思い





ラクサスは一人、マグノリア駅前の長いすに座っていた。つまらなそうに宙に浮く足を揺らしながら駅を見つめる。
列車が到着すれば乗客が降りてくる。ラクサスはその中から目当ての人物を見つけて、表情を輝かせた。
頼りない足取りで駅から出てきた桜色に、ラクサスは勢いよく飛び込んだ。

「ナツ、おかえり!」

「うぉっぷ、ゆら、すな……」

飛び込んできたラクサスを支えながら、ナツは青い顔でラクサスを見下ろした。

「大丈夫?」

「もう、列車には、のらね、ぇぞ」

「毎回それ言ってるよね」

一緒に降りてきたハッピーの言うとおり、乗り物に乗るたびに決まったようにナツが吐く台詞だ。
心配そうに見上げてくるラクサスの頭を撫でて、ナツは深呼吸をした。胃のむかつきは暫く残るが地に足がついているだけマシだ。
過去へとナツが時空転移してきて数週間が経過していた。その間やる事もないので、ナツとハッピーはギルドから仕事をもらって、度々クエストに出ているのだ。そして、その帰りを待つのが最近のラクサスの習慣となっている。

「ナツに見てもらいたいものがあるんだ」

厚意で一時住む事になっているマカロフ宅。
家に着いてすぐに、ラクサスはナツに向き合うと、手を前へ出した。静かな部屋に弾ける音が響き、ラクサスの幼い手は放電しているかのように電気を纏わせた。ナツはそれを見て目を見開いた。

「魔法、使えるようになったのか!?」

未来でラクサスが使っていた魔法。雷を能力としていたそれと、同じだ。もちろん、未来のラクサスの力とは比べるにも足らない程微力だが。
ナツの驚いた表情に、ラクサスは呼吸を乱しながらも、笑みを浮かべた。

「ナツがいない間、がんばって修行したんだよ!」

「やったな!」

ぐしゃりと乱暴にラクサスの頭を撫でるナツ。それに気が抜けたのか、ラクサスの手から発していた雷が消え去った。

「オレ、もっと修行、し、て……」

「ラクサス?」

ラクサスの身体が傾く。頭を撫でていたナツの手から逃れるように、ラクサスの身体は倒れてしまった。それに、いち早く対応したのはハッピーがラクサスに近づく。

「ナツ!すごい呼吸が乱れてるよ!」

「ラクサス!どうしたんだよ、急に」

荒い呼吸を繰り返すラクサスの表情は苦しそうに顰められていて、額には汗がにじんでいた。いきなりの事で混乱していてどう行動を起こしたらいいか分からない。

「とりあえず、病院行くぞ」

ナツはラクサスを抱え上げて家を飛び出した。ポーリュシカのところへ行くべきか、祖父であるマカロフの方がいいのか。焦る頭では考えがまとまらない。
足を進めるナツの向かいからマカロフが歩いて来るのが目に入った。

「じっちゃーん!!」

「ナツ、仕事から戻って……ラクサス!どうしたんじゃ」

マカロフは顔を顰めてラクサスを覗き込んだ。

「分かんねぇ!じっちゃん、どうしたらいいんだ!」

「魔法使ってたら急に倒れたんだよ!」

慌てるナツとハッピーの言葉に、マカロフは痛そうに顔をしかめた。

「そうか、魔法を……とにかく戻るんじゃ。家に薬がある」

先を行くマカロフの言葉に頷いて、ナツとハッピーも後を追った。

手慣れているようだった。マカロフに薬を飲ませられたラクサスは、落ち着いたように正常な呼吸に戻っていった。
マカロフは、ベッドに寝かせたラクサスの汗をぬぐってやり、小さく息をついた。

「ラクサスは身体が弱いんじゃよ」

ラクサスを見守っていたナツはマカロフの言葉に首をかしげた。身体が弱い事とラクサスが結び付かないのだ。しかし、ハッピーは未来でのマカロフの説明を思い出して納得していた。
幼い頃身体が弱かったラクサスに、父であるイワンが滅竜魔法の魔水晶を埋め込んだ。滅竜魔法の効果で強化され、ラクサスは内に秘めた力と釣り合う身体を手に入れたのだ。

