残ったもの





罪悪感やらいろんな感情が入り乱れて号泣しだしたジュビアを、ルーシィはただ抱きしめてやる。その後落ち着いたジュビアから、惚れ薬を手に入れた経緯からナツが惚れ薬を飲むまでが話された。その間はルーシィの意向で、グレイは鼻血で汚れた体を清めるという名目で帰宅させていた。

「ごめんなさい!」

先ほどからジュビアは謝り続けている。それにフォローするのが女性陣。恋愛云々に関して女性はよく食いつき、何故だか共感する。

「仕方ないよ。女の子だもん、惚れ薬なんてあったら買っちゃうよね」

勝手なことばかり言っているが、使われた方はたまったものではない。男性陣は離れた場所で聞かない振りをしている。

「使ったものは仕方がない。悪気があったわけでもないんじゃ、ナツの魔法を解いて終わりにすればよい。ジュビア、魔法の解き方は聞いておるな?」

「効果は二時間ほどだと言っていました」

「ずいぶんと効果が短いな」

「体内で消化されるまで効果が持続するそうです。永続性でない分強力だから、その時間で既成事実を作るようにとアドバイスも受けました」

怖い。
ギルド内の男性陣の心がひとつになった。これ以上に性質の悪い魔法なんてないのではないだろうか。
マカロフも冷や汗をかきながら、やれやれと言わんばかりに首を振るった。

「それで、ナツが薬を飲んでからどれぐらい経っておるんじゃ?」

ジュビアがぴたりと動きを止めた。ルーシィが時計を見て硬直。
マカロフが首をひねっていると真っ赤に染まったモップを持ったミラジェーンが時計を見上げた。

「もう二、三時間は経ってるんじゃないかしら?」

マカロフはナツへと振り返る。他のギルドのメンバーの視線もいっせいにナツへと向けられた。

「ラクサス、これ美味いから食えよ。あーん」

ナツが、専用メニューである炎パスタをラクサスの口元へともっていくが、そんなものは火竜の滅竜魔導士しか食べることはできない。
苛立たしげにしながらも黙って堪えているラクサスは誰もが驚くところだ。先日のバトルオブフェアリーテイル事件で反抗期が終わって丸くなったのだろうかとギルド内では囁かれている。

「……戻っとらんな」

ナツが元に戻る気配もない。

「時間が経っても戻らないってことは、ナツはこのまま?」

「そういうわけにもいかん。ジュビア、薬を売っていた商人はどこにいたんじゃ。顔は覚えておるか?」

「それなら問題ありません、マスター!」

凛とした声に全ての視線がギルドの入り口に集中する。エルザが仁王立ちしていた。外からの光がエルザの背後をかざす。まるで後光のようにエルザが輝いているようだ。
だがしかし、エルザがギルド内へと入ってくるとそんな考えは一気に失せた。エルザの頬に飛ぶ血。羅刹のような表情で人間を引きずっている。

「エルザ、それは何じゃ?」
マカロフの視線がエルザの引きずってきた人物へと向けられる。
エルザは片手に剣を換装して、足元に転がる人間の顔すれすれに剣をつきたてた。短い悲鳴を上げる者をエルザが一度睨みつける。

「マスター、この者が薬の売人です」

エルザが与える恐怖に売人は体を震わせている。
そんな中、全員に疑問が浮かんでいた。エルザが出て行ったあとに惚れ薬が事件の発端だと解明されたのだ。しかもその話をしていたのはつい先ほど数分ほどしか経っていない。いつエルザは売人を捕らえたのだろう。

「エルザ、やっぱりショックだったのね」

「怖い……」

疑問に思っても聞けるような雰囲気ではない。
マカロフに売人を差し出すエルザ。尋問するまでもないだろう。売人の怯えようから周囲もこの事態は解決につながると思っていた。

「偽物じゃと?」

「貴様、ここまで来て白を切るきか!」

殺意をあらわにしているエルザを遠ざけて、マカロフは売人に話を聞いてみる。
売人が売っていた惚れ薬はすべて偽物だったらしい。もちろん魅了魔法などかかっていない、適当に調合された薬だった。その証拠に売人が所持していた惚れ薬と称される液体を無理やり他の者に飲ませたが何の効果も得られなかった。

