君がくれた決意





リビングに、メンバー全員が集まっていた。
ソファの前で正座するナツの前に、ラクサスが腕を組んで立ち、それをグレイとミストガンが見守っている。

「稽古サボるたぁずいぶん余裕じゃねぇか」

ラクサスの低い声に、ナツは顔を引きつらせた。
ドラマ撮影が迫っている今、演技の稽古に打ち込まなければならないナツは、予定通りに稽古を受けていなかった。
学園に入学してから、ナツは学園生活を満喫している。仕事はロキが管理しているためおろそかになる事はないのだが、ロキはelementsのマネージャーであり、ナツ一人にあてられる程時間はない。

「てめぇ、学校の後はレッスンがあるって忘れてるわけじゃねぇよな」

「覚えてるけど……」

ナツは顔を俯かせた。口ごもりながらも言い訳を探すが、ラクサスを誤魔化せるものなど思いつけるはずもない。
ナツが黙り込むと、気の毒に感じたミストガンとグレイが口を挟んだ。

「それぐらいでいいだろう。ナツも十分反省している」

「つーか、こいつだって好きでサボったわけじゃねぇんだよ。俺の為に色々考えてくれててよぉ」

グレイがナツへと視線を向けながら頬を紅潮させる。常ならばその態度に悪態を入れるラクサスの視線は、ナツからそらされる事はない。
本気で怒りをみせていると長年の付き合いで察したミストガンとグレイは、ナツを救いだそうと頭を働かせ始めた。

「取り込み中かな?」

第三者の声に、全員の視線が一斉に向けられる。
隣室に住んでいるイグニールが、リビングと廊下の境で立っていた。
マネージャーであるロキは合鍵を持っているから別だが、住居者であるメンバー以外が入れるはずがない。不用心にも鍵をかけていなかったのかと不安に思ったミストガン達の内情を察して、イグニールが手を持ち上げた。

「社長からもらったんだよ」

手には鍵があり、それがこの部屋の合鍵だという事はイグニールの言葉と入室したことで分かる。警戒すべき人間でもないので咎める事はないが。

「何かありましたか?」

わざわざ訪ねてきたのだ、何か問題でも起きたのか。ミストガンの問いに、イグニールは首を振るった。

「ナツに用事があってね」

先ほどまで暗かった表情は、イグニールの登場で和らいでいた。首をかしげるナツに、イグニールは笑みを浮かべる。

「ナツ、暫くの間うちにおいで」

その場の時が一瞬止まった。

「社長の許可はとってあるから心配しなくていいよ」

固まってしまった面々にイグニールが説明をするが、聞きたい事はそれではない。

「ちゃんと説明をしてもらえませんか?」

「ナツと同棲したいってんなら黙ってねぇからな」

「ジジィが許可したって事は仕事関連か」

ラクサスの冷静な問いにイグニールは頷いた。

「ナツの演技レッスンがうまく進んでいないみたいだからね」

イグニールの言葉にナツが狼狽し、それをラクサスが冷ややかな目で見下ろした。
二人の反応に内心首をかしげながらイグニールは続ける。

「泊りこみの演技レッスン、合宿だと思えばいい。ドラマでナツとは親子の役だから、ちょうどいいだろ?」

親子役なのに加えて、現役の俳優であるイグニールなら演技の指導者としても適している。時間の猶予もないのなら、最善の策だろう。

「イグニールの家にお泊まりかぁ……すげぇ楽しそうだな!」

目を輝かせるナツに、イグニールは同意を得る様にラクサスへと視線を向けた。elements内での事は、私情が入っていない限りリーダーであるラクサスに一任されており、拒否する理由もないラクサスは頷いて同意を示した。

