令嬢フィルからナツと出会った経緯と、ナツを指名しての依頼の謎も解けた。 そして、ナツを除く最強チームの面々が、フィルのナツに抱く想いに気づいた。むしろ、分かりやす過ぎる。気付かないナツが鈍いのだ。

「その節は、助けていただきありがとうございました」

流れるように頭を下げたフィルに、ナツは頭をかいた。

「でも、俺は覚えてねぇしな」

記憶の片隅にも残っていないのに、感謝されてもどう反応していいのか困る。
複雑そうに顔を歪めるナツに、フィルは頭を上げてにこりと笑みを作った。よくよく見れば、お嬢様という形容に適した容姿をしている。少し中世的だが、幼さが残る可愛らしい顔立ちだ。

「ナツ様が覚えていなくても、私が助けていただいたのは事実。この度の依頼は、ナツ様にお礼がしたいのもあったのです」

フィルは立ち上がってナツの前で膝をつくとナツの両手を握りしめた。涙で瞳を潤ませて、見上げる。

「このままでは私の気が治まりません。ね、ナツ様?」

首を傾けるフィルに、普通の男性なら落ちたところだろうが、相手はナツだ。そんなものが通じるわけがない。

「いあ、でも……」

「せっかくの好意だ、お受けしたらどうだ」

ナツの言葉を遮ったのはエルザだった。
どうせ相手は引く気はないのだろうから、こちら側が折れるしかない。ナツもエルザに諭されては断る理由もない。
ナツが渋々ながらも頷いた途端、フィルの表情は輝かせ、待機していた使用人たちへと顔を向ける。

「すぐに準備をお願い!ナツ様、今お部屋にご案内します」

手を引いてナツを立ち上がらせると、フィルはナツを連れて部屋を出ていってしまった。取り残された他のメンバーは、唖然とそれを見送った。

「私たち、どうすればいいわけ?」

「ナツもずいぶん気に入られたな」

「ねぇ。オイラはー?」

「つーか、俺たち用なしだろ。これ」

「くだんね」

対処に困っているメンバーに使用人が近づいてきた。

「ナツ様のお連れ様方は、私どもがお部屋にご案内します。こちらへどうぞ」

お連れ様!?
歩いていく使用人たち背中を眺めながら、文句をのみ込んだ。







御曹司生誕パーティは明日の夜。それまでは休んでいていいと各自部屋を用意された。
もちろん与えられた部屋は、そこらの宿と比較にもならない。豪華な食事や風呂、雇われている事を忘れそうな接待を受け満足としか言いようがないのだが、やはりというべきか問題があった。
すでに夜中で普段なら就寝に入る時間なのだが、ナツがフィルに連れていかれてから今に至るまで、ルーシィ達は一度もナツと顔を合わせていない。

「しかも、ナツの部屋がお嬢様の部屋と隣だなんて」

そのナツの部屋からルーシィ達の部屋までは階さえも違うのだ。ルーシィの部屋に集まっていた面々は、深くため息をついた。
このままナツを返さないのではないか。それほどにフィルがナツに執着しているように見える。

「そういえば、ラクサスはどうした?」

ナツはフィルに捕まっているとして、ラクサスの姿が見当たらない。食事を済ませたあたりからだ。
エルザがグレイへと顔を向けるが、グレイは顔をしかめた。

「俺に聞くなよ」

「部屋で休んでるんじゃない?」

「オイラ見てこようか?」

ハッピーの案にエルザは首を振った。

「もしかしたら、まだ身体に不慣れなのかもしれない。休ませてやろう」

屋敷内にいるのなら特に心配をする必要もないだろう。

「それよりも明日の警護なんだが」

エルザが、前もって借りた屋敷の見取り図。それをテーブルに広げると、面々はその場に集まってきた。

エルザ達が明日の警護についての話し合いをしている時、ラクサスは部屋には居なかった。
エルザの予想は外れていて身体を休めているわけではなく、単独で明日の警護の為に屋敷内を調べていた。仕事に関してラクサスは真面目だ。手を抜く事は己の自尊心をも傷つける事になる。
辺りを観察しながら足を進めていくと窓が開放されているテラスがあった。足を踏み入れて周囲を見渡す。真下は茂みになっていて夜の月明かりでは人かどうかさえも識別はできない。もし、賊が身を隠していたら厄介だ。