「妙じゃな。ナツに魅了がかかっとるのは確かなんじゃが、原因が薬でないとすると」

マカロフの視線がナツへとそそがれる。
ナツはラクサスに抱きつこうとして限界のきたラクサスに雷撃をもらっていた。マカロフは見るに耐えなくて視線をはずした。

「ジュビア、薬を買ってからナツが飲むまでに何かなかったか?」

ジュビアは思い出そうと記憶をさかのぼった。
薬を買った後はすぐにギルドに向かったのだ、それまでは何もなかった。ギルド内に入ってグレイを見つけ、飲み物の中に薬を入れた。

「そういえば、薬の色が変わってました。ジュビア、グレイ様が飲みかけていた飲み物に入れたんですけど、その時の薬の色はピンクでした」

「何じゃと?!」

先ほど売人から奪い取った薬の色は透明。ジュビアの話からすれば明らかな変色だ。そうなると、ジュビアの手に渡ってから薬に変化がおきたという事だろうか。

「でも、他には何もなかったと思います」

薬が原因ということは間違いないとしても、魔法の解き方が分からなくては意味がない。
ラクサスは諦めたようでナツの好きなようにさせていたし、実の孫のあんな姿を見るのは妙な気分だが仕方がないと、マカロフは思い立ったように立ち上がった。

「ポーリュシカに頼めればいいんじゃが、遠出しておってな連絡を取れても時間がかかる。手紙は出しておくが魔法の効力も自然と消える可能性もある。……害もないんじゃ、ナツの事は暫く様子を見よう」

「じゃぁ、ナツこのまま?!ていうか、ハッピーが死んでる!」

ルーシィは白くなっているハッピーを抱きかかえた。呼んでみるが応答がない。まるで屍のようだ。

「ラクサス?」

いきなり席を立ったラクサスにナツが首をかしげる。

「ガキのままごとに付き合うつもりはねぇ。俺は帰る」

「じゃぁ、俺も」

ナツは席を立ってラクサスに引っ付いた。数秒間ギルド内は静寂に包まれる。ルーシィが恐る恐る手を上げた。

「ナツ、どこに帰るの?」

「決まってんだろ。ラクサスん家……ぐぎゃぁ!!」

天井をつきぬけてきた雷がナツに命中した。
とうとう天井に穴が空きミラジェーンが少し残念そうに眉を下げた。ナツは黒焦げになりながらもラクサスから離れようとはしない。

「いい加減離れろ、ナツ。しまいには消す」

「う……やだー!!俺ラクサスと離れんのやだ!ラクサスのこと好きだから一緒にいたいもん!」

「誰これ?!こんなナツ初めて見た!」

怖すぎる。
ルーシィが怯えている中、ギルドの中の人数が少しずつ減っていった。いろんなものに対しての恐怖がギルドに居づらくしているようだ。このままでは経営にまで影響が出てしまう。
ミラジェーンは苦笑してマカロフに耳打ちした。

「マスター、ナツをラクサスの家にお泊りさせてあげたらどうですか?惚れ薬の効果を消す魔法として、口づけや解毒剤……好きな相手と満足するまで時間をともにするというのを聞いたことが……あるようなないような」

明らかに適当だ。最後の部分を聞き取りづらいように誤魔化すミラジェーンに、マカロフは分かっていながらも頷いた。
このままだとギルドが壊されそうだから。

「そういうことじゃ。ナツのことを頼む、ラクサス」

「ふざけんなよ。クソジジィ」

まるでラクサスは人身御供状態だ。しかしマカロフの頼みだとしても、ラクサスがあっさりと引き受けるのは難しいだろう。
ミラジェーンは頭を悩ませ、ナツに聞こえないぐらいにラクサスへと囁いた。