「このまま撮影に入って役に立たねぇんじゃ困るからな。サボった分たっぷりしごいてもらえ」

「おお!」

イグニールの家にはすでに準備が整っていて、ナツが用意するものは着替えのみ。
イグニールと共に自室へと向かうナツに、グレイとミストガンはラクサスへと視線を向ける。

「おい、いいのかよ」

「イグニールがナツに害を及ぼすとは思っていないが、短期間とはいえ2人きりで過ごすというのは納得がいかない」

「問題ねぇだろ、あのおっさんなら」

不快そうなミストガンを、鼻を鳴らして一蹴し、ラクサスはイグニールとナツの方へと目を向ける。

「なぁ、父ちゃんとかパパって呼んだ方がいいのか?」

ドラマの中では、ヒロインはパパと呼んでいる。日常から演技の稽古になるのなら、呼び方も変えた方がいいのかとナツは問うているのだ。

「ナツの呼びやすい方でいいよ」

「じゃぁ、父ちゃんな!」

照れて頬を赤らめるナツに、イグニールは眩しそうに目を細めた。誰が見ても演技ではないと分かるほどに、イグニールの顔は幸せそうに緩んでいる。

「……虚しいな」

ラクサスは、言わずと知れた名俳優の背中を冷ややかに見つめた。
リビングに集まっていたのは、稽古をおろそかにしていたナツを咎めるためであって、話しが終われば集まっている必要はない。面々が自室へと戻っていく。
グレイなど暫くナツが戻らないと決まっただけで酷く気落ちし、ミストガンも同様で微かに影が見える。
ラクサスは、ミストガンが自室へと入ろうとしたところで口を開く。

「お前も、自分でケリつけろよ」

扉に手をかけたままの体勢で、ミストガンはラクサスへと振り返る。言葉の意味を問おうとしたが、その前にラクサスは自室へと入ってしまった。
ミストガンは訝しみながら自室へと入り、壁にそって立つ本棚の前で足を止め、敷き詰められて並ぶ本の内の一冊を手に取った。中央辺りに癖がついており、自然と開いたそこには写真が一枚挟まれていた。
同年齢ほどの少女と共に写った写真。その端に映りこんでいる少年を見つめ目を細める。
紛れて小さく映りこんでいる少年。顔の確認はできないが、髪の色がナツと同じ桜色。
ミストガンは、指でなぞるようにそれに触れると目を閉じた。まるで時が止まったかのように暫く動きを止め、本を閉じた。
自室へと戻ったラクサスは、電源の入ったままのパソコンへと近づいていく。画面に映し出されている写真を見て眉をひそめた。
画面に映し出されているのは、青髪の少年。ミストガン同様に右目に紋章が入っている。

「お前は、どうケリを付ける」

ミストガン。
ラクサスはパソコンの電源を落とした。










ナツがイグニールの元で演技強化合宿を初めて数日、出演者と製作者の初対面となるドラマ撮影の顔合わせを前日に控えた日。
授業を終えたナツは機嫌良く下校しようとしていた。演技の稽古の為にと、ロキがナツの仕事を入れないようにしていたのだ。
帰れば、演技とはいえ父親としてのイグニールがいる。それが自然とナツを帰宅へと急がせていた。

「今日の飯なにかなー」

食事はイグニールが作っている。家庭料理を中心に出される料理の数々は、ナツの舌を満足させるには十分だった。
鼻歌を歌いながら学園の敷地から足を踏み出したナツに、門前で立っていた人影が声をかける。

「ナツ」

声の方へと首をひねるナツの目には、ミストガンの姿。申し訳程度にと眼鏡と帽子で変装している。

「迎えに来た」

きょとんとするナツが問う前に、ミストガンは己がいる理由を告げた。
ミストガンが学園に来たことはない。二十歳という年齢からしても来る理由などないし、何よりelementsのメンバーの二人が在学しているのだ、ナツの入学時も十分騒がれたのに、ミストガンまで姿を現わせば更に騒ぎになる。
下校時間の門は人の目があり過ぎると、すぐに歩きはじめ、学校から離れた。
暫く歩いてもミストガンの足は止まる様子はなく、ナツは隣を歩くミストガンを見上げた。

「今日は車じゃないんだな」

人の目につくのを避けて、ミストガンはほとんど車で移動をしているのだ。elements内でも誰よりも徹底としているのに、今日は車が見当たらない。
ナツの問いに、ミストガンは少し間を置いて口を開く。

「君がいないとあの家は静かすぎて、一日でも会わないと落ち付かない……だから、少しでも長くナツと居たいんだ」

「隣なんだから、すぐ会えるじゃねぇか。変な奴だな」

訝しみながら、ナツは足を進める。
ナツの反応はミストガンも予想していたもので、少し距離の離れたナツを追うように歩く速度を速めた。
しかし、ナツの足は、一直線の帰路を外れてしまう。

「ナツ?」

どうしたのか。名を呼ぶ声に含ませれば、ナツはミストガンを見上げて笑みを浮かべる。

「ちょっと遠回りしようぜ。俺もミストガンと一緒にいるの好きだからさ」

ミストガンの足は思わず止まってしまった。
ナツは、いつだって予想外の言動をする。鈍感なようで、無意識に人の心に敏感に感じ取る。今だって、言葉には深い意味なんてない。それでも、一言でミストガンの心は陽にあてた様に暖かくしてしまった。

