目覚め





機械が密集する部屋の中央には、卵が三つ。大人が抱えるのもやっとの大きさのそれは、三つの円柱状のケース内で、それぞれ、いくつものコードにつながれていた。

『あと少し……』

赤髪の男が焦るようにパソコンの画面を見つめる。その隣には女性。腰ほどまである藍色の長い髪を、一つに束ねている。女性がケースに手を当てて顔を歪めた。

『これぐらいしか、私たちには出来ないものね』

『あの子たちには重荷を背負わせる事になるが、俺たちにはあの方法しかなかった。恨まれる事になるとしても』

卵の一つがこつりと動いた。赤髪の男はすぐにパソコンに向かい、キーを叩いた。

『俺の方は終わりだ。グランディーネ、そっちはどうだ』

『まだ、かかりそうね……それよりも、メタリカーナは』

部屋の扉が開く音に、二人は敏感に反応して身構えた。しかし、力なく壁に寄り掛かっていたのは、見知った顔だった。黒い髪の男だ。

『メタリカーナ!』

駆け寄る二人。女性グランディーネは、男性メタリカーナの背へと手を触れると、瞳を揺らせた。

『酷い……翼がもがれている』

『グランディーネ、すぐに治癒を』

メタリカーナの身体を支える男に、グランディーネは首をふるった。

『無理だわ。この状態は、翼の原型さえ残っていない。それに、私たちは互いに相容れない存在なのよ、私の力はあなた達には作用しない。分かっているでしょう、イグニール』

赤髪の男イグニールは悔しそうに唇をかんだ。メタリカーナは額に脂汗をにじませながら、二人へと顔を向ける。

『俺は無理だ。お前らだけでも翼を』

『何言ってる!翼の組織なら俺のを使えば……』

『さっきグランディーネが言っていただろう。すでに卵には鉄竜の遺伝子を組み込んでいる。他の組織が加わればどうなるか分からない』

食い下がるイグニールに、メタリカーナはイグニールの肩を叩いた。

『その気持ちだけ受け取っておく。それよりも、お前達の卵は』

『……俺の方は終えている。後は』

パソコンから発せられる警告音。グランディーネは画面に飛びつくと、顔を歪めた。すぐにキーを打ち始めるが、表情が緩まる事はない。

『、外部から書き換えられている』

必死にキーを打ち続けるグランディーネ。静かな部屋に響くその音が小さく感じるほどに、外が騒がしくなる。騒がしい足音が近づいてきている。

『急げ、グランディーネ!時間がない!』

『これでは間にあわない……イグニール、すぐに卵を外へ!』

グランディーネの言葉に、卵を見つめていたイグニールの視線がグランディーネへと向けられる。

『データは?』

『これは賭けね。……大丈夫、優しいあの子なら、きっと』

イグニールは頷いて、キーを叩いた。卵を支えていたケースの底が抜けて、二つの卵が落下していく。それと同時に部屋の扉が開いた。
武装した者たちが詰め入ってくる。その手には銃があり、物騒としか言いようがない。予想していたイグニール達は、詰められるようにして三人は集められた。武装の集団に囲まれ、銃口を向けられている。
そんな状況下で、メタリカーナが小さく呟いた。