「無駄に広いな」

討伐や捕獲。その他単独でもおこなえる様な仕事なら別だが、広さがある建物の中を警護するとなると一人では無理だ。それこそチームを組んでいる者たちがやるような仕事の為、ラクサスには経験がなかった。
小さく息をついて、その場を離れようとしたラクサスだったが、耳に入ってきた話声に足を止めた。耳をすませば、ちょうど真下あたりから聞こえる。ラクサスは息をひそめて神経を集中させた。

「ここまでは、……後は奴らに………上手くいけば、……」

「……フィル様が………を信用して……、だろうか」

数人いる事は分かるが距離がありすぎて聞き取れない。テラスの柵に身を乗り出しそうになるラクサスだったが、足音に気がついて廊下へと戻った。

「お、ラクサス!」

足音の正体はナツだった。ナツはラクサスの姿を見つけると、安堵したように息をついた。
ラクサスはナツの姿に一瞬反応が遅れてしまった。今日身に着けていた衣服と違うどころか、ナツが進んで着そうにはない。

「何だ、その格好」

「無理やり着せられたんだよ!」

黒いシンプルなタキシード姿だった。プリーツシャツにクロスタイ。タイを止めるピンは、ジェレネール家の紋章を模っている。
いつも身につけられているマフラーはない。着せかえられる時に取られたのだろうが、手でしっかり握られていた。

「似合ってんじゃねぇか」

「嘘つけ!!」

無表情で淡々と告げるラクサスに、ナツは素早く突っ込んだ。

「これで着替えるの三回目なんだぞ!」

令嬢の着せ替え人形状態になっているようだ。
文句を言いながらマフラーを首に巻きつけるナツを見ながら、ラクサスは腕を組んで壁に背を預けた。
先ほど耳にした会話が気になる。令嬢の名が聞こえた以外は部分的で内容を捉えられていない。

「どうした?」

黙りこんでしまったラクサスにナツが首をかしげる。

「今回の依頼は、明日開かれる“御子息生誕パーティ時の警護”のはずだが、屋敷には令嬢と使用人しか見てねぇ。何か聞いてるか」

「ああ。何か足止め食ってるんだってよ」

「足止め?」

「会社が何か買うってんで、それの……何だっけ?焼き肉がどうのって言ってたな」

ラクサスは内容のつかめない話しに顔をしかめた。
どれほど頭の回転がよい者でも、ナツの話を訳すのは困難だろう。頭痛がする。

「お前、なるべくハッピー連れてろ」

戦闘においては頭の回転はいいナツだが、通常頭脳面においてはハッピーの方が役に立つ。猫だろうが関係ない。もしハッピーが一緒に付いていれば、暗号じみたナツの話の内容も分かりやすく言いなおしてくれただろう。

「とにかく、今この屋敷にジェレネール財閥の人間はあの令嬢だけなんだな?パーティってのに間にあうのか」

パーティは、ジェレネール財閥御曹司の生誕祭なのだ。御曹司がいなければ中止するしかない。そうなれば、依頼も取り消しになるのではないだろうか。

「明日のパーティには戻って来るって言ってたから、大丈夫だろ」

ナツの言葉で、ラクサスは考えるように、ナツから視線を外した。
財閥のような金持ちの思考など分かりたくもないが、わざわざパーティを開くのだ来賓も来るだろう。外部の物が出入りするからこその警護。それなのに直前まで遠出などするものだろうか。
価値観が違うのだから、考えても仕方がない。
思考を切り上げたところで、ナツがテラスに出ようとしていたのに気付いた。先ほど、その真下で気になる会話が聞こえたところだ。不用意に近づかれては困る。
ラクサスはナツがテラスに足を踏み込む前に呼びとめた。

