前だけを
六魔将軍討伐で、ナツは、六魔将軍の一人コブラと拳を交える事になった。
戦いの最中、コブラが滅竜魔導士だという事が発覚し、当たりはじめていたナツの攻撃が、再び当たらなくなってしまう。その理由は、ナツ自身も気付いていた。
「あいつが滅竜魔導士って分かってから、どうもうまくいかねぇ」
「まさか、動揺してるの?」
ハッピーの言葉を、ナツは否定できない。
幽鬼の支配者との抗争で、鉄竜の滅竜魔導士であるガジルと戦った時も同じだった。幼い頃に姿を消した、父親であるイグニールの事が頭をちらつくのだ。
しかし、それだけではない。
「ラクサスと同じだから?」
すぐ近くで聞こえたハッピーの言葉は、よりナツを動揺させた。
何も言い返してこないナツに、ハッピーは声を強める。
「ナツ!今はコブラに集中して!行くよ!」
ずっと一緒にいるから、心を読む魔法などなくても御見通しだ。
ナツは深く息を吐きだす。
「あいさ!」
ナツの目つきが戻り、ハッピーも戦いに意識を集中させる。ナツに翼は与えられても、戦うのはナツだ。ハッピーはナツが戦いやすいように動くしかない。
速度をあげたハッピーに、ナツは魔力を込める。
「火竜の鉤爪!!」
炎を纏った足が、コブラに向かって振り下ろされる。しかし、コブラに触れる事すらできず、腕を捕えられてしまった。掴まれている腕が、毒に浸食されていく。
痛みに顔を顰めるナツの耳に、コブラが口を近づけた。
「ラクサスっていやぁ、ラクサス・ドレアーか」
ナツの身体が揺れる。我に返ったナツは、頭を振るって思考を消そうとするが、すでに手遅れだ。
コブラは、心の声を聞いて口元を緩めた。
「さっきのギャグよりも笑えるぜ!」
声を立てて笑うコブラに、ナツは顔を俯かせた。考えないようにすればするほどに、浮かんでくる。出て行ってしまったラクサスの姿が。
腕の痛みが痺れに変わっても、気にしていられないほどに、ナツは切迫していた。
大人しくなったナツに、コブラは舌を鳴らすと、ナツの身体を放り投げた。
「毒竜螺旋愕!!」
毒を纏った足が螺旋を描き、毒がうねりながら放たれる。ナツは防ぐ暇もなく攻撃をまともに食らい、ニルヴァーナへと叩き落とされた。
街を破壊しながら地に着地したナツは、乗り物酔いの不快さに顔を青ざめさせる。酔いで身体を動かすのも億劫だが、そんな余裕なかった。ナツが叩き落とされた衝撃で、明かりを灯していた炎の魔水晶が頭上に迫ってきていた。
「な、ナツー!!」
慌てるハッピーに身体を揺すられながら、ナツは身体を無理やり起こした。それと同時にハッピーがナツを掴んで翼を出す。危機一髪で落下してくる魔水晶からは逃れたが、魔水晶が落下して、爆発が生じた。
爆風にふっ飛ばされ、目の前が火の海になる。それを眺めるナツに生気が感じられない。気力のないナツの姿に、ハッピーは目を吊り上げた。
「ナツ!ラクサスの事が気になるのは分かるけど、そんなのナツらしくないよ!後ろなんか見てないで、前を見てよ!コブラを倒さないと……」
涙声で訴えてくるハッピーの声を聞きながら、ナツは息を吸い込んだ。街を支配する炎がナツの口へと吸い込まれていく。
炎が全てナツの中へと消えると、ナツは息を吐きだした。その目が少しずつ輝きを取り戻していく。
「前、か」
ナツは小さく呟くと、口端を吊り上げた。
――――心配するな。てめぇは、そのまま前を向いてりゃいい。
ラクサスがマグノリアを出ていく前日、ナツの元へと訪れた。その時、最後にラクサスが告げた言葉が、ナツの頭に繰り返し響く。
「別に、心配はしてねぇけどな」
ラクサスの言葉を思い出し、ナツは顔を上げた。
「大丈夫?ナツ」
気遣ってくるハッピーの声に、ナツは笑みを浮かべた。
「今はコブラに集中!だろ?」
「あ、あいさ!」
翼で上空まで上がるナツに、コブラは見下すように笑みを浮かべる。
「持ち直した所で、俺が聞こえる事に変わりはねぇ」
「ほざいてろよ」
ナツはにやりと笑みを浮かべた。
声が聞こえなくても、共にいれば考えも分かる。例え遠く離れていても、側にいる様な気さえする。
「俺は、前だけ見てりゃいいんだ!」
ナツは拳に炎を纏わせると、コブラに向かって振り下ろした。
2011,01,19〜2011,04,14