『卵は?』

『脱出ポットで外へ飛ばした』

メタリカーナが安堵のため息を漏らしていると、向けられていた銃口が下げられた。一人が前に踏み出して、イグニール達へと視線を向ける。

『イグニール・ドラグニル様。グランディーネ・マーベル様。メタリカーナ・レッドフォックス様。七竜門であるあなた方三名を拘束します』

元から抵抗する気はなかったのだ。三人は促されるままに大人しく付いて行く。

足を進めながらも、廊下の窓から見える空を見上げた。

『まだ名のない子よ。あの子たちの力になってくれ』

イグニールの声は、グランディーネとメタリカーナの耳に、より響いたのだった――――







ずっと真っ暗だった。ただ、流れ込んでくるものは暖かかった。きっと待っていたのだ、探していたのだ。ただ、君を。

「……あれ、ナツ?」

青い猫は、目を覚ますと周囲を見渡した。ナツと同室なのだが、ナツの姿が見当たらない。廊下へ出れば、洗濯物を抱えているミラジェーンと出くわした。

「おはよう。ハッピー」

ミラジェーンの言葉に、猫ハッピーは首をかしげた。

「ミラ。ナツは?」

「学校よ」

今日は平日で、時計を見れば昼前。学生のナツが学校へと行っているのは当たり前だ。日常の事のはずなのに、今日は頭の回転が悪い。

「ふふ。寝ぼけてるの?」

くすくす笑うミラジェーンに、ハッピーは照れたように頭をかいた。

「そういえば夢を見たんだ」

「あら、どんな夢?」

答えようとしたハッピーは言葉に詰まらせた。
よく覚えていない。ただ、何かを見たわけではない。声が聞こえた気がするのだ、優しい声が。最初はおぼろげだったものが、今はもう欠片も思い出せない。
思いだそうと唸るハッピーにミラジェーンは口を開いた。

「夢ってね、目が覚めると忘れちゃう事の方が多いのよ」

「うーん……あ!でも、一つだけ覚えてるよ!」

暗い中に居た。冷たくて、暗い場所から抜けだしたかった。でも自分ではどうする事も出来なかった。そんな中、急に光がさした。眩しくて、視界ははっきりしなかったけど覚えている。

「ナツがいたんだ。やっと射した光の中に、ナツがいたんだ」

ミラジェーンは瞬きを繰り返すと、優しく目を細めた。

「それ、きっとハッピーが生まれた時の記憶ね」

「オイラが生まれた時?」

「そう。ハッピーは、ナツが卵を温めてかえしたのよ」

六年前、遊びに行って帰ってきたナツの腕には、やっと抱えきれるほどの大きさの卵。当時居た者たちは驚愕したものだ。そんな大きさの卵など見た事がなかったから。
絶滅したはずの巨大鳥の卵ではないか、恐竜の卵ではないかと、大騒ぎになった。しかし、色は青で妙な模様が入っていた。文献でも見る事はない。
大人たちは大発見かもしれないと騒いでいたのだ。あの時ナツが抵抗しなかったら、今頃ハッピーは博物館行きだったかもしれない。

「じゃぁ、ナツはオイラの父ちゃんなの?」

「そうなるのかしら……でも、お父さんじゃなくても、ナツは家族でしょ?もちろん、私や妖精の尻尾の皆も。ね?」

首を傾けるミラジェーンに、ハッピーは満面の笑顔を浮かべた。

「あい!」

「さ、お腹空いてるでしょ?ご飯にしましょ。もうお昼だけど」

「あい。食べ終わったら、お手伝いするね」

「ありがとう。助かるわ」

ハッピーはミラジェーンと食堂に向かいながらも、何か引っかかりを感じていた。
夢を見ていた。確かに、あの夢は生まれた瞬間の事だったかもしれない。それでも、もっと深い場所にありそうな気がする。何か大切な事を忘れている気がするのだ。

「そういえば」

ミラジェーンの声に、思考を止めて顔を上げる。ハッピーを見下ろしながら、ミラジェーンは苦笑した。

「ナツったら、よく卵落としてたのよね」

「え!?」

「卵って丈夫なのね。本当、割れなくて良かったわ」

にこりと笑顔で言われても、反応できない。もし、孵化する前に割れていたらと思うと恐ろしい。ハッピーは身体を震わせた。

「酷いよ!ナツのバカー!!」

ハッピーの叫び声は、妖精の尻尾内に響いたのだった。
その頃、学校はちょうど昼休みに差し掛かったところで、屋上で昼食の弁当をとっていたナツは、ぴたりと動きを止めた。妖精の尻尾がある方角へと顔を向ける。