「ナツ。お前は、あの令嬢の側に付いてろ」

振り返ったナツの顔が露骨に歪んだ。
着せ替えられるのが嫌なのだろうが、ラクサスには知った事ではない。

「これも仕事だ。明日の警護を終えるまでは我慢しろ」

「分かってるよ」

不満そうに唇を尖らせると、ナツはラクサスに背を向けてしまった。歩きだすナツを呼びとめるように再びラクサスが名を呼ぶ。

「何だよ」

振り返ったナツに、ラクサスは言いかけた言葉を飲み込んだ。

「……何でもねぇ。ガキはさっさと寝ろ」

「お前も同じようなもんだろ!」

元の年齢なら別だが、今はナツ達とほとんど年も変わらないのだ。ナツは、苛立つように足音をたてながら去ってしまった。
響く足音を聞きながら、ラクサスは寄りかかっていた壁から背を離すとテラスへと出て耳を済ませる。すでに人の気配はなくなっていた。

「どう考えても、ただの依頼じゃねぇ」

耳に入った会話や依頼主の行動。不審な点はいくつかある。疑い出せば切りがないのだが、何か裏がある様な気がしてならない。しかし、先ほどの会話を聞いただけでは判断がしきれない。
ナツに一言でも告げておくべきかもと思ったが、ナツの場合はすぐに態度に出てしまう。裏があるにせよ、ナツに話さない方が行動しやすいだろう。
ラクサスは顔を顰めて、割り当てられている部屋へと足を向けた。

「休んでもいられねぇか」

たとえ何が起きても、己で片をつければいい。すぐに対処できるようにと部屋に戻ってもラクサスが眠りにつく事はなかった。

この、ラクサスの予想は見事に当たる事になった。
日付が変わった夜更け過ぎ。爆発音が響き渡った。部屋を出て屋敷内を巡視していたラクサは爆発音とは大分離れた場所で影に取り囲まれていた。
ラクサスを取り囲む数人の影。月明かりも雲で隠れてしまっていて、顔は確認できないが間違いなく賊だろう。その内の一人が口を開いた。

「こんなガキが、傭兵か?」

ラクサスがピクリと眉を動かす。

「妖精の尻尾だ。そこらの雑魚と一緒にするんじゃねぇ」

妖精の尻尾の魔導士として誇りを持っているラクサスには、小さな間違いでも訂正せずにはいられない。
低く唸るラクサスに賊は低く笑う。

「妖精だろうが傭兵だろうが、同じだ」

それがどういう意味か考えるまでもない。賊たちが取り出したものが、暗闇でも分かるほどに鈍く光った。剣の類だ。
襲いかかって来る賊たちに、ラクサスは面倒そうに指の関節を鳴らせたのだった。

屋敷内からでは確認できないが、一か所から煙が昇っていた。ナツの割り当てられた部屋の隣、令嬢であるフィルの部屋だ。
もちろん騒音に気がついたナツがすぐに駆けつけていた。
フィルの部屋に駆け込んで、すぐにナツは顔をしかめた。煙で視界が鮮明ではないが、次第に晴れて状況がはっきりと見える。

「お前ら、ここの人間じゃねぇよな。匂いが違ぇ」

フィルの部屋には武装した男達が数人。部屋の主であるフィルも拘束されていた。
例え匂いが同じだとしても、よくない状況である事に違いないだろう。

「ナツ様!」

フィルの表情がナツの姿を確認して輝いた。頬まで紅色させている。

「助けてください!私、連れて行かれてしまいます!」

拘束されているのか疑わしいほどに、フィルは浮かれていた。弱々しく首をふるってナツへと懇願するように見つめる。

「おう、任せろ」

暴れる事が好きなナツは、待ってましたと言わんばかりに拳を握りしめた。拳を炎が纏う。
にやりと口端を吊り上げる姿は悪い顔と形容するのだろうが、フィルは恍惚と見つめていた。

「素敵……」

ルーシィがいたら突っ込んでいたところだが今は不在の上に、この屋敷に居る人間すべては武装集団に襲われていた。来たくても来れるわけがない。
ナツが攻撃に出る前に、フィルを捕えていた男が、ナイフをフィルの首に突き付けた。咄嗟の事にフィルが息をのむ。