「ナツ」

名を呼べば、少し先を歩いていたナツが振り返る。

「なぁ、公園寄ってこうぜ!」

ナツが指さした方には、マグノリア内で一番大きな公園。急かすように見つめてくるナツに、ミストガンは足を踏み出した。
公園に入ってすぐは並木道になっており、深緑の葉が日に輝いている。端の木陰を歩きながら、ミストガンはナツの手を握りしめた。
きょとんと見上げてくるナツに笑みを浮かべ、ミストガンは公園内を眺めながら口を開く。

「この木は全て桜で、満開の時期になると花見客で人が溢れるんだ」

「へぇ、すげぇんだな」

目を輝かせるナツに、ミストガンは続ける。

「後、屋台もたくさん出ている」

「食いもんだよな!?」

涎を垂らしそうな勢いで食いついてくるナツに、ミストガンはくすりと笑みをこぼした。
頭の中は食べ物の事で埋まっているのだろう、ナツの意識は繋がれている手からすでにそらされている。

「ナツ」

見上げてくるナツの瞳に、ミストガンは目を細める。
桜色の髪と同色の瞳。きっと満開の桜の下では、より美しく見えるに違いない。

「桜が咲いたら、また来よう。ナツが好きな物をたくさん入れたお弁当を持って、一緒に花見をしないか」

ミストガンの言葉に目を見開いたナツの表情は、すぐに笑顔に変わった。ぱっと花が咲いたように浮かべられた笑顔。
ミストガンは繋いでいた手を、無意識に力を込めた。
ナツが前を向きなおし、弁当のメニューを口にしている。それをどこか遠くで聞きながら、ただ、手から伝わる体温を感じていた。

「……なぁ、あんま人いねぇんだな」

ナツが足を止めたことで、ミストガンも自然と足を止める。
ナツの言う通り、公園内には不自然なほどに人の気配がない。ナツとミストガン以外は野鳥程度だ。
周囲を見渡していたナツは、あっと声をもらした。ナツの視線の先には大柄の男がいる、公園に入って初めて遭遇する人間だ。
男は真っすぐナツ達へと向かって歩き、ナツも再び足を踏み出した。しかし、ミストガンが立ち止まったまま動かず、手を繋いでいたナツは振り返った。

「ミストガン?」

ミストガンは真っすぐに前を見たまま、まるで時間が止まってしまったように動かずにいる。訝しんでいると、近づいてきていた男が、目の前で足を止めた。

「リリー……」

「お久しぶりです、王子」

ミストガンは瞳に映していた男――ミストガンが呼んだことから名はリリーと言うのだろう――から目をそらす。その態度にナツは眉を寄せながら、立ちはだかる様に目の前にいるリリーへと振り返った。
リリーの目はミストガンを見つめたままそらされる事はなく、二人の態度から知り合いである可能性が浮かぶのだが、呼んだ名前が妙だ。

「王子って、誰だ?」

ナツが問えば、リリーは一度だけナツを見やり再びミストガンへと目を向けた。

「この方は、エドラス王国ジェラール王子だ」

「エドラス……?」

世界の大陸は大きく二つに分かれている。ナツ達の住むマグノリアのあるフィオーレ王国はアースランド。エドラス王国は、もう一つの大陸のほとんどを占めている国だ。
勉学に乏しいナツでさえ知識に入っている国名。しかし、男が言う事を理解することはできなかった。

「なに言ってんだ、お前。ミストガンはそんな名前じゃねぇぞ。なぁ?」

ナツは確認の言葉をかける。常通り笑顔で頷いてくれる、ナツはそう信じて疑わなかったのだが、ミストガンは予想を裏切った。
ナツから視線を外し、重々しく口を開く。

「彼の言っている事は事実だ」

ミストガンはファンから王子と呼ばれる事があるが、それは物腰の柔らかさや穏和な性格が女性の理想とする王子の姿に当てはまったからで、愛称に過ぎない。
呆然と見上げるナツに、ミストガンは続ける。

「王国から逃げ出し、名を偽ってこの国に身を置いていた……私は、君たちを欺いていたんだ」

すまない。
掠れた声が謝罪の言葉を紡ぐ。
ミストガンは繋いでいたナツの手を放し、リリーへと向かって足を踏み出す。呆然とするナツの視界から、ミストガンの姿が外れた。