「そうか。ナツ、ラクサスはまだ滅竜魔導士じゃないんだよ」

ハッピーが小さく呟いたのに、ナツも思い出したように頷いた。

「だから、魔法を使わせたくなかったんじゃ」

「でもよ、じっちゃん!」

反論しようとしていたナツはハッピーに服を掴まれて止められた。マカロフは祖父としてラクサスを思っての事だ。部外者が口を出していい事ではない。
口を閉ざしたナツに、マカロフは小さく笑みを浮かべた。

「すまんが、ラクサスを見ててくれんか。ワシはポーリュシカに薬をもらってくる。もう残りが少ないんじゃ」

「あ、ああ」

部屋からマカロフが出ていくと、気が抜けたようにナツは床に座り込んだ。床の木目を見ながら、数日前の事を思い出した。
過去に来ていくつか仕事に出たナツだが、仕事を始める少し前にラクサスにせがまれたのだ。

『魔法の使い方?』

首をかしげるナツに、ラクサスは大きく頷いた。

『教えてくれる人いないんだ。だから、教えてよ!』

ナツとハッピーは顔を見合わせた。

『マスターは教えてくれないの?』

ハッピーの問いに、ラクサスは唇を尖らせた。

『最初は教えてくれたのに、やっぱりまだ早いって教えてくれなくなっちゃったんだ』

『んなことねぇだろ。使いたいなら関係ねぇって。な、ハッピー?』

『あい。それにラクサスの年ならもう使えてもいいと思うよ』

強制するならどうかと思うが、使いたいという気持ちが強いなら年は関係ない。しかしと、ハッピーはナツにちらりと視線を向けた。

『ナツが魔法を教えるって……無理だよ』

『どういう意味だ!』

食いついて来るナツに、ハッピーは冷静に続ける。

『ナツが誰かに物を教えるなんて向いてないよ。ナツじゃなくても、探せば教えてくれる人はいるよ』

ラクサスを諭すように言うが、ラクサスは断固として譲る気はないようだ。まっすぐにナツを見つめた。

『オレ、ナツと同じ火の魔導士になりたいんだ!』

『ッダメだよ!』

目を輝かせていたラクサスは、ハッピーの咎める声に身体を震わせた。瞳が悲しげに揺れている。

『何でだよ。いいじゃねぇか、別に』

ハッピーは翼で体を浮かせて、ナツの耳に顔を近づけた。

『忘れちゃったの?未来のラクサスは雷の魔導士なんだよ。もしこれでラクサスが火の魔導士になったりしたら未来が変わっちゃうじゃないか』

それは不味い。
ハッピーの言葉に頷いて、ナツはラクサスへと視線を向けた。

『よし、雷にしようぜ』

唐突だ。ナツの言葉にラクサスは瞬きを繰り返した。

『火はダメなの?』

『ラクサスは雷って決まってんだ』

ラクサスにとっては、勝手な事を言われているとしか思えない。
いくらナツに懐いているとはいえ、考えを否定された上に押しつけられるような事を言われれば頭にもくる。
頬を膨らませるラクサスに、ハッピーはナツとラクサスの間に割って入った。

『雷は強いんだよ!ね、ナツ』

『そうだな、痺れると動けねぇんだよな』

ラクサスと対峙した事を思い出してナツは苦い顔をした。身体が麻痺をすれば身動きが取れない。炎でなくても、黒焦げにされる。確かに雷は強力だった。

『ナツ、雷の魔導士と戦ったことあるの?』

『ああ。ラク……すげー強ぇ奴だよ。まだ勝てた事ねぇんだ。いつか絶対に勝つけどな!』

『ナツが勝てなかったの?』

バトルオブフェアリーテイルでの勝利は、ナツの中では数に入っていない。
悔しそうに唸るナツに、ラクサスの気持ちは揺らいでいるようだ。同じ能力でも扱う術者でまた強さも変わるのだが、幼い頭ではそこまでの考えはないだろう。