「今、ハッピーに悪口言われた気がする」

一緒に食事をとっていたのは、グレイとルーシィ。ルーシィは咀嚼していた物を飲みこんで口を開いた。

「気がするって、ハッピーは寮なんでしょ。ここまで聞こえるわけないじゃない」

ナツは頷きながらも納得いかないようだ。食事の時は、目の前の食べ物の事しか考えていないのに、珍しく目がそれている。

「いあ、でもなー。ハッピーはどこに居ても場所が分かるからな」

ルーシィは、ナツがハッピーを卵からかえした事を知っているので、親子の様な繋がりがあるのかと考えていた。

「本当に、あんた達って仲良いのよね」

「ずっと一緒だからな」

学校以外は、ナツとハッピーは一緒に行動している事が多い。食事も風呂も、一緒にいる時間は誰よりも長い。そう考えると、互いに何を考えているか分かってもおかしくはないかもしれない。

「俺だってナツの事なら分かるぜ」

「なに猫に対抗してんのよ」

ルーシィの呆れた声にグレイが何やら文句を言っている。それをどこか遠くで聞きながら、ナツは立ち上がって柵に寄り掛かった。気になるものがあるのか、一点を見下ろしている。

「ナツ?」

何を見ているのか。
気付いたルーシィも立ち上がり柵に手をかけて、ナツの視線の方へと向ける。門の方だが、何かあるわけではない。

「どうしたの?」

「……今、誰か居た」

「人ぐらい通るわよ」

誰でも通る事が出来る普通の道だ。人がいても変ではない。ルーシィの言葉にも納得できないらしい、顔を顰めている。
グレイも気になるのか、立ち上がって視線をめぐらす。どれだけ探そうが、怪しいものは見当たらない。急にグレイが真面目な表情を作った。

「まさか……」

「何か心当たりでもあるの?」

低い声に、ルーシィは不安げにグレイを見上げる。

「ナツのストーカーかじゃねぇだろうな」

ルーシィの手が手摺から滑ったと同時に、タイミング良く予鈴がなった。
真面目に聞こうとしたほうが馬鹿馬鹿しいと、ルーシィは呆れたように溜息をついて、片づけ始めた。

「ナツ、早く食べちゃいなさいよ」

ナツは慌てて食べかけの弁当を口に突っ込んだ。

「あ、おい!待てよ!」

先に屋上を後にするルーシィとナツに、グレイは慌てて追いかけようと足を向ける。しかしそれは扉を前に止まってしまった。
振り返って門の方へと視線を向けると、顔をしかめる。

「……まさか、な」

考えを振り切るように、グレイは屋上を後にした。

放課後、いつもならナツとルーシィと共に帰宅するグレイだったが、用事があると教室で別れることになった。
グレイはナツの方に手をかけて、真面目な顔で見つめる。

「気をつけろよ。マジでストーカーかもしれねぇからな」

「ちょっと、あたしは!?」

女のルーシィよりも男のナツを心配するグレイに、ルーシィが屈辱とばかりに身体を震わせる。

「ルーシィも」

グレイが首をひねってルーシィを見つめる。

「ナツの事頼むな」

「違う違う。そうじゃないから」

ルーシィに追い払われるようにして教室を出ていくグレイ。ようやくナツとルーシィも下校した。
ルーシィは施設の人間ではない。一人暮らしをしながら学園に通っているのだ。方向が一緒なので下校をナツ達と共にすることは多いのだ。

「でも、ストーカーなんて怖いわよね。かわいすぎるって罪だわ……」

頬に手を当ててどこだかに視線を向ける。ナツはルーシィをじとりと見つめた。

「出た」

「何よ、それ!」

「そういうの、何つーんだっけ。ジゴージトク?」

「自意識過剰でしょ!」

ナツが、それだと言わんばかりに、ルーシィを指さした。

「ムカツクー!」

腹立たしげに地団駄を踏むルーシィ。ナツはそれを見て笑っていたのだが、動きがぴたり止まる。
警戒するように周囲を見渡すナツに、ルーシィも流石に不安そうに眉を寄せた。