「……でも、ミストガンだろ」

ナツの発した言葉に、ミストガンは足を止めた。ナツとリリーの中間で立ち止まった姿が、まるで揺らいでいる心を映しているようだ。
ナツの顔がゆっくりとあがる。

「名前とか関係ねぇよ。elementsに入って最初に仲良くなったのも、優しいのも、うまい飯作ってくれんのも、今日迎えに来てくれたのだって……全部、嘘じゃねぇだろ」

耐える様に体を震わせる姿に、ミストガンは眉を寄せた。ナツは真っすぐにミストガンを見つめて続ける。

「花見も約束したよな」

「ナツ……」

「王子」

ナツへと向かおうとしていたミストガンの足は、リリーに呼ばれることで止まってしまった。

「あなたは我が国の王子です。これ以上の干渉は、その娘にとって酷にしかなりません」

ミストガンは止めた足を動かす事が出来ずに、その場で立ちつくした。迷いが、地面に足を縫いつけているようだ。
ナツとリリー、二人はミストガンの決断を待つように口を閉ざし、沈黙が落ちた。

「リリー!」

その場の雰囲気に不釣り合いの明るい声と軽い足音が響く。走って近づいてきた少女は、リリーの前で足を止めた。

「どうした、ココ」

見下ろすリリーに、少女ココは、腕でやっと抱えていたノートパソコンをリリーへ差し出す。

「陛下がお話ししたいんだって」

「そうか。陛下も王子を気にかけておいでだったんだな」

ココはリリーから外した視線をナツで止め、指をさす。

「陛下がお話しするのは、王子じゃなくてあの子だよ」

指を向けられたナツは、瞬きを繰り返した。

「父上が何故ナツに……」

訝しむ様に眉を寄せるのはリリーとミストガン。ココは未だ腕の中にあるノートパソコンに眉を寄せた。少女の腕では長時間抱えているには負担があるのだ。
催促するように名を呼ばれ、リリーは慌ててパソコンを受けとった。ミストガンに一度だけ向けた視線をナツへ移す。

「陛下の仰せだ、謁見を許す」

ナツは困惑に顔を顰めて、ミストガンを見やった。ナツには、リリーの言葉は理解できていないのだ。どう言う意味かと目で尋ねるナツに、ミストガンは少し間を置いて口を開く。

「私の父が、君と話しがしたいようだ。嫌なら断っていい」

「嫌じゃねぇよ」

ミストガンは、己の父親の性格を把握している為の言葉だったのだが、ナツは即答してしまった。

「ミストガンの父ちゃんだろ。俺、会ってみてぇ」

にっと笑みを浮かべるナツに、ミストガンは顔を歪めた。不本意そうな表情を隠す事もなく、リリーを見やる。
リリーはミストガンの視線を無視して、開いたノートパソコンを向ける。

「娘、準備はいいか」

ナツが頷くと、暗かった画面に一人の男が映し出された。
白髪に長い髭。ミストガンの父親というには老いており、頬は痩け、欲の強そうな目がぎょろりとしている。

「エドラス王国国王ファウスト陛下だ」

画面越しとはいえ姿を見るまでは、現実味がなく理解できていなかった。
リリーの声をどこか遠くで聞いていたナツは、画面に映るファウストの威圧感にたじろいだ。
ファウストのナツを見る目は、わずかにも好意は含まれていない。むしろ、悪意しかないと思えてしまう程だ。
ミストガンはナツを隠すように前へ出た。