「あ、危ないじゃない」

ナイフを避けるように顎を上げながらフィルは己を捕えている男を睨みつけるが、男は聞こえないかのようにナツへと視線を向ける。

「オジョウサマに傷つけられたくなかったら、大人しくしてるんだな」

「ぐぬぬ、汚ぇ……ぐぅ!!」

手が出せずに唸っていたナツは、背後から近づいていた男に気がつかなかった。
後頭部を殴られ床に倒れこむ。しかし、身体が強化されているナツには大した痛手にはならない。頭をさすりながら起きあがった。

「痛ぇじゃねぇか!」

すぐに仕掛けられてくる攻撃をかわしながら思考をめぐらせる。
一瞬でも隙が出来れば、人質を取っている男を殴りとばせる。一撃で終わらせれば問題ないのだが、その隙がなかった。
攻撃をかわし続けるナツだったが、途端身体を宙に浮いた。

「おわ!?何だ、これ!」

青い光に包まれるナツの身体は自由を奪われている。
もがきながら周囲を見渡せば合点がいった。魔導士がいる。しかもナツがこの魔法を味わうのは初めてではない。評議員の軍隊が拘束時に使う魔法に酷似している。

「お前、評議員のやつなのか?」

ナツは脂汗をにじませながら魔法を発動している男を見つめた。
問題ばかり起こしているナツにとっては、評議員や軍と名を聞くだけで、反射的に身体が強張る。エルザの恐怖程ではないが。
ナツの問いに、魔導士の男は顔をしかめた。

「評議員の人間がここにいると思うのか?」

憎しみさえこもっていそうな瞳で睨まれ、ナツは首をかしげた。目の前の魔導士に見覚えはないのだ。
困惑するナツに、魔導士の男は歯を食いしばった。

「俺は、評議員軍隊ルーンナイトの軍人だ……元な」

「元?」

評議員の軍隊はいくつか部隊が存在し、その隊によって扱う魔法が異なる。捕縛や拘束、そう言った部隊統一の魔法は全て軍人が各自で持つ杖に付いている魔水晶を持って使う事が出来る。評議員独自の魔法という事だ。
以前、幽鬼の支配者との抗争で妖精の尻尾も対峙した事がある軍隊ルーンナイト。逃亡しようとしたナツが見事魔法で捉えられたのだ。その時の魔法が、今ナツの自由を奪っている魔法。
ナツは、その時に軍隊の魔法について、ミラジェーンから聞いていた。だから、軍隊をやめた人間がこの魔法を使える事がナツには理解できないのだ。

「お前ら、妖精の尻尾のせいだ」

魔導士の声に、ナツは顔をしかめた。

「お前らのせいで評議員は解散。傘下にいた軍隊も全てが解散した!俺もその一人だ!」

評議員を解散の原因の一つであるエーテリオン投下事件。確かに、妖精の尻尾の魔導士であるナツ達がその事件に深くかかわった事は確かだが、ナツ達は最悪の事態を防いだのであって恨まれるのは筋違いだ。

「人のせいにすんじゃねぇ!あれだって、そっちが勝手にやったんだろ!」

エーテリオンの投下がなければ問題は大きくはならなかった。それこそ楽園の塔で傷つく者を増やさずにすんだかもしれない。
あの事件は、エルザを解放と同時に、深く傷つけた事でもあるのだ。思い出してだけで怒りがこみ上げてくる。
ナツの言葉が正しいからか魔導士の男は、手にしていた拳銃をナツに向けた。

「うるさい!!」

発砲音が響く。
滅竜魔法で強化されている身体には銃など効かない。それが常だったから油断していた。

「ッ!!」

銃口から放たれた弾はナツの肩を貫通した。
初めて負う痛みだ。弾が貫いた場所から血が流れていく。ナツは、嫌な予感に力を込めてみるが魔法が使えない。

「くそ、痛ぇ……」

評議員傘下の軍隊が使っていた魔法だ。魔導士を拘束するための魔法なら、魔法を無力化させる能力もあるのだろう。

「ナツ様ッ!!」

フィルの悲痛な叫び声をどこか遠くに聞きながら、ナツは顔をしかめたのだった。




2010,05,21
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