再会の1日目





平年よりも早く桜が満開を迎えたと朝のニュースで告げていた。
祖父であるマカロフが点けていたテレビ。何の興味もないはずのそれが、その日、その内容だけは、ラクサスの耳に残った。
そして、常と変らずに授業を終えた帰宅途中、ラクサスは満開の桜に足を止めた。正確には、足を止めたのは、桜ではなく、桜の前で立っている人影。
夕日に照らされる人影は、桜と向き合っている為に背中しか見えない。それが、ゆっくりと振り返った。
猫を連想させる様なつり目と目が合い、ラクサスの足は引き寄せられるように動いていた。

「ナツ」

名を呼べば、人影は驚いたように目を見開いた後、くしゃりと顔を歪めた。

「ラクサス!」

ナツは、幼い頃に、転勤になった父親と共に外国へと行ってしまった。他の友人たちも含めたラクサスとナツは、手紙のやり取りを通して、縁を繋げ続けてきていたのだ。
ラクサスは、ナツを連れて帰路へと着いた。

「来るなら先に言えよ。他の奴らには会ったのか?」

玄関の扉を開けながら問うが、ナツは返事を返さない。
訝しみながら、ラクサスは家へと上がる。ナツがついて来るのを背後で感じながら、二階にある自室へと向かった。

「ラクサス、でかくなったな」

「ガキのままなわけねぇだろ。……お前はあんま変わってねぇか」

揶揄を含んで言えば、ナツは口を尖らせた。

「俺だってでかくなったろ!くそぉ、写真で見たらこんぐらいチビだったのに……」

ごく最近、ラクサスは、友人たちと写真を撮り、ナツへと送ったのだ。
親指と人差し指で、わずかに隙間を作るナツの手ぶりに、ラクサスは呆れたように溜め息を落とし、部屋についてすぐ持っていた鞄を降ろした。

「飲みもん持って来るから、適当に座ってろ」

ナツは頷きながらベッドに飛び込み、ラクサスは部屋を出て台所へと向かう。
今朝も同じように通ったはずが、今は違って見える。己でも自覚できる程に、ラクサスは浮ついていた。
菓子と、二人分のコップとジュースを取り、再び二階へと戻ろうとしたところで、背後から名を呼ばれた。振り返れば、祖父であるマカロフが玄関先で立っていた。今帰宅したようだ。

「帰っておったか」

マカロフの目が、ラクサスの持つ二人分のコップへと向く。

「誰か来とるのか?」

「まぁな。後で連れてくる」

他人からは分からなくとも、祖父であるマカロフには、ラクサスの声が弾んでいる気がした。
マカロフは、二階へと上がっていくラクサスを見送って、玄関へと視線を落とす。その顔は、訝しむ様に顰められた。
部屋へと戻ったラクサスは、持っていた物をテーブルに置き、ベッドへと視線を向ける。静かに寝息を立ててナツが眠っていた。
猫のように丸くなっている姿に笑みを浮かべ、ラクサスはベッドの端に腰かける。

「ナツ」

小さく呟いた名が、部屋に落ちる。ナツが引っ越してからも何度も口にした。今まで寂しさしかなかったそれが、今は熱さえ持っているようだ。

「ナツ」

反応したようにナツが身じろぐ。再び名を紡ごうとした口は、部屋の扉をたたく音で止められた。ラクサスが了承を得る前に、扉が開けられ、姿を現したのはマカロフ。

「何か用か?」

マカロフは、ラクサスは一度視界に入れると、部屋を見回した。訝しむ様に顔を顰めて、ラクサスで視線を止める。

「……一人か?」

マカロフの言葉に、ラクサスはベッドで横たわるナツへと視線を向けた。ちょうどナツが上体を起こし、その目がマカロフを捕らえる。

「じっちゃん」

口から零れたようにマカロフを呼ぶ。しかし、マカロフの目がナツを捕らえることはなく、ラクサスへと向いたままだ。

「何言ってんだ、ここにいるだろ」

ラクサスは立ち上がって、ベッドを顎で示す。
ラクサスがベッドから退いたことで、マカロフの位置からもナツの姿が完全に見える様になったが、マカロフは一度ベッドを見やっただけで、すぐにラクサスへと視線を戻す。

