S級試験2
「おかえり、ラクサス!」
クエストから戻ってきたラクサスを出迎えたのはナツだった。
常に騒がしいギルド、その一角は常以上に賑やかだった。
「今日はいちだんとうるせぇな」
ラクサスの言葉に、ナツはにっと笑みを浮かべた。
「ギルダーツが帰ってきたんだ!」
ラクサスは、ナツが指さす方へと視線を向けた。
クエストから帰還していたギルダーツが、ギルドの者たちに囲われながら騒いでいる。そして、その囲う者たちの中に、カナの存在もあった。
ギルダーツを縋るように見つめるカナに、ラクサスは眉を寄せた。冷たいラクサスの目に、ナツが首をかしげる。
「なに見てんだ?」
ラクサスの視線を追おうとしたナツだが、それはラクサスに頭を掴まれて適わなかった。
「なにすんだよ」
訝しむナツに、ラクサスは頭を掴んでいた手の力を緩める。
「何でもねぇよ」
ラクサスの手が髪を梳くように撫でれば、ナツは気持ちがよさそうに目を細めた。まるで猫のようなその姿に、ラクサスは柔らかく笑みを浮かべ、横目でカナを見やる。
「あれも、いらねぇな」
ラクサスの声は、誰にも聞かれる事はなかった。
S級魔導士にもなれば仕事の幅も増え、赴く場所も格段に増える。ラクサスはクエストをしながら、幾多の情報を得ていた。
最初は竜の情報を探っていたが、そう簡単に得られるものではない。その内、大して必要でない情報ばかりが頭の中に入りこんでいった。
正体が掴めないミストガンの素性も、ギルドに害を及んでも面倒だからと、頭の隅に置いてある。
その中で、適当に放る事も出来ない情報があった。ギルダーツとカナの関係だ。
もし、カナが自身が娘であると名乗り出て、ギルダーツの目がカナへと向けば、ナツへと接する時間は減る。そして、それはナツを苦しめることと繋がるだろう。
思案にふけっていたラクサスは、見上げてくる猫目に、我に返った。
「……ナツ」
呼びかけに、見つめることで返してくるナツに、ラクサスは続ける。
「ギルダーツを、親父みたいだって言ってたよな」
「おお。オレの父ちゃんはイグニールだけど、ギルダーツも父ちゃんみてぇだよな!」
笑みを浮かべるナツに、ラクサスは口端を吊り上げた。
「そうだな」
ラクサスが同意を示したのが嬉しかったのか、ナツの表情は更に明るくなる。そのせいで気がつかなかったのだ、ラクサスの目が翳っている事に。
「おーい、ナツぅ!」
ギルダーツの声に、ラクサスとナツの視線が移動する。
ギルダーツは椅子に座り、己の膝を叩きながら、ナツへと手を招いている。
「膝の上乗せてやるぞー」
ギルダーツの言葉にナツは嬉しそうな声をもらすが、すぐに戸惑ったように視線をさ迷わせ、ギルダーツとラクサスは見比べるように、視線を行き来させる。
決めあぐねているナツに、ラクサスは小さく息をついた。
「行って来い」
ラクサスの言葉に、ナツはギルダーツへと足を向かわせる。しかし、少し進んだところで振り返った。
「ちょっとだけだからな!ラクサス、帰んなよ!」
ナツはまだ幼い。甘えたい時期なのはラクサスでなくとも分かっているのだ。父親のように慕っているギルダーツに構われることが、どれだけナツにとって嬉しい事か。
それでも、離したくないと手を掴んでいようとするナツに、ラクサスは少なからずとも満たされていた。
ギルダーツに飛びこんでいくナツの姿を見送って、ラクサスは依頼板へと足を向ける。
耳に入ってくるナツの明るい声を聞きながら、ラクサスは何度も繰り返し誓いをたてた。
数年後、ラクサス自身がしかけたバトル・オブ・フェアリーテイル。
ラクサスは、背後に立つフリードへと命令を下した。
「お前は、カナとファントムの女をやれ」
臆したのか戸惑うフリードを一喝して意見をねじ伏せた。
フリードが出ていき、再び一人となった教会内でラクサスは目を閉じた。目蓋には、いつだってナツの笑顔が浮かぶ。それを、決して消す事などできない。
「お前だけは守ってやる」
己の中で何度もたてた誓い。
2011,05,11〜2011,06,20