈夫か?」
何がとは聞かないがナツの哀れむような目にルーシィ本人何をいわれているのか理解できる。
ナツの言葉に少し衝撃を受けていると、ナツとハッピーが顔を寄せ合った。
「ルーシィのやつ、雨に濡れたのか?」
「風邪かもしないね。頭に菌が入ったのかも」
「……聞こえてるんだけど」
ルーシィは怒る気もなくしてため息をついた。
自分の発言にも責任があるのだと無理やり納得させ、先へと歩き始めるナツを追いかけた。
2009,12,07