『ナツは、強いほうがいいよね』

『そりゃ、強いほうがいいに決まってんだろ』

はっきりと言いのけるナツに、ラクサスは決心したように頷いた。

『オレ、雷にする!で、ナツが倒せない魔導士をオレが倒すんだ!』

『いあ、無理もが』

どうやって未来の己と戦うのだという否定の言葉はハッピーの手で遮られた。

『ラクサスだったら出来るよ!ね、ナツ』

ハッピーに口を押さえられたままでは話す事はできない。何度も頷いて肯定するナツに、ラクサスは両手の拳を握りしめた。

『オレがナツを守ってあげる!』

『俺は強いから必要ねぇ』

ナツが魔法を教える事はなかった。ハッピーの言うとおり、ナツには他人に物を教えるのは向いていないのだ。
ラクサスは一人で本を読む事が多くなった。ナツも仕事に出る事になって構ってやる事が出来なくなったからちょうどよかったのだ。
そして、やはり才能がある。短期間で微弱な力とはいえ魔法を扱えるようになり始めていたのだから。
しかし、身体の弱いラクサスには無茶だったのだ。魔力とはすなわち術者の生命そのもの。少しずつ蝕んでいたのだ。
マカロフはその事が分かったから、ラクサスに魔法を教える事は止めたのだ。

「……ナツ?」

床に座り込んでいたナツは、名を呼ばれて慌てて立ち上がった。
ベッドに横たわるラクサスを見下ろすと、ナツは頭を下げる。

「悪い!!」

ナツが謝罪している理由が分からなく、ラクサスは瞬きを繰り返した。

「お前が倒れたのは俺のせいだ」

「何で」

ラクサスは身体を起こした。頭を下げているせいでナツの表情は見えない。ラクサスはナツの顔をのぞきこむと、ナツの顔を目にして表情がゆがめた。

「ナツも、オレが魔法使うと、こまるんだ」

ナツが顔を上げると、ラクサスは今にも泣きそうだった。

「ラクサス?」

ラクサスは手の甲で目元をこすると、ナツを見上げた。

「オレ、もう魔法つかわない」

「急にどうし、」

「じーじとナツが困るなら、オレ、魔法なんかつかわない」

ラクサスの瞳から涙が零れた。
ナツとハッピーにはラクサスの考えは何となく察する事が出来た。マカロフが魔法を教えていた時にも同じように倒れ、その時のマカロフとナツがラクサスには重なって見えたのだろう。

「ごめん、ナツ……」

幼い考えでは、心配も困っているのと同じで捉えているのだ。
鼻をすすりながら涙を拭うラクサスに、ナツは小さく息をついた。ラクサスの頭に手を置いて顔を近づける。

「困ってねぇよ。俺もじっちゃんも、ラクサスが魔法使っても困ったりしねぇ」

ラクサスは鼻をすすりながら、震える声をもらした。

「ほんと?」

ハッピーがベッドへと上って、ラクサスの顔を覗き込んだ。

「ナツもマスターも、オイラだって、ラクサスが心配なだけだよ。大好きだから心配なんだ」

大事な孫だから。大事な仲間だから。
関係が違っても、大切に想う気持ちは同じだ。

「まだ難しいかもしれないけど、これだけは分かってよ。オイラ達は何があってもラクサスが大好きなんだよ」

ハッピーの言葉に涙も止まったようだ。ラクサスが潤んだ瞳で見上げると、ナツはにっと笑みを作った。

「俺たち仲間だろ」

ラクサスは照れたように頬を紅色させて、頷いた。

「ありがとう……ナツ、ハッピー」

落ち着いたラクサスを再度ベッドへと寝かせ、眠ったのを見届けてからナツとハッピーは部屋を後にした。

後日からラクサスは魔法をむやみに使おうとはしなかった。その代りに体力をつけるように、身体に負担をかけない程度の訓練を始めた。
心配ごともなくなり、ギルドへと仕事をもらいに来ていたナツとハッピー。早速マカロフに一枚の依頼書を渡された。

「ナツ、このクエストに出てくれんか?」

ナツは、差し出された依頼書に視線を滑らせた。特別な依頼かと思いきや大した事はない。

「じっちゃん、この仕事に何かあるのか?」

「うむ。仕事というより、お前たちにしばらくこの街を離れてほしいんじゃ」

仕事の場所は、ナツが行った事のない国。移動だけでも数日かかるような場所だ。乗り物に弱いナツが酷く遠出をするものは選ばないのは当然の選択だった。
ナツは顔をしかめたが、マカロフの瞳を見てしまえば頷かざるをえなかった。