「また、誰か居たの?」

小声で話しかけるルーシィに、影がかかる。

「居るよ」

ぞくりと背筋が冷たくなった。ナツとルーシィ、二人が振りかえった時には遅かった。
振りかえったナツの目には、気絶しているルーシィは抱える男の姿。全く記憶にない顔だ。

「ルーシィに何しやがった!!」

男は、ぐったりとしているルーシィの顎を掴んで、ナツへと向ける。

「お友達に怪我をさせたくなかったら、一緒に来てもらうぞ。サラマンダー」

「俺は、そんな名前じゃ……うわ!」

ナツは背後から近づいていた他の男に羽交い絞めにされた。抵抗するが、振りほどけない。

「何だよ、お前ら!!」

「抵抗すると、お友達が怪我するって言ったはずだ」

取り出されたナイフ。光に反射するそれが、ルーシィへと向けられる。鋭い刃がルーシィの頬に触れると、赤い筋が出来た。

「おっと、切れたか。加減が難しいな」

ルーシィの頬から流れる赤に、ナツは身体を強張らせた。頭の中は真っ白を通り越していた。血が上ったように熱い。体中の血が噴き出すような感覚だ。

「……じゃ、ねぇ……」

身体を震わせるナツ。その異変に二人の男は目を向いた。俯いたナツの表情は読み取れない。泣いているのかと男達は勘違いしていたが、違う。

「ルーシィに手ぇ出すんじゃねぇ!!!」

先ほどの力とは差がありすぎる。羽交い絞めにされていた腕は、ナツが力を込めるだけで簡単に解けた。
瞳は鋭く、己を捕えていた男を睨みつけると、ナツの拳は男を殴り飛ばした。

「、な」

声をもらしたのは誰でもないナツだった。
男を殴った時の拳は、確かに己の物だったはずなのに、炎を纏っていた。どう見ても炎以外には見えないそれは、熱さなど感じなかった。しかし、殴った男は、火傷を負ったような痕が残っている。

「何だ、今の」

今は消えてしまった炎。ナツは唖然と己の拳を見つめた。

「やはり、お前だったか」

ルーシィを捕えていた男が、にやりと笑みを浮かべた。
混乱していたナツは反応が遅れてしまった。男は、ルーシィを放ってナツへと向かう。捉えようとしていた手。しかし、男がナツに触れる事はなかった。
バイクの排気音が騒がしく鳴り響き、ナツの真横を風がきった。寸前に風と共に伸びた手が、男の顔面に食らいついた。そのまま男は引きずられ、バイクはすぐに動きを止めた。

「……ラクサス」

唖然とするナツが小さくもらした通り、バイクに跨っているのはラクサスだ。
ラクサスの手が男の顔面を鷲づかみしている。ただ通常と違うのは、ラクサスの手が電気を纏っているようだった。弾ける音と共に、男は痙攣していた。
ラクサスが手を離すと、男は力なく地に倒れてしまった。

「何で、お前がここにいんだよ!それに、今の!」

「話は後だ」

ラクサスは、バイクを方向転換させて、ナツの前で止まった。

「さっさと乗れ。戻るぞ」

「ま、待った。ルーシィが」

意識のないルーシィが地に倒れている。
ルーシィに駆け寄ろうとするナツの身体は、ラクサスに抱えられてしまった。反論しようとしたが、その前にラクサスはバイクを走らせてしまった。

「うぐ……降ろせ、よ」

気分を悪そうにしながらも、ナツはラクサスを見上げる。どちらにせよ、今の体勢は危ない。

「あの嬢ちゃんの事はフリードに任せてある」

何で。
ナツの言葉は声にはならなかった。ラクサスはまるで全てを知っているかのような言いようだ。何が起こっているのか、ナツには全く分からなかった。
乗り物酔いではっきりしない思考内で、ナツは、何でと繰りかえした。
バイクで走り去っていくナツ達。それを見送っていた影が一つ。青い髪と右目に紋章がある男だ。
男は口元に笑みを浮かべた。

「見つけたぞ。ナツ・ドラグニル」




2010,05,18
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