後日の奇跡





クリスマスが近くなれば浮かれるどころではない。洋菓子店にとっては書き入れ時なのだ。
クリスマスの後日まで、週に一度の定休日も十二月の後半はなくなってしまう。

休日、商店街を歩いていたラクサスは、思わず足を止めた。
ショーウィンドウはクリスマスを主張する飾り。それと共に張り紙がしてあった。クリスマスの限定商品を広告するものだ。
クリスマス限定のそれは、可愛らしいリボンとハートをモチーフにしたペンダント。女性が好みそうな可愛らしいデザインだ。

「似合いそうだな」

ラクサスの口から無意識に漏れた言葉。
脳内に、“なっちゃん”がペンダントを身につける姿が浮かんだのだ。しかしその想像は、数ヶ月前に現れたナツにすり替わる事で打ち消された。
現実に引き戻されたラクサスは顔を歪めた。

「くだらねぇ」

止めていた足を動かしてその場を後にし、クリスマス一色になっている商店街を突き進んでいく。
それが十二月に入ったばかりの事だった。







洋菓子店FAIRY TAILのクリスマスケーキは先代から受け継がれてきた。ファンタジアという名で毎年作り出される。数年前に、マカロフからラクサスへと受け継がれた。
雑誌にも紹介された事があるほどで、毎年予約だけでも手に負えない程の数になる。
そして今年も早々にケーキを売り切り、店は閉店した。
片し終えた厨房は数時間前までの戦場を思わせない賑やかさになっていた。作業台にはケーキやチキンなどの食べ物や、飲み物などが並んでいる。
グラスを片手にエルザが咳払いを一つした。それにその場の視線が集中する。

「マスターに変わって私が乾杯の音頭を取らせてもらう」

店長であるマカロフは、閉店後すぐに他の店舗の店長たちとの集まりに行ってしまったのだ。
エルザは、グラスを持っている手をあげた。

「皆今日までの数日間よくやってくれた!」

「「「「お疲れー!」」」」

厨房内に、従業員達が互いに労いあう声と、グラスのぶつかり合う音が響く。
今は、洋菓子店で最も書き入れ時であるクリスマス当日の営業を終えた後で、通常の閉店時間を数時間過ぎての、打ち上げが開かれた。
ケーキは店のものを一つ確保していた。食べ物は、ミラジェーンの弟であるエルフマンが時間を見計らって用意してくれたのだ。
ナツは食べ物を頬張りながらラクサスへと視線を向けた。珍しく酒を口にはしているが、食べ物に手を付けている様子はない。
ナツは更に食べ物を山の様に盛ってラクサスへと近づいた。

「食わねぇのか?」

ラクサスはグラスから口を離した。

「これ、うまいから食ってみろって!ほら!」

ナツは、チキンをフォークで刺してラクサスへと差し出した。
しかしラクサスはそれに目を向けることなく、持っていたグラスを作業台へと置く。周囲の様子を窺う様に見まわしてナツで視線を止める。

「俺の部屋に来い」

ラクサスは一言つぶやいてナツに背を向け、厨房を出て行こうとする。

「おい、まだ飯……」

「いいから黙ってついて来い」

厨房から姿を消したラクサスに、ナツは名残惜しそうに持っていた皿を作業台へと置いて、ラクサスの部屋へと向かった。
早々に食事に戻りたいナツの足取りは乱暴だ、階段を一気に駆け抜けてラクサスの部屋へと飛び込んだ。

「静かに歩けねぇのか、てめぇは」

「走ったんだよ!」

「家の中で走るな」

尤もな事を指摘されナツは言葉を詰まらせた。
ラクサスは小さく息をつくと、ナツへと向かって手を振った。その手から投げ出される様に放られた物がナツに飛び込む。
慌ててそれを受けとったナツは、手の中にあるものに首をかしげた。長方形の箱状のものだ。丁寧に包装されているそれは、誰がどう見ても贈り物にしか見えない。

「何だ?」

「お前、自分の持ってなかったろ」

ラクサスの言葉から察する事が出来るのは、これが自分に渡されたのだという事だ。ナツは躊躇なく包装紙を破り捨てた。
紙の破れる音が部屋に響き、乱暴な手付きにラクサスは顔をしかめた。その目の前で包装紙は無残に床に落ち、箱が姿を現す。
ナツの手が蓋を開いた。

「……、ラクサス」

箱の中のものにナツは目を見開いた。パティシエにとっては命ともいえるパレットナイフが納められていたのだ。木柄にはナツのイニシャルが彫られている。
ナツはゆっくりと顔をあげてラクサスを見上げる。

「貰っていいのか?」

「ああ」

肯定の声を聞いてパレットナイフへと視線を落とすと、その表情が緩んだ。

「これ、俺のかぁ」

今まで見せた事のない柔らかい笑顔。俯いていても微かに窺える。それだけでも、ラクサスの胸は強く揺さぶられていた。
身動きできずにいると、いきなりナツが顔をあげた。幸いなのは、すでに笑顔はひっこめられていた事だ。

「でも、何でだ?今日誕生日じゃねぇんだけど」

ナツの誕生日は半年ほど前に終えているし、クリスマスプレゼントだとしてもラクサスが渡すのは不自然だ。
ラクサスも特に意味があったわけではない。ただ、先日見かけたペンダントの広告が頭から離れなかったのだ。正しくは、ペンダントを付ける脳内“なっちゃん”の姿だが。
ラクサスが答えられずにいると、ナツの顔が訝しむように顰められた。

「ラクサス?」

「……褒美だ」

ラクサスはナツの頭に手を伸ばすとぐしゃりと撫でた。

「この時期が忙しいのは分かんだろ。お前が居た分、去年よりは楽だった」

去年よりは手が増えた分作業はスムーズに進む事が出来た。
ラクサスに手を乗せられたまま、ナツは視界を遮っている腕からラクサスを覗き見て、満足したように笑みを浮かべる。

「へへ!ありがとな、ラクサス!」

少し照れを含んだ表情に、ラクサスは見入っていた。
扉の音に我に帰ったラクサス。部屋にはナツの姿はなく、寂しく捨てられた包装紙だけが床に落ちていた。
諦めたように溜め息をつき、ラクサスはゴミとなった包装紙に手を伸ばした。
ナツはラクサスからの贈り物を箱ごと抱きしめて、階段を駆け下りていた。打ち上げ中の厨房に飛び込む。

「これ貰った!」

両手を天にかざしながら入ってきたナツに、周囲の視線が一斉に向けられる。
ナツの言葉に首をかしげていた面々だが、ナツからの説明で周囲は感心したように頷いた。特に食いついてきたのはルーシィとミラジェーンだ。

「クリスマスプレゼントだなんて、ラクサスもやるじゃない」

調理台に置かれている贈り物のパレットナイフをまじまじと見ながらルーシィが呟く。それにナツは訝しむ様に顔をしかめた。

「は?ラクサス、褒美だって言ってたぞ」

「照れてんのよ」

ルーシィとミラジェーンは楽しそうに笑みを浮かべている。その怪しい笑みにナツが身を引いていると、ルーシィが目を輝かせて振り返った。

「で、ナツは何をプレゼントしたのよ」

きょとんとするナツに、ルーシィの表情は次第に引きつっていった。

「まさか、何も渡して」

「ねぇよ。つーか、何で俺がラクサスにプレゼントやらなきゃなんねぇんだよ」

ナツの言い分はもっともだろう。ラクサスとナツの関係は同じ店で働いているというだけだ。ナツは住み込みなので同居というのも加わるだろうが。
ルーシィは大げさな動きで口元を手で覆った。

「かわいそうになってきた……」

ルーシィの言葉にミラジェーンも深く頷いた。

「そうね。ナツ、あなたもラクサスに何かプレゼントしたら?」

何故だと目で問うナツに、ミラジェーンが続ける。

「だって、そのパレットナイフ結構高価な物よ?ラクサスがどういう意味でプレゼントしたかは別として、何かお返しをした方がいいと思うわ」

ミラジェーンの言う通り、ラクサスが贈ったパレットナイフは調理業界で有名な鍛冶屋が手掛けたもの。マカロフやラクサスは同様に専用のものを持っていて、使いこなしている内に自分のクセがついていくのだ。
ナツはパレットナイフを手にとって、光にあてたりと眺めている。
暫くして納得したように頷いた。

「そうだな。でも、何やればいいんだ?」

贈り物など滅多にするものではないから、何を渡せばいいのか分からない。ナツが呻っていると、ルーシィが笑みを深めた。

「何言ってんのよ。ナツしかできない事があるじゃない」







クリスマスの翌日は店も休日になる。多忙な期間の分の睡眠を貪るラクサスの部屋の扉が静かに開かれた。忍びよる足音がベッドへと近づき、その主はベッドに眠るラクサスを覗き込む。

「起きろよ。ラクサス」

手がラクサスの身体を揺さぶる。それにラクサスは鬱陶しそうに目を開いた。

「起きたか?」

声の主を目で捉えたラクサス。暫くじっと見ていたが、覚醒し始めるとその目を見開いた。

「そんな恰好で何やってんだ。ナツ」

ラクサスの言葉通り、部屋を訪れたのはナツ。ただ、その姿は通常とは異なっていた。正しくはたまに見る女装姿だ。違うとすれば服装は女性販売員のものではなく、エプロンドレス。淡い色のそれはメイド服にも見れる。
ナツは凝視してくるラクサスに、にっと笑みを浮かべた。

「プレゼントの礼だ!遊びに行こうぜ!」

連日の多忙で疲労がたまっているのだ。ラクサスとしては丸一日眠っていたい。
断ろうと口を開こうとしたラクサスだったが、それはナツが顔を近づけてきたことで止められた。
思わず目をそらすラクサスに、ナツは首を傾けた。

「な。いいよな?」

地毛ではない桜色の髪が肩から零れる。長いそれに、ラクサスは眉を寄せた。視線をナツへと向け、諦めたように顔を俯かせた。

「……分かったから、離れろ」

「よし!んじゃ、待ってるからな。早くしろよー」

スカートの裾をなびかせて部屋を出て行こうとするナツに、ラクサスは慌てて声をかける。

「待て、ナツ!その格好を」

どうにかしろ。
そう続けようとしたラクサスの言葉は止まってしった。
部屋から一歩出たナツが、振り返るように身体を反転させた。その勢いで長い髪が宙を舞う。少し怒ったような目がラクサスへと向いた。

「早くな!」

身体を硬直させ、ラクサスは気付かぬうちに頷いていた。
諦めてしまえば行動は早い。ラクサスは早々に身支度を整えると、リビングでくつろいでいたナツの元へと向かった。

「準備できたか?」

「ああ」

立ちあがるナツ。ラクサスは、ナツの前に座っていたマカロフに視線をずらした。マカロフは新聞を開いた状態でラクサスを見上げている。

「ラクサス、お前……」

憐れむ様なマカロフの視線に、ラクサスは顔を歪めた。

「変な想像してんじゃねぇ。クソジジイ」

マカロフが何を考えているかラクサスには手に取るように分かった。間違いなく、ラクサスがナツに女装を強要していると思っているのだろう。
マカロフの視線に耐えられなくなったラクサスは、ナツの手を取ると引きずるようにして家を出た。

「あのジジィ、何考えてやがんだ」

大体、ナツ達に“なっちゃん”の事がばれたのは酒に酔って暴露したマカロフのせいなのだ。
苛立たしく乱暴な足取りで道を歩いていると、それを止めるように手が引かれた。

「ラクサス、早ぇ、よ」

足を止めたラクサスが視線を隣に向ければ、肩よりも低い位置に少し辛そうに呼吸を繰り返すナツの姿。そして、手はナツの手を掴んだままだった。マカロフへの怒りで忘れていたのだ。
慌てて手を離したラクサスに、ナツは呼吸を整えながら、空いてしまった己の手を見つめた。

「それで、どこに行くんだ?」

面倒くさそうに問うラクサスに、ナツは考えるように少し呻った後、己の腹を押さえた。腹からは空腹を訴える音が鳴り響く。

「腹減ったから飯食おうぜ」

「そうだな」

ラクサス自身起きたばかりで食事など取っている時間はなかったし、何より腹を鳴らせる人間を連れていたくはない。
駅前なら店が多いからと二人が向かい始めて間もなくだ。

「お。ラクサスじゃねぇか」

後方から名を呼ばれ、ラクサスは振り返った。ナツもつられる様に振り返ると、そこには二人の男が立っていた。

「フリード、ビックスロー」

ラクサスの声からして親しいのだろう。そう感じ取ったナツがまじまじと二人組の男を見る。
一人はラクサスよりも長身の男。もう一人は深緑の長髪が印象深い泣き黒子のある男だ。
長髪の男がナツに気付いて目を見開いた。

「ラクサス、お前がこんな目立つ場所を女性と歩くなんて珍しいな」

それに長身の男の目もナツへと向く。

「デート中かよ……お。結構可愛いじゃん」

長身の男がナツに顔を近づけると、それを妨害するようにラクサスの手が割って入った。ナツを隠す様に背後に追いやる。
その姿に二人の男は目を見張った。

「本当に珍しいな」

「つーか、これマジってことだろ?」

舌打ちするラクサスに構わずに話し始める二人に、ナツはラクサスの横から覗く様に顔を出した。

「お前ら、ラクサスの友達なのか?」

明るい声に二人の視線が向く。
ナツの完璧な女装から男とばれる事はないと安心していたラクサスだが、もちろんそれは黙っていたらの話しだ。声まで返る事は出来ないので、喋ってしまえばナツが男だと疑われる事になる。それを危惧してナツを背後に追いやったのに、それはすぐに無駄になってしまった。
窮地をどう切り抜けるかとラクサスが思考をめぐらしていると、気にした様子もなく長髪の男が口を開いた。