「お久しぶりです、父上」

「ジェラール……そのような小汚い場所に身を置いていたなど恥さらしもいいところだ」

罵るファウストの目は、己の子であるはずのミストガンにさえ冷たい。押し黙るジェラールに、ファウストはミストガンの背に隠れているナツへと目を向ける。

「エドラス王であるワシを前に無礼な……小娘、前へ出ろ」

「父上、リリーたちを送り込んだ目的は私を連れ戻す為のはずだ。彼女は何の関係もない」

必死に庇おうとするミストガンの瞳は真剣で、揺れている。ファウストは鼻で笑うと口を開いた。

「一介の小娘に未練でももたれては敵わぬ。どうした、前へ出ろ」

ナツはミストガンの身体を避けて、前へ出た。
ファウストの目がナツへと向く。見定めるように姿を眺め、口端を吊り上げた。

「何が欲しい」

訝しむナツに、ファウストは続ける。

「金か?貴様のようなみすぼらしい体を売っても得られない程の金をやろう。それとも地位が望みか?名誉か?」

「父上、何を言ってるんだ!」

ミストガンの荒げる声を聞きながら、ナツは拳を握りしめた。画面に近づき、小さく口を動かす。

「お前が父ちゃんなんて嘘だ」

生まれてすぐに施設へ預けられたから、本当の父親の温もりなど知らない。それでも、ナツの脳裏をよぎったイグニールの姿が、画面に映る男を父親ではないと否定する。
いきり立つファウストを睨みつけ、ナツは拳を握りしめた手を振りかぶった。

「ふざけんじゃねぇ!!」

ナツの拳が画面に叩きつけられ、破壊音と同時に画面は映像を消した。
画面から拳を引き抜いたナツの拳は、割れた画面で傷ついていた。震えるほどに拳を強く握りしめ、破壊された画面を見やる。

「お前みたいなやつが父ちゃんを騙るな……父ちゃんは、もっと優しくてあったけぇんだ」

映像の切れた今、ファウストにナツの声は届かない。それでも、その場にいた者の心には、強く響いた。
女とは思えない行動にリリーとココは目を見開き、ミストガンでさえもナツの荒々しさに反応できずにいる。
ナツは、一度深く息を吐き出すと、ミストガンへと振り返った。

「お前、自分がどうしたいか言えよ!俺は……」

ナツは、一度唇を噛みしめると、口を開いた。

「ミストガンがいなくなるのは、嫌だ」

先ほどの荒々しさは消え、その瞳が訴える様にミストガンをまっすぐ見つめる。

「ナツ……」

ナツと視線が交わり、喉で止まっていた言葉が自然と吐きだされた。

「俺は、君の側にいたい」

ミストガンの言葉に、ナツの表情が笑みに変わる。
迷いさえも簡単に打ち消してくれるような明るい笑顔に、ミストガンは眩しそうに目を細めた。すぐに表情を引き締め、リリーへと振り返る。

「私は国を捨てた、王子などではない」

「そんな勝手が通るとでもお思いか。どれほど足掻いても、貴方は我が国の王子だ」

リリーの言葉に、ミストガンは薄く笑みを浮かべ、続ける。

「ここで出会った仲間を捨てたくはない。今の私は、ジェラールではなくelementsのミストガンなんだ」

ミストガンの決意のこもった瞳は、先ほどまでとはまるで別人、迷いが全くない。
リリーは諦めたように溜め息をついた。

「此度はこれで身を引きましょう」

しかし。リリーが続ける。

「陛下が、諦めるとは思えません。そう遠くない日、我々は再び王子の前に現れる事になるでしょう」

リリーとココはその場を去っていった。
一気に夢から引き戻された様に、二人はその場に立ちつくす。暫くして、少しずつ公園内に人が増えていった。今まで人がいなかったのは、ミストガンと接触するためにリリーたちが手を回していたのだ。
視界に入るまばらな人影に、ナツはミストガンへ振り返る。

「ミストガン、俺……」

ナツの瞳が不安げに揺れており、ミストガンは眉を落とした。

「不安にさせてしまったな」

すまない。そう続けた謝罪の言葉に、ナツの言葉がかぶさる。

「悪い!父ちゃんのこと悪く言っちまって!」

予想外のナツの謝罪にミストガンは目を見開いた。ナツが何に対して謝罪をしているのかは分かるが、その必要性はないとミストガンは思っているからだ。

「私の為に怒ってくれたんだろう、その気持ちが嬉しかった。ありがとう、ナツ」

柔らかい笑みを浮かべるミストガンな常通りで、ナツは胸をなでおろした。
いつまでも公園で足を止めているわけにはいかない。今は人も多くなり、話題に上りやすい二人がいれば、人の目を集めやすいのだ。
帰路へ向かって足を進め、宿舎のマンションに近づいた辺りで、ミストガンは足を止めた。

「どうした?」

振り返ったナツに、口を開く。

「もし、また父上が私を連れ戻しに来たら……」

その時こそ、手段など選ばないかもしれない。一番弱みになるナツに危害が及ぶ可能性もある。その前に、自ら国へと戻らなければならない。
歯を食いしばるミストガンに、ナツが口を開く。

