昇格試験
毎年年末に行われるS級魔導士昇格試験。
試験の出場者が発表されたギルド内は、いつも以上に賑わいを見せていた。
「とうとう来たか」
「今年の本命だな」
ギルド中が注目する、今年の試験が初出場になった人物。
ナツはその人物へと駆け寄った。
「やったな!ラクサス!」
まるで己の事の様に興奮するナツの瞳にはラクサスの姿。
何事にも無関心のラクサスだが、出場者に選ばれた今日は機嫌がよさそうだ。
「ぜったいS級になれよ!」
ラクサスはナツの頭をぐしゃりと撫でた。
「当り前だ」
ラクサスは口端を吊り上げた。その自信に満ちている表情に、ナツはぞくぞくと身体を震わせた。
ラクサスはようやくナツの様子に気が付いた。何にでも興味を示す大きな目が、かつてないほどに輝いている。
嫌な予感がして早々にギルドを出て行こうとしたラクサスだったが、その前にナツに服を掴まれてしまった。
「オレがラクサスのパートナーになってやる!」
やはりそう来たか。
予想通りのナツの言葉に、ラクサスは溜め息をついた。
S級魔導士昇格試験は、出場者とそのパートナーで二人一組になるのが決まりだ。ラクサスもパートナーを誰にするか考えあぐねていた所だったが、ナツを選択内に入れてはいない。
「断る」
「な、なんでだよ」
何でも何もない。ラクサスにとってようやくS級になれる好機なのだ。パートナーにするならそれなりに力のある人物を選びたいと思うのは当然だろう。ナツではまだ幼すぎて力も弱いのだ。
「オレ以外に誰がラクサスのパートナーになるんだよ!」
「少なくともてめぇじゃねぇよ」
ナツはