憧れだった





ナツ達が魔鏡を持ち帰ってからは、魔鏡はより魔力を溜めるために月光を集めていた。そして別れが近づいているとは告げずに、ナツ達はラクサスと共に過ごしていた。共に仕事へ向かい、共に食事をして、共に眠りにつく。
いつの間にか当り前になっていた日常。

「嵐が近づいておる」

昼間からにぎわいを見せる収穫祭も、夕方にはファンタジアのパレードを間近にして更に人が増していた。ナツもファンタジアの準備に入っていた時にマカロフから告げられた。

「それ、まずいのか?」

「皆既月食が起きている時に、月を映しださなければ魔鏡は発動せん」

嵐が来れば、当然だが月が隠れてしまうのだ。慌てて空を見上げれば、微かにだが迫ってくる薄暗い雲が確認できる。

「皆既月食では間にあわん。月が隠れてしまう」

今回を逃せば、帰れない可能性さえ出てくる。状況を理解して顔を強張らせるナツとハッピーに、マカロフが続ける。

「風力からみて食の始まりでも危うい。皆既の方が魔力も安定するんじゃが、仕方がない」

「オイラ達帰れないの!?」

「どうにかなんねぇのかよ、じっちゃん!」

「分かっとるわい!……長い間使われなかった魔鏡も、大分魔力は溜めてあったはずじゃ。限界のところまで待って、無理やり道を開く」

正当方ではないやり方では、確実性が低くなる。

「それって大丈夫なの?」

「少し荒いが、それ以外にお前達を未来に帰す方法はない」

可能性にかけるしかないだろう。うまくいけば戻れる。失敗した場合の事は考えない方がいいだろう。魔法は精神面でも大きく左右する。

「じゃぁ、ファンタジアは?」

「すまんが……」

予定ではファンタジアの終了後に魔鏡を使うはずだったのだが、のん気にパレードに参加している場合ではなくなった。

「ナツー!」

背後に飛びついてきた小さい影に、ナツが振り返った。予想通りラクサスがナツにしがみ付いている。

「それ、ファンタジアのか?」

身体を離したラクサスの着ている衣装がいつもとは違っていた。シャツの袖にはひだが付いており、ベスト襟に柔らかい毛皮と、肩ベルト。

「かっこいいな」

ナツの言葉に、ラクサスは恥ずかしそうに笑みを浮かべならが、ナツを見上げる。

「ナツは?もうみんな準備してるよ」

ラクサスには過去へと戻る事さえも話していない。それ以前に、過去から来ているのだという事は伏せてあるのだ。
ナツはガリガリと頭をかいた。

「出れなくなったんだよ」

「え、何で?」

不満そうに顔を歪めさせるラクサスに、祖父であるマカロフが付け加えるように、口をはさんだ。

「お前の初舞台じゃからな。ワシらは観客席で見させてもらうよ」

「……ナツ達のとこ見つけられるかなぁ」

「オイラ達の事はどうでもいいよ」

魔鏡を使う為、ナツ達が過去へと飛ばされた時に着地した公園へと行かなければならないのだ。観客席をどう探してもいないし、その時にまだこの時代にいるのかも分からない。
ハッピーの言葉にも納得していなかったラクサスが、思いついたように、右手を天に上げた。人差し指と親指だけを開いた拳だ。

「じゃあさ、オレ、パレードの最中こうやるから!」

「何だそれ?」

ナツだけではなく、マカロフとハッピーもきょとんとする中、ラクサスはにこりと笑みを浮かべた。

「メッセージ!ナツとじーじとハッピー。みんなのとこ見つけられなくても、オレはいつもみんなを見てるって証」

感動に涙ぐんでいるマカロフとは別で、ナツとハッピーは数ヶ月前の事を思い出した。
未来でのファンタジア。ラクサスが姿を消した日のパレードで、いっせいに同じ格好をとるようにとマカロフに言われたのだ。

「そっか。ラクサスがつくったんだね」

メッセージを。寂しそうなハッピーの声にナツまでもが表情を暗くする。

「見ててな!」

ラクサスは楽しそうに笑みを浮かべたままギルドへと戻っていった。その小さな背中は、暮れはじめた陽に隠されていくようだった。陽が完全に落ちたら、公園へと向かわなければならない。







完全に日が暮れるまでそう時間はかからなかった。パレードの通る中央通りを見つめていたナツは、月が暗い空に輝くのを確認すると、背を向けてしまった。

「行くぞ。ハッピー」

「ナツ、やっぱりラクサスにお別れ言いに行こうよ」

ナツは足を止める様子もなく足を進めていく。ハッピーは翼でナツを追いかけた。

「ナツってば!」

「あいつとは、また会えるんだ」

別れなどしにいけば間違いなくラクサスは追いかけてくる。せっかく楽しみにしていたファンタジアだ、邪魔はしたくない。

「来たか」

公園につけば、すでにマカロフの姿があった。いつもなら夜でも多少なりとも人気がある公園だが、今はファンタジアの方へと向いていて人の気配はなかった。その方が都合いい。
月と雨雲の距離は予定よりも離れている。思ったよりも風力が弱いのだろう。成功率を上げたい分、安堵の息が漏れる。
マカロフは魔鏡を地に置くと、鏡に映る月を確認する。

「食が始まったよ」

ハッピーの言うとおり、月が微かにかけ始める。最善の状況を待ち望む時間は異様に長く感じる。
徐々にかけ始める月。その欠けた分が落ちているかのように、月光が鏡へと降り注ぐ。

「じっちゃん!」

限界だ。空を侵食していく雲が、月まで手を伸ばしはじめている。皆既になりそうなのだが仕方がない。
マカロフは魔鏡へと手をかざし、流れるように呪文を口にしていく。

「なぁ、じっちゃん。……ラクサスに伝えといてくんねぇか」

ナツの浮かべる笑みを照らすように、魔道具が光りはじめた。月光を集結させるように、輝きを増していく。
呪文を言い終えたマカロフの耳にナツの声が優しく落ちる。この時代では二度と二人は出会う事はない。だからこそ、この場で口にしたナツの言葉が、最後の声。
言い終えるナツにマカロフは頷いた。

「……分かった。必ず伝えよう」

魔鏡の光にナツとハッピーが近づく。魔力が安定していないのだろう、近づくと鏡が歪みを見せた。

「気をつけろ、ナツ。この方法は」

「心配すんだよ。裏技はつきもんだろ、じっちゃん」

ゲームではないけど。過去で過ごすなど、現実ではありえないような体験だった。
ナツとハッピーが手を伸ばせば、光に巻き込まれるようにナツの身体が、鏡に引き寄せられていく。身体の小さいハッピーが先に鏡に吸い込まれていった。
それを見ていたナツは目を閉じた。脳裏に浮かぶのはラクサスの姿。

「……ありがとな」

月が完全に姿を消すと同時に魔鏡の光が増し、ナツの身体は完全に吸い込まれた。マカロフは他に影響が出ないようにと、即座に呪文を唱えて魔鏡の魔力を封じると、天を見上げた。
一人だけになった公園では静寂が支配し、天から滴が落ち始める。雲で隠れた先では、姿を現しはじめていた月が赤く輝いていた。

雨が酷くなる前にファンタジアのパレードは終える事が出来た。雨の降る中、マカロフを見つけたラクサスが、傘を手に駆け寄ってくる。

「じーじ、見てくれた?」

傘もささずにいたマカロフに己の傘をさしてやりながら、ラクサスは周囲を見渡した。
共にいると思っていたナツとハッピーの姿が見当たらない。

「ナツとハッピーは?」

マカロフは言い淀んでしまう。まだ幼い孫が、どれほどナツを慕っていたか分かっているから。その分衝撃も大きいだろう。マカロフはラクサスの両肩に手を置いた。

「ラクサス、ナツはな……」

未来から来ていたのだとは言えない。だから、帰るべき場所へと帰っていったのだと告げた。
ゆっくりと諭すように言葉を紡ぐマカロフに、最初はきょとんとしていたラクサスだったが、理解し始めるとくしゃりと顔を歪めた。
信じたくはないが、祖父であるマカロフがそんな嘘をつくわけがない。ラクサスは心が重くなっていくのを感じて、それを吐き出すかのように精一杯の声を発した。

「ナツーッ!!!!」

駆け出してしまいそうだった。肩を押さえるようにして手を置いているマカロフの手を振り払ってでも、追いかけたかった。
その衝動を押さえるようにラクサスはマカロフにしがみ付いた。傘が地に落ち、二人に雨が降りかかる。

「ラクサス、ナツから伝言がある」

嗚咽を漏らすラクサスに、マカロフは続けた。魔境へと姿を消す直前のナツの言葉を、違えることなくそのまま。

『絶対にまた会える。俺たちは仲間なんだからな』

ラクサスはぐすりと鼻をすすりながら、顔を上げた。

「本当に、会えるかな」

「ナツは嘘はつかんと思うんじゃが。ラクサス、お前はどう思う」

考えるまでもなくラクサスは頷いた。数カ月の間一緒にすごせば分かる。ナツが人を傷つけるような嘘などつかない事は。

「ナツがお前に伝えた事を忘れんようにの。ラクサス」

マカロフの言葉を耳にしながら、ラクサスは綺麗な桜色を思い出して更に涙をあふれさせた。
言葉も声も、笑顔も、暖かさも。きっと忘れる事はない。

ナツはオレの、憧れだった―――――







ナツが姿を消して十年もの月日が経とうとしていた。ラクサスは、サウンドポッドでいつものように音楽を聴いていた。ヘッドホンが周囲の騒音を遮るように、音楽で耳を支配する。そんな中、ヘッドホン越しでも耳に入ってきた声。

「ここが、フェアリーテイルかー!」

耳によく通る声。壁を作るように閉じていた瞳を開いて、振り返った。

門のところには、定例会でギルドを空けていたマカロフと、幼い子供の姿。子どもはギルドへと入ると、さっそく年が近いだろうグレイ達に顔を合わせていた。
信じられないとばかりにラクサスの瞳が開かれる。ラクサスは、定位置となっているカウンターへと座ったマカロフへと近づいた。

「ジジィ、どうなってる」

ラクサスは、ギルド内でエルザ達と話しをしている子どもへと視線を向けた。
珍しい桜色の髪。そして、その色が誰よりも似合っている人物を、ラクサスはただ一人だけ知っていた。別れてから十年以来会う事もなかった、少年。

「どう見ても、あいつは」

歳は違えど、面影があり名前も同じだ。こんな偶然があるものか。気難しい年齢になって久しぶりに見せる動揺。ラクサスの瞳がゆれている。

「……うむ、やはりお前には話した方がいいかもしれん」

マカロフは一度ナツへと移した視線をラクサスへ戻す。

「お前の考えとる通り、あれはナツで間違いない。そして、十年前のあの時ワシらの前に現れたのは今から七年後の未来のナツじゃ。魔道具の影響でこちらに来ておった」

「未来?」

「ラクサス、お前には黙っておくつもりだったんじゃ」

未来から時空転移してきたなど信じられるものではない。しかし、今いる少年がナツと無関係とは思えない。
離れた場所で話しているナツの声に耳を傾けているラクサスに、マカロフは続けた。

「むやみに未来を変えるわけにはいかん事は分かるな。これはナツも承知した事じゃ」

マカロフの言葉は、次第に心に落ちていった。それと同時に空しい気持ちになる。
ナツを忘れた事などなかった。幼い頃の自分の憧れだったのだ。太陽のような笑顔も、見せてくれた魔法も、繋いでくれた手も、忘れる事など出来なかった。

「あいつは、もういないんだな」

「ナツはナツじゃ。今ここにいるナツが歳を重ねる事によって、あの時に出会ったナツになる」

言葉にするようには簡単に割り切れない。今いるナツは、幼い自分と出会った事を知らないのだ。姿が同じであればいいわけではない。
拳を固く握りしめるラクサスに、マカロフも内情を察したのか言葉を詰まらせた。そこに軽い足音が近づいてくる。

「じっちゃん!」

近くで発せられる子供らしい高い声。背後で存在を感じながらも、ラクサスは振り返りはしなかった。
見上げてくる猫目に、カウンターに座っていたマカロフが苦笑する。

「どうじゃ。ギルドは楽しいか?ナツ」

「うん!オレここに入りてぇ!」

ラクサスは思わず顔をしかめた。
記憶の中よりも高い声なのに、目を閉じれば目蓋の裏には焼き付いて離れないナツの姿がよみがえるのだ。

「なぁ。こいつも魔導士なのか?」

指をさしてきているナツに気付き、ラクサスがその場を去ろうとするが、マカロフに名を呼ばれて足をとめた。

「ワシの孫のラクサスじゃ」

ナツは、マカロフとラクサスを交互に見比べて首をふるった。

「に、似てねぇ」

「そうか?ワシの若いころによく似とるぞ」

「だって、あっちは髪あるじゃねぇか!」

マカロフは帽子をかぶっていて隠してはいるが、頭のてっぺんから広く禿げている。髪のことは気にしていたらしい、マカロフが顔を俯かせた。
会話を聞いていた周囲の人間数人が爆笑する中、背を向けていたラクサスも小さく噴出す。
突拍子もないことを言い出すのは幼い頃からだったようだ。
思い出して目を細めるラクサスに、ナツが走り寄って立ちはだかるように目の前に立った。

「ラクサスな、ラクサス」

確認するように名を繰り返すナツを黙って見下ろす。そんなラクサスに、ナツが手を差し出した。

「オレはナツだ。よろしくな、ラクサス!」

無邪気に笑うナツに不意を突かれた。考えれば考えるほどに、幼い頃に出会ったナツと重なる。頭では否定したい己がいるのに体は正直だ。待ち焦がれていた存在に胸が震える。

「なぁ、握手しねーのか?」

手を差し出したままの状態で止まっていたナツは、立ち尽くすラクサスにしびれを切らしているようだった。急かすようなナツに、ラクサスはとっさに手を差し出してしまった。
ナツは満足そうに手を握った。