「ラクサス、お前はしっかりしておる。そのせいか、ワシに悩みを口にする事はない」

「あ?なんだそりゃ」

ラクサスは、注意をひく様にナツに服を掴まれ、視線を落とした。
ナツの瞳が不安そうに揺れている。

「家族にまで遠慮することはないんじゃ。相談があるなら話しを聞く、力にもなろう」

ナツへと意識が向いている間も、マカロフは話しつづけ、ラクサスが口を開く前に、マカロフは出ていってしまった。
ラクサスは、閉じてしまった扉を呆然と見つめた。

「何なんだ、いったい」

「ラクサス」

名を呼ばれて視線を下げれば、ナツの目と会う。
ナツはゆっくりと口を開いた。

「俺、こっちに来てからラクサスとしか会ってねぇんだよ。誰も気づかねぇっつーか」

「お前もなに言って……」

ナツの浮かべた笑みに、ラクサスは言葉を飲み込んだ。
幼い頃から変わらない、歯を見せた笑み。そんな無邪気な表情のまま、口から吐き出されたのは、全く正反対の言葉。

「俺、死んだみてぇだ」

冗談にしては性質が悪く、残酷だ。そして、ナツは、冗談でもそんな事を言うわけがない。
ラクサスは、戸惑ったように間をおいて、手を伸ばした。ナツの頬に手をあてれば、手のひらにはちゃんと感触がある。
真っすぐ見返してくるナツの体に、ラクサスは腕を回した。確認するように強めに抱きしめながら、口を開く。

「死んだってんなら、触れるわけねぇだろ」

情けなくも、少し震えた声。
ナツは身じろいで首をひねってみるが、見えるのは金色の髪だけ。ナツは、電灯に照らされるそれを見ながら、口を開く。

「じっちゃんも俺に気付かなかったろ」

「年くった分、視力も落ちたんだろ」

ラクサスは、腕の力を緩めて、ナツの顔を見る。
ラクサスにしては珍しい、苦し紛れのこじつけ。年老いれば視力が落ちる事はあるだろうが、人間の存在に気がつかない事は、まずない。

「ラクサス……」

ナツの声には、戸惑いや困惑が含まれている。ナツにとっても、ラクサスの発言は予想外だったのだ。ラクサス自身、己の発言が強引なものだとは理解している。

「来い!」

ラクサスはナツの手をとると、部屋を飛び出した。階段を駆け下り、階下にある居間へと向かった。
ソファに座っているマカロフを見つけ、乱暴な足取りで近づく。

「ジジィ」

ラクサスの切迫した雰囲気に、マカロフは自然と眉を寄せていた。

「どうした、ラクサス」

「こいつの事覚えてんだろ」

ラクサスは、ナツの手をひき、前に出す。
よろける体を足で踏み止め、ナツはわずかの距離をあけて座っているマカロフを見下ろす。不安げな瞳はマカロフを映しているのに、マカロフの目はナツを通り過ぎて、ラクサスへと向いていた。

「ラクサス、お前……」

マカロフは、苦痛に顔を歪めた。
ナツの姿が他の者に見えないなら、例えラクサスがナツと会話をしていても、周囲からすれば独り言だ。気味悪がられても仕方がない。
マカロフにとってラクサスは孫なのだから、危ぶむのも当然だ。

「本当に、見えてないのか」

ラクサスは顔を俯かせ、歯を食いしばった。

「、信じられるわけねぇだろ……」

――――俺、死んだみてぇだ

ナツの言葉が、脳裏で何度も繰り返される。
マカロフの気遣うような目にも、気にしている余裕などラクサスにはない。
幼い頃に別れてから何年もの月日がたった。続いていた、手紙でのみのやり取り。ようやく会えたと思えば死んでいるなど、そんな事、簡単に受け入れられるわけがない。
身動きしなくなったラクサスに、ナツが振り返った。ラクサスの、耐える様に強く握られている拳に、そっと触れる。

「泣くなよ」

ナツの言葉に、否定しようとしたラクサスだったが、口を開く前にナツが続ける。

「俺、ラクサスと会えただけで嬉しいんだからさ」

顔をあげたラクサスの目には、微かに頬を紅潮させたナツの顔。
出ていなかった涙が、ナツの言葉通り、瞳に浮かぶ。

「ラクサス」

ナツへと手を伸ばしかけたラクサスは、マカロフに名を呼ばれて動きを止めた。
ナツ越しにマカロフに視線を向け、呟く。

「悪かった、疲れてたんだ」

「……そうか」

ラクサスは、ナツの手を掴むと居間を出た。
マカロフも納得したわけではないだろうが、しつこく追及はしてこなかった。
それに、ラクサスは安堵していた。今のラクサスの思考はナツで埋まっていて、追及されても、うまく切り抜けられるような理由を考えている余裕などないからだ。
ナツの手を引いたまま、ラクサスは家を出た。
目的地などなく適当に歩みを進めていると、暫くしてナツが足を止めた。

