妖精病院へようこそ!
「もう、どこに行ったのよー」
病院内を走る事は出来ない。競歩の勢いで足を動かせながら、新人看護師のルーシィは周囲を見渡していた。
一階にある待合室まで来ると、受付に居た一人が声をかけてきた。
「どうしたの?ルーシィ」
受付勤務のミラジェーンだ。
「ミラさーん、ナツ先生見ませんでした?」
「この時間だとお昼じゃないかしら」
「食堂には居なかったんですよ。患者さんのご両親がお話ししたいっていらしてるんですけど」
ルーシィの言葉にミラジェーンは少し考える様に間をおいて、口を開いた。
「外科か内科の医室。小児科病棟。裏庭。売店の可能性もあるわね」
きょとんと首をかしげるルーシィにミラジェーンは笑みを浮かべた。
「ナツ先生が居そうな場所」
外科ではラクサスと、内科はグレイと昼食を取る。小児科病棟では入院している子供たちとのコミュニケーション。裏庭ではこっそり飼っている野良猫を構ったりしている。
「休憩する場所そんなにあるんですか」
今から探していたら昼の時間も終わってしまうだろう。
「携帯は?」
院内では緊急時に連絡が取れない場合がない様にと各自携帯電話を持っているのだ。ナツも常に所持しているはずだ。
「出ませんでした」
「それなら裏庭ね。昨日は当直だったから、きっとお昼寝してるんじゃないかしら」
昼の終わる時間までさほど時間はない。
迎えに行くべきか迷っていると、見知った顔が近づいてきた。
「ミラ、ルーシィ」
白衣をなびかせて颯爽とやってきたのは外科医のエルザだ。
エルザは受付カウンターの前で止まると、ミラジェーンとルーシィを交互に見やる。
「二人とも、ラクサスを見なかったか?」
「ラクサス先生も見つからないのね」
ルーシィの言葉にエルザは首をかしげた。
「誰か探しているのか」
「ナツ先生よ」
ミラジェーンの口から出た名前に、エルザは察しがついたのか小さくため息をついた。
「仕方がない奴だ」
言葉とは違ってエルザの口元は弧をえがいており、ミラジェーンも柔らかく笑みを浮かべる。
ただ、新人のルーシィだけはついて行けずにいたのだった。
昼の終わる数分前。裏庭の木陰に昼間には、よく目立つ白衣が二つ。
「そろそろ時間だ」
ラクサスの言葉に、芝生の上に寝転がっていたナツは仰向けにしていた身体をラクサスへと向けた。
「ねみー」
「明日は休みだろ。我慢しろ」
木に背を預けて座っていたラクサスの脚に、ナツの腕が絡む。
「ラクサスも明日休みなんだろ」
甘える様にべったりとくっつくナツに、ラクサスは手を伸ばした。
寝転がっていたせいで髪の毛についた木の葉。それを取ってやれば、ナツがじっと見つめてくる。
「休みが一緒なんて珍しいよな」
見つめてくる猫目が何を望んでいるのか、ラクサスにはすぐに察する事が出来た。
「終わったら医室で待ってろ。迎えに行ってやる」
ナツは嬉しそうに目を細めると、脚に顔を擦り寄せた。
「今日は肉食いてー」
了承の意味として頭を撫でようとした瞬間だ、ラクサスの手が桜色に触れるのを阻む様に第三者の声が響いた。
「ナツー!」
途端ナツの目がぱちりと開いた。今まで夢と現実を彷徨っていたかのような目は完全に覚醒している。
ナツはラクサスから手を放して立ちあがると、駆け寄ってくる小さい影へと足を進めた。
「よぉ、ロメオ」
ロメオは、ナツが通っていた高校の担任マカオの一人息子。以前に入院した事があって以来ナツに懐いてしまったようだ。兄の様に慕い、こうしてたまに訪ねてくるのだ。
ナツは、駆け寄ってきたロメオを抱きとめて、未だ座ったままのラクサスへと振り返った。
「先に戻るな」
ロメオと話しながら院内へと戻っていくナツ。それを気配で感じながら行き場のなくした手を降ろし、ラクサスも院内へと戻るのだった。
20101012
ようこそシリーズ