「ナツ!」

背後から声がかかり、ナツはラクサスから手を離して振り返った。声の主は長い茜色の髪を三つ編みにしている少女。エルザだった。

「なんだ?」

「ギルド内を案内する。こっちに来い」

世話を焼くのが趣味のようなエルザの言葉にナツは頷いた。
二人のやり取りをどこか遠くで聞きながら、ラクサスは手に残るナツの体温を消えないように手をにぎりしめた。手の暖かさも同じだ。

「じゃーな、ラクサス。今度魔法見せてくれよな」

エルザの元へと行こうとするナツの手を半ば無意識につかんでいた。
ラクサスの手によって止められ、ナツが驚いたように目を見開いた。
幼い、猫のような瞳。まるで操られているかのようにラクサスの体が動いた。ナツの腕を引いて、飛び込んでくる小さい体を強く抱きしめる。

「わぷ!」

細い腰と、柔らかい桜色の髪に手を回す。
抱きしめてしまえば、ナツの体をすっぽりと隠れてしまった。ラクサスの記憶の中のナツは大きかったのに逆になってしまった。

「なんだなんだ!?」

耳には困惑したナツの声しか入らない。全てが心地よい。待ち焦がれた温もり。
ナツが姿を消して十年。再会できる日が来るのだと信じてきたのだ。それでも十年ほどの時が経ってしまえば儚い夢のような気さえする。
そんな時に再び姿を現せたのは、自分のことも知らない記憶よりも幼い姿。
今でも戸惑いはある、それでも所詮ラクサスは目の前の存在を否定する事はできないのだ。

「く、くるし……」

もがくナツから力を緩めて、ラクサスはナツと額同士をつき合せた。

「“お前はお前”だったよな。ナツ」

あの時くれた言葉は心から消えることはなかった。ずっと支えてきた。
柔らかく笑みを作るラクサスの顔を間近で見たナツは、顔を真っ赤に染めた。
暫くして、ちりちりと弾ける音と焦げるような匂いが鼻につき、ラクサスは顔をしかめて腕の中のナツを凝視した。

「ッ!」

焦げくさかったのは己の服が焦げていたから。
顔を真っ赤に染めるナツを解放したラクサスは己の手を見つめた。ナツに直接触れていた手が火にでも触れたように熱かったのだ。

「ナツ?」

ナツがラクサスから間合いを取るように後ずさりをした。小さく体を震わせて警戒するようにラクサスを睨んだ。

「ばーか!!」

ナツは、自分の反応を黙って見下ろしてくるラクサスに、ささやかな暴言を吐いて走って行く。呼び止めるエルザの声も無視をしてギルドを飛び出してしまった。
そんなナツにラクサスは小さく笑みをこぼした。

「こりゃ、ラクサス」

歩み寄ってきたマカロフのたしなめる様な声に、ラクサスは顔を向けると溜め息をついた。

「あれじゃ、ただのガキだ」

「何を言っとる。年はまだ十かそこらなんじゃぞ」

そんなことは分かっている。
ラクサスは、火傷するほどに熱かった手のひらを見つめて握りしめた。

「あれが、ナツなんだな」

静かに落ちたラクサスの声は、祖父のマカロフでも聞いたことがないほどに切なさを含んでいた。何も言えずにいるマカロフに会話を終える合図のように溜息をついた。

「あいつはナツだ……そうだろ、ジジィ」

確認するようなラクサスの声にマカロフはただ頷いただけだった。
ラクサスの決心がついたのはいいが、騒然となったギルドはどうすればいいのか。ラクサスとナツの行動で、静まり返ったままである。
どう説明するか頭を悩ませるマカロフの心情も知らずに、ラクサスは外へと足を向けた。

「ナツを連れてきてくれてありがとな。じーじ」

小さく囁くような感謝の言葉はマカロフにだけ届いていた。
ラクサスが姿を消すと、感動に身を震わせるマカロフに、ギルドの人間が詰め寄せた。

「マスター、ラクサスの奴どうし……て、泣いてる!?」

反抗期なのか、青年期に入ればじーじと呼ぶ事はなくなっていたラクサス。そんな孫に久しぶりにじーじなどと呼ばれて、涙腺は決壊したらしい。
新人のナツとラクサス、涙腺決壊のマカロフの噂が、その日だけでギルド中どころか街へと広まってしまったのだった。




2010,07,09
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