「じっちゃんが言うなら行ってくる」

「いいの?これすごく遠いよ。乗り物にもいっぱい乗るんだよ」

「う……このぐらい何でもねぇよ」

想像しただけで口元に手を当てて小さく呻っている。誰がどう見ても平気ではない。
マカロフもすまなそうに眉を寄せた。

「悪いんじゃが、明日の早朝には出発してくれ」

「分かった。ハッピー、行こうぜ」

ギルドを出ると、ハッピーは隣を歩くナツを見上げた。

「本当にその仕事うけるの?」

「ああ。じっちゃんがわざわざ言うって事は、俺たちが街にいたらまずいんだろ。仕方ねぇよ」

マカロフが意地悪で街から追い出すような真似をするわけがない。何か理由があるのだろう、それこそ未来から来たナツ達がいたら不都合な何かがあるのだ。
マカロフ宅へとたどり着いたナツ達を迎えたのはラクサスだった。

「おかえりー」

「ただいまー」

「まー」

このやり取りもだいぶ慣れたものだ。
今日のラクサスはいつも以上に機嫌が良い。

「聞いてよ、ナツ!」

ナツの手を取って家へと招きいれる。
ナツは引っぱられながら、ラクサスへと視線を落とした。

「何かあったのか?」

ラクサスは大きく頷くと、ナツへと抱きついた。

「明日、おとうさんが帰って来るんだ!」

ラクサスの言葉にナツもハッピーも言葉を詰まらせた。
ラクサスの父親イワン。マカロフの実子である彼はギルドを破門され街を出て行った男だ。ナツ自身幼かったから記憶にはあまり残っていないが、印象はよくなかった。

「イワンが、帰ってくる」

普通に考えれば、この時代ではイワンは破門にされてはいないはずだ。今まで仕事に出ていたのだろう。
ナツの顔は自然と強張っていた。直接何かをされたわけでもないのに胃がむかつく。

「お父さんのこと知ってるの?」

ラクサスが首をかしげる。
ナツは我に返って、わざとらしく視線をハッピーへと移した。

「いあ、名前だけ聞いた事があったんだよ。な、ハッピー」

「あ、あい!それより、イワンは……」

ハッピーがラクサスに話しかけるのをどこか遠くで聞きながら、ナツは先ほどのマカロフとのやり取りを思い出した。
マカロフがわざわざ遠出をする仕事を渡し、早朝には街を出るようにと告げた。その当日にはイワンが帰ってくる。間違いなく、マカロフはイワンとナツが接触するのを避けている。
イワンが破門にされた時のことなど、ナツは詳しくは知らない。それでも、ギルドに害をもたらす様な人物なのだという事は分かっている。

「ねぇ、ナツ!ナツもお父さんに会ってよ」

考えにふけっていたナツは、目の前のラクサスの顔に目を見開いた。

「……悪いな。明日から仕事だ」

「えー、会ってからじゃいけないの?」

「朝早いから無理だな」

不満そうに唇を尖らせるラクサスの頭を、ナツがぐしゃりと撫でる。

「今回の仕事は俺も始めていく国なんだ。ラクサスに土産買ってきてやるよ」

途端に笑顔を見せるラクサスに、ナツとハッピーも安堵した。これで詮索されないですむだろう。
出発が早朝なため、準備をして早めに就寝についた。初日からずっと一緒に眠っていたラクサスも今日はいない。
ベッドに入ってからだいぶ時間は経つが、ハッピーの目は覚めていた。隣に眠っているナツへと顔を向ければ、同じなのだろう無言で天井を見つめていた。

「ねぇ、ナツ。マスターがオイラ達に仕事渡したのって」

「イワンが帰って来るからだろ」

薄暗い部屋に沈黙が下りる。
ハッピーは生まれたばかりでイワンの記憶などない。破門されている時点で善人だとは言い難い人物だというのは予想がつく。

「よく分かんねぇけど、俺も会いたくねぇ」

はっきりと告げるナツにハッピーは言葉が出なかった。
ナツは、イワンと同じように破門にされたラクサスに対してこんな言い方はしない。ナツが意味もなく人を嫌う事はない。敵視するとしたら仲間を傷つける人物だけだ。

「何か、怖いな」

ハッピーの呟きはナツの体温で消された。
ナツの手の甲がハッピーの額に当てられる。ハッピーが首を動かして隣に横になっているナツへと視線を向けると、同じように首をひねっているナツと目が合った。

「俺がいるだろ」

「……あい!」

ハッピーは笑みを浮かべて頷くと、目を閉じた。眠気に襲われて、少しずつ沈んでいく意識。
夜が更けていく。日が昇ったら、マグノリアを出なければならない。おそらくラクサスが目を覚ます前だろう。残念に肩を落とすラクサスの姿が安易に想像できた。




2010,04,21
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