「ナツの魔法は解きたいけれど、解毒剤を作るにしてもポーリュシカさんはいないし、あとは……ラクサスがナツにキスするっていうのしかないんだけど」

「ふざけんじゃねぇ!!」

「でしょう?それに可能性でしかないから、万が一ラクサスがキスをしても戻らなかったら」

恥かき損な上にナツの恋心に拍車がかかる。さらにギルドの人間からどういう風に見られるか分かったもんじゃない。想像しただけで目眩がおきそうだ。

「でも、それ以外方法がないのよ。今ラクサスと離れ離れにしたらギルド壊されそうでしょう?」

というか壊される。
ギルドを大事に思うナツが自分の思いのまま壊すとは思えないが、暴走してうっかりということも考えられなくもない。特に今のナツの状態は正常ではないのだ。

「ラクサスだって、妖精の尻尾壊されたくないでしょ」

「それに、ナツが必死で妖精の尻尾を守ったのは分かっておるじゃろう。ラクサス、お前の事もそうじゃ」

若気の至りで引き起こしたバトルオブフェアリーテイル。その件を出されるとラクサスには痛い。ナツが止めなければ取り返しのつかない事になっていただろうし、ラクサスにしてもナツに借りを作ったままでは癪に障る。
口のうまいミラジェーンと祖父の言いくるめられ、苦渋の選択は二人を喜ばせるものだった。

「これで、こいつへの借りはなしだ」

「よかったですね。マスター」

「頼んだぞ、ラクサス」

ラクサスは舌打ちをして歩き始めた。もちろん引っ付いているナツをそのままで。
周囲にハートを飛ばしているナツにうんざりしながらも過酷な試練は決定事項となってしまった。

ラクサスを見送ったギルドのメンバーは騒然とした。ラクサスがナツを持ち帰った事だ。聞こえはよくないが間違いではない。週刊ソーサラーに知られて記事にでもなったら、それこそラクサス反抗期の再来だ。
ルーシィがハッピーを抱きしめたままミラジェーンに近寄る。

「ミラさん、魅了魔法を解く方法って、き、き、キスするって本当ですか?」

顔を赤くして訊ねてくるルーシィに、ミラジェーンはにこりと微笑んだ。

「知らない」
「え?でもさっき」

「あれはラクサスを言い包める……説得するためよ」

「言い包める?」

「ナツが暴走したら本当にギルドが壊されそうだし、今はこれが最善の策なの。それに、あながち間違っていないかもしれないわよ?おとぎ話でもよくあるじゃない、王子様のキスで目を覚ますお姫様」

楽しそうに笑うミラジェーンに、マカロフは困ったように頬をかいた。

「ナツが暴走しても止めればいいんじゃが、魅了はちと厄介だからな。魔法にかかっているとは言えナツの気持ちを考えるとのう。あえて傷を残す方法を選ばなくてもいいじゃろ」

「マスター……」

そこまで考えていたとは思わなかった。
感動に涙を滲ませるルーシィ。話がきれいにまとまりかけようとしているところにミラジェーンが横槍を入れた。

「それに、面白いじゃない」

「酷ッ!!」

そんなこんなで、ナツはラクサスに連れられてラクサスの家へと居座ることになったのだが、食事など済ませて就寝時間にまた問題が発生した。寝る場所だ。ラクサスの家に余分な寝具があるわけがない。そうでなくてもナツはラクサスから離れる様子はない。