「どうした?」

ナツが止まったことで、手を繋いでいたラクサスも足を止める。振り返れば、ナツが一点を見つめていた。その視線の先には、ナツと再会した桜の木。

「俺、気付いたらここにいたんだよな……」

気がついた時には、桜の木の下にいた。
最初はどこなのか分からず、何故自分がこの場にいるのか理解できない。混乱しながらも、通行人に話しかけるが全く相手にされない。冷たい反応に、最初は腹立たしさがあったのだが、だんだん違和感は大きくなっていった。
冷たいのではなく、反応すらしていないのだ。
そして、暫くして思い出した。

「俺、車にひかれたんだ」

ナツの口から吐き出される説明の言葉を、ラクサスは黙って聞き入った。

「向こうで仲良くなった奴がいてさ、道路に飛び出したそいつを助けようとして……」

道路に飛び出した友人。制限速度を超えた速度で走る車。ナツの身体は半ば無意識に動いていた。
最後の記憶は、付き飛ばした友人と、耳障りなブレーキ音。痛みは覚えていないが、そこで意識は途切れている。

「あいつが無事ならいいんだけどさ」

平然と言い切るナツに、ラクサスは言葉が出なかった。
幼い頃から、友人を強く思う性格。そのせいか、己の事は無頓着なところがあり、それはラクサスにとっては良くは思えなかった。
ナツが桜の木に歩み寄っていく。その背中を見ながら、ラクサスも桜へと足を向けた。

「懐かしいよな」

満開の桜を見上げながら、ナツが小さく呟いた。隣に立つラクサスへと振り向いて、ナツはにっと笑った。

「よくみんなで登ったろ」

「ほとんど、お前とグレイだけだ」

ナツと、共通の友人であるグレイ。二人が競う様に木を登っていた事は、ラクサスの記憶に強く残っている。ラクサスを含む他の友人も登った事はあるが、数えるほどしかない。
そうだっけ、と首をかしげるナツを横目で見やり、ラクサスは桜の木に触れた。

「でも、懐かしいってのは、そうだな」

先ほどのナツの言葉に同意を示す。

「お前がいなくなってからは、この木をまともに見る事はなかったな」

「何でだよ。お前、この木好きだったろ」

訝しむナツにラクサスは目を細めた。
ラクサスも含め、よく共に行動していた友人は、この桜が好きだった。ナツの認識は正しいが、細かく言えば、ナツがいる桜の木が好きだったのだ。
青空に映える桜と、綺麗な桜色の髪と無邪気な笑顔。それが、幼いながらも分かるほどに眩しかった。
ナツを見つめたまま思案に沈むラクサス。
ナツは、ラクサスの顔を覗きこんだ。

「また泣くのか?」

眉を落としながらのナツの言葉に、我に返ったラクサスは眉を寄せた。

「泣いてねぇよ」

ラクサスにも男としての自尊心がある。まるで、何度も泣きっ面をさらしている様な物言いは心外だ。
言い返すラクサスだったが、当のナツは聞いておらず、降ってくる桜の花びらを追っていた。
幼い頃と同じように、両手でうまく花びらを捕らえる。その姿を見ていると、命を落としているという事が現実ではない気がしてくる。

「幻覚じゃねぇだろうな……」

マカロフが危惧している様に悩みがあるわけではないが、己の事ながらも平然としているナツを見ていると、現実味がなくなる。もしかしたら、酷く現実的な幻覚なのではないかと疑えてしまう。
しかし、どれだけ見てもナツが姿は消えることがない。
ラクサスの視線に気がついたナツが振り返る。それに、ラクサスは口を開いた。

「何で、俺にはお前が見えるんだ?」

ラクサスは、生まれて一度も霊のといったものと遭遇した事などない。今回に限って、見えるどころか会話も触れる事も出来る。不快だという事はないが、気にならないわけがない。
ラクサスの問いに、ナツは首をひねった。

「分かんねぇけど、俺が会いたかったからだろ?」

「……俺に、か?」

問いに応える様に笑みを浮かべるナツから、ラクサスの目は自然とそらされていた。
緩んでしまう口元を手で覆うラクサスに、ナツが口を開く。

「あと、ルーシィやグレイにも会いてぇな。エルザとジェラールと……」

ナツが指を折って名をあげていく。

「俺だけじゃねぇのかよ」

自分だけが特別扱いされている様な物言いに、浮かれてしまった。その分落胆が大きい。
肩を落とすラクサスに気にした様子もなく、ナツはぼうっと空を眺めた。

「みんな、俺のこと見えるかなぁ」

寂しげに声が落ちる。
ナツが、はっきりと言葉に出したわけではない。それでも、何を求めている事は分かる。

「ナツ」

名を呼べば、天を仰いでいたナツの顔がラクサスへと向けられる。
じっと見つめてくる猫のような目に、ラクサスは続けた。

「あいつらのところに行くぞ」

次第に笑顔を浮かべるナツに、ラクサスもつられる様に笑みを浮かべていた。




2011,04,30

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