「紹介が遅れたな。俺はフリード。俺達は高校時代の同級生だ」

「俺はビックスローだ。よろしくな、ベイビーちゃん」

「俺はナツだ。よろしくな」

にっと笑みを浮かべるナツに、長身の男ビックスローが思い出したように、お、と声を漏らした。

「成程なぁ。この子が例の“なっちゃん”ってわけか」

ラクサスの目の色が変わる。驚愕の見えるその目に、ビックスローはにやにやと笑みを浮かべた。
フリードが小さく息をついて、ビックスローの代わりに口を開く。

「高校の時、授業中眠っていたお前が寝言で呼んでいた事があったんだ。その時の名が“なっちゃん”だ」

「あの時はすげぇ噂になったよな」

「気付いてなかったのはラクサスぐらいだろう」

ラクサスには身に覚えがなかった。しかし“なっちゃん”という名を知っている事が事実だと証明している。
視線を下げて、ラクサスは身体を強張らせた。見上げてくるナツの目が、マカロフによって“なっちゃん”の事を暴露された時の表情と同じだ。

『お前、マジかよ』

そう目が語っている。あの時でさえラクサスには衝撃が大きかったのだが、今のナツの破壊力はその時とは比べ物にならない。何せ長い間思い描いていた“なっちゃん”の姿なのだ。
ラクサスには会心の一撃だった。

「けど、以外だよな。ラクサスが今まで相手してた女って、もっと色気がある感じだったろ」

ビックスローの言葉にナツの目が見開かれる。それに気付いたフリードがビックスローに厳しい目を向けた。

「ナツ、昔の話しだ。気にする事はない」

フリードの言葉など耳に入らず、ナツの耳にはビックスローの言葉が残っていた。
続くビックスローの言葉に、ナツは適当な相槌をうつ。暫くしてフリードとビックスローは、ラクサスに追い払われる様に去っていった。
その背中を眺めているナツに、ラクサスは訝しむ様に顔をしかめる。

「急に静かになるな。気味悪ぃ」

常なら言い返すナツだがそれはない。
ナツはゆっくりとラクサスを見上げた。

「お前、もてるんだな」

「……何怒ってんだ、てめぇは」

「怒ってねぇよ!」

ナツの声には苛立ちしか見えない。その声から怒っていないと認識するには無理があるだろう。
ラクサスは疲れたように溜め息をつくと、ゆっくりと口を開いた。

「てめぇもジジィの話し聞いたろ。こっちはずっと待ってたんだよ」

“なっちゃん”を、幼い頃に一度だけであった少女を待ち続けていた。どんな女性が目の前を通っても特別な感情など芽生えるわけもない。
ナツの目が窺う様にラクサスを見つめる。

「……色んな女と……ちゅーとか、したんじゃねぇの?」

ラクサスは、ナツの言葉に即座に返答できなかった。学生時は、キス以上の行為も数え切れないほど行ったのだ。
ラクサスが返答できずにいると、ナツは顔をそらして歩きだしてしまった。

「、おい、ちょっと待て!」

追いかけるラクサスにナツは振り返ることなく言葉を吐き捨てる。

「俺には関係ねぇ!」

言う割にナツの目は据わっているし、歩く速度は速く、地を蹴りとばしているようだ。
ラクサスは、止まる様子のないナツの手を掴んで、無理やり歩みを止めさせた。

「離せよ」

止められたナツが睨みつけてくる。それに、ラクサスは顔を顰めた。

「昔の話しだろ。あんなもん、ただの遊びだ」

ラクサスはナツの手を掴んでいる手に力を込めた。

「本当に触れたいのも抱きたいのも、お前だけだ」

つり上がっていたナツの目が大きく見開かれる。ラクサスも己の吐きだした言葉が信じられず、動きが止まる。
手のひらにじわりと汗が浮かぶ。緩んだラクサスの手から逃れるように手を振り払い、ナツは顔を俯かせた。

「バカじゃねぇの」

小さく呟かれた言葉にラクサスは言い返す事も出来ない。異性に対してでも常識的に有り得ない言葉だ。ナツは恋人でもなければ同性だ。言われて気分のいいものではない。
ラクサスが固まっている中ナツは歩き始めてしまった。
暫く歩いて足が止まり、首だけで振り返る。

「何してんだよ」

我に返ったラクサスが目を向ければ、視線の先には顔を赤くしたナツがいる。目を合わず、その口元は震えていた。
ラクサスが目を見張っていると、ナツは裏返る声で続ける。

「早く行こうぜ……で、デートなんだろ」

一瞬だけちらりと視線を向けてきたナツに、ラクサスは口元を隠す様に手で覆った。その顔はナツにつられた様に赤く染まっている。
ゼロどころかマイナスだった二人の距離が一気に近づいた。
パティシエ達のクリスマス後日の奇跡。




2010,12,27
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