「ラクサスと寝れるなんて嬉しいぞ」

「うるせぇ、さっさと寝ろ」

ベッドに男二人。何がどう間違ったのかと、ラクサスは言いくるめられた自分を呪った。隣でナツが嬉しそうに笑いながら、よかった、と呟いた。

「ラクサスが出て行かなくて、俺嬉しいんだ」

魔法にかかったナツの異常な言動に悩まされたが、今回のナツの台詞には少し動揺した。
わずかに見開いたラクサスの瞳がナツを捕らえる。

「俺、ラクサスと一緒に居てぇんだ。どこにも行くなよ」

擦り寄るようにして抱きついてくるナツに、今回はなぜだかラクサスも無下にあつかう気にはなれなかった。
ナツの瞳から涙が零れシーツを濡らしていく。

「どこにも、行くなよ」

涙声が薄暗い部屋に落ちる。電気が消えているからはっきりとは見えないが、泣いていることは分かった。
ラクサスはナツの頭を軽く小突く。

「俺は、妖精の尻尾以外に興味はねぇ」

自分の居場所なのだと。はっきりとは言わないが、ラクサスの言葉を汲み取ったナツが頷いた。

「寝ろ」

暫くして、ラクサスの言葉に従うようにナツは寝息を立て始めた。
それを確認して、ラクサスは上体を起こす。寝つきのいいナツはそれぐらいでは気づかない。

「めんどくせぇガキだよ、てめぇは」

涙で濡れている睫毛を親指で触れるとわずかに水滴がついた。それを舌で舐めとって上体をかがめる。顔を近づければ、口元にナツの吐息がかかった。それを塞ぐようにラクサスは己の唇を合わせる。
ナツから、ん、と小さく声が漏れて、ラクサスは唇を開放する。

「……これで、貸し借りなしだ。ナツ」

自分でも驚くほどに嫌悪感はなかった。ラクサスは溜め息をついてベッドに体を沈める。
隣では眠っているはずのナツが幸せそうに微笑むのだった。







朝になれば、ナツの魅了魔法は解けていた。ミラジェーンが適当に言ったことが的中したのか、それともただ効果が切れたのか分からないが、目が覚めた時のナツはすっかり元通りになっていた。

「目ぇ覚めたらラクサスん家にいんだもんなー。いったい何があったんだ?」

ギルドに来ていたナツは、泣付いてくるハッピーを体に引っ付けたまま困惑したようだった。薬の効果がきれて、その間の記憶も消え失せたようだ。
あの状態の自分を忘れられたことが幸せかもしれないが、あいにくとあの場にいた者の記憶は残ったままである。

「まぁ、いいじゃない。無事でよかったわよ」

ルーシィも適当に答えるしかない。

「無事?」

「ううん、何でもない。気にしないで!」

笑って誤魔化しているルーシィの視界に、ナツに熱視線をおくるグレイがいる。ジュビアはこんな状態のグレイに衝撃を受けて熱を出してしまったし、まだ問題は消えなさそうだ。精神が持つだろうか。
テーブルに倒れこむルーシィ。その前に座るエルザが小さく咳払いをした。

「ナツ、そのだな……お前は私が嫌いか?」

「何だよ、急に」

急なエルザの問いかけに、きょとんと首をかしげるナツ。何の前振りもない唐突な質問だが、昨日の一件を知っている者にとっては、エルザに同情してしまう節がある。
じっとナツを見つめて返答を待つエルザにナツは困惑したまま口を開いた。

「嫌いなわけねぇだろ」

はっきりとそう告げるナツに、エルザはきれいに微笑んだ。

「そうか、私もだ」

あまりにも綺麗な笑みを作るものだから、余計に周りからの同情は大きくなった。
ナツも嬉しそうに笑っていたのだが、突然立ち上がった。

「ラクサス、仕事行くのかよ?」

「見れば分かんだろ」

依頼書をもってマカロフと話をしていたラクサスが少し離れた場所に居るナツへと振り返った。
そんなラクサスにナツは不満げに唇を尖らせる。

「何だよ、仕事行くなら一言言えよな!」

「うざってぇ」

マカロフに依頼書を渡したラクサスがギルドへと出て行こうとする。ナツの側を通り過ぎる瞬間、ラクサスの手がナツの頭へと伸びる。
その手は、少し乱暴に頭を撫でるとすぐに離れた。

「行ってくる」

一瞬驚いたナツだったが、すぐに我に返り、出て行くラクサスを振り返った。

「おぉ!!」

満面の笑顔で手を振るナツと、それに返すように背を向けたまま手を上げるラクサス。
今までありえなかった光景に、ギルド内が騒然となった。やはりまだ問題は続いていくようだ。




2009,12,15
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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