「心配すんなよ、その時は俺が守ってやる。ミストガンは大事な仲間だからな、絶対に連れて行かせねぇ!」

にっと歯を見せて無邪気に笑みを浮かべるナツに、ミストガンは吐き出そうとしていた言葉を全て打ち消された。
相手は国王で、一つの国を相手にするのと等しい。もちろん、王子とはいえ一人の為に国全体が動くことはないが、圧力がかかる事を警戒しておくべきだ。
ナツは深くまで考えていないのだろうが、それでも、ナツの言葉はミストガンの不安を簡単に消し去ってしまった。

「そういや、俺っていうんだな」

突然のナツの言葉は、意味を理解するのにほんのわずか間が要した。
ミストガンの一人称は「私」だったのだが、先ほど己の意思を告げる時「俺」になっていたのだ。
ミストガン自身半ば無意識に使用しており、見上げてくるナツに苦笑した。

「変か?」

「いあ、いいんじゃね?ミストガンが居てくれんなら、何でもいいよ」

「……それなら、君と二人でいる時だけは俺でいようかな」

ナツは瞬きを繰り返した後、はにかんだ。

「俺だけが知ってるって事かぁ……へへっ、なんか得した気分だな!」

ミストガンの言葉にどれほどの意味があろうとも、ナツは気づくことはない。それが虚しくもあり、同時にミストガンは安心できた。
その後、帰宅までの道は、まるで背負っていた重りを降ろしたかのように、ミストガンの足は軽かった。隣へ目を向ければ、歩くたびに揺れる桜色が目に入る。
幸せと称するのなら、今のミストガンにとっては今この時を、そう呼ぶのだろう。

「ただいまー!」

マンションへとたどり着き、扉を開いたナツの声が部屋の中に響く。家の中へと上がろうとしたナツだが、声に気付いたラクサスが玄関先へと出てきた。

「お前の帰る場所は隣だろうが」

ラクサスの溜め息交じりの言葉に、ナツは思い出したように、あ、と呟いた。

「そうだった。じゃぁ、俺帰るな」

脱ごうとした靴を履きなおし、踵を返した。
横を通り抜けて出て行こうとしたナツの腕を、ミストガンの手が引き止める。反射的に振り返ったナツの頬にミストガンの唇が触れた。
一瞬だけ触れ、すぐに離れる。きょとんとするナツの耳元で、ミストガンが囁く。

「今日はありがとう、ナツ」

礼の言葉に照れた笑みを浮かべて出ていったナツを見送り、ミストガンは家へとあがる。
廊下には未だラクサスが居り、壁に背を預けて立っている。全て見透かしたような目に、ミストガンの脳裏に昨夜の言葉がよみがえる。

『お前も、自分でケリつけろよ』

ラクサスは全て分かっていたのだ、ミストガンの身の上も、全て。
ミストガンは小さく息をつくと、足を進めながら口を開く。

「私はelementsを抜ける気はない」

「そりゃぁ、結構だ。手間が省ける」

ひねくれた様な物言いだが、声が満足そうだと、長い付き合いのミストガンには悟れた。
やはり、ラクサスはリーダーなのだ。メンバー全員のことを把握している。個人情報まで頭に入っているのはどうかと思うが、全てはチームと事務所の為だと誰もが知っている。
己の部屋に戻ろうとしたミストガンは、ドアノブに手をかけたところで動きを止めた。

「elementsの結成前仕事でハコベにいった事があった」

「何の話だ」

急に話しだしたミストガンに訝しみながらも、ハコベという地名で頭を過ったのはナツの住んでいた養護施設。
ラクサスの問いに答えることなく、ミストガンは背を向けたままで続ける。

「町で評判の歌姫に会いにいくという番組の企画だったが、そこで一人の少年に出会った……私よりもいくつか年下の、桜色の髪が印象深い少年だ」

ラクサスの目が見開かれる。ミストガンの持ち出した会話の意味と、その中に現れた少年の特徴。当てはまる人物は一人しかいない。
ミストガンは肩口に振り返った。

「これは誰にも譲れない。私はずっと彼に会いたかったんだ」

自室へと入っていったミストガンに、ラクサスは舌打ちをもらした。
漸くはっきりした。いつからかは分からないが、ミストガンはナツが男だと気づいていたのだ。

「とんだタヌキだな」

おそらく、出会って日の浅い内に。




2011,09,05


ミストガンとナツの第一次接触も書きたい…

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