S級試験3
S級魔導士昇格試験。その受験者は、マスターとS級魔導士によって、一年間の仕事内容や実績などから選考される。
その会議が、受験者発表の間際に行われていた。
閉店後のギルド内。開店中と違って静寂が支配するその場で、マスターであるマカロフは席についている人物たちを見まわした。
S級魔導士であるラクサス、エルザ、ギルダーツ。欠席しているミストガンの変わりに、現役ではないが、ミラジェーンが出席している。
「時間をとってもらってすまんが、お前たちの意見を聞こう」
マカロフは、光筆を宙に走らせる。
次々と綴られていく名前。最後の名前を書き終わり、マカロフは光筆を置いた。
「まず、ワシが一年間で見定めた者たちじゃ」
その中の一つの名前に、その場にいた誰もが注目した。
「おぉ、とうとう来たか!」
ギルダーツが表情をほころばせ、宙に書かれている名に目を細めた。
「強くなってきているからな」
「がんばってるものね」
エルザとミラジェーンも笑みを浮かべる。だが、その中で一人だけが、常以上に不機嫌さを纏っていた。
「あァ?本気で言ってんのかよ」
ラクサスは、名前に向かって指をさすと、指から雷を発して名を貫いた。名前を消し、ラクサスは鼻で笑う。
「こいつには、まだ早ぇよ」
消された名前は、ナツ・ドラグニル。
しかし、選んだのはマスターであるマカロフで、それに対して他の三名は同意を示している。その中で否定しているのはラクサス、ただ一人だけだ。
多数決であるならば、間違いなくナツは選考されることになる。
「この一年間で、あいつがどんだけの物を壊してんだよ。まともに仕事もできねぇ奴がS級になれると思ってんのか?」
マカロフは、評議員から要請された始末書の数を思い出して胃を抑えた。
小さく呻りながらテーブルに突っ伏すマカロフに、ミラジェーンは苦笑する。
「今年は、また一段と多かったですからね」
破損物とその額が。
ナツが成長し力を付けていけば、それに比例するように、破損物の数も増していった。
「元気があるって事じゃねぇか」
豪快に笑うギルダーツに、ラクサスは苦い顔をした。
マカロフの姿を見ていたエルザが、眉を寄せる。
「確かに、未熟な部分も多い。マスターの気苦労を増やしているのなら、今回の試験には外した方がいいかもしれないな」
全ての決定権はマスターであるマカロフにある。
全員の視線が集中する中、マカロフは上体を起こした。会議始まったまだ数分足らずで、すでにマカロフの顔色は悪い。
マカロフは声を震わせながら口を開いた。
「ナツは、除外する」
他の受験者候補の選考に入る面々を見て、ラクサスは立ち上がった。
出ていこうとするラクサスに、マカロフが声をかける。
「どこに行くんじゃ」
「俺には関係ねぇからな。後はあんたらで勝手にやってろよ」
興味なさそうに出ていくラクサスが姿を消した後、ミラジェーンが溜め息をつく。
「ナツ以外はどうでもいいのね」
ラクサスは、ギルドを出てするすぐ、暗闇でも分かるほどに明るい髪に足をとめた。
風に揺れる柔らかい桜色。そんな髪の持ち主など一人しかいない。
「こんな時間になにやってんだ」
ラクサスは、背後から近づき、ナツの頭に手を置いた。気配を察せなかったのか小さく体を震わせたナツに、小さく息をつく。
「ガキはさっさと帰って寝ろ」
ギルドが閉店したとなれば、子供の就寝時間はとうにすぎている。しかし、ナツも幼い子供とは言えない年齢だ。
「まだ眠くねぇよ!つーか……」
最初はラクサスの言葉に目を吊り上げたナツだが、すぐにその勢いは失せた。ラクサスから目をそらし、口ごもる。
その頬は紅色しており、ラクサスは訝しむ様に顔をしかめた。
「はっきり言え」
「お、お前ん家行ったのにお前いねぇし……まだギルドにいんのかと思って」
ずっと探していたのだろう。
恥ずかしげにちらちらと見上げてくるナツに、ラクサスは眩しそうに目を細めた。
「ナツ」
ナツの髪を梳きながら、額に口づける。
「ハッピーはどうした?」
「家。今日は、泊ってくるって言ってきた」
ラクサスは、ナツの腰に手を回して、歩き始めた。
「やっぱり、お前には早ぇな」
S級クエストには危険がつきものだ。ナツの危険を減らすためにラクサスが裏工作をしている。その事を当人であるナツが知ることはない。
「マスター、ラクサスの意見は聞く必要ないんじゃないですか?」
会議をしていたはずの面々は、ラクサスとナツのやり取りを影で覗いていた。
呆れたように呟くミラジェーンの言葉に、マカロフはぎこちなく頷いた。
「来年の試験には、ナツの名を入れておこう」
2011,05,11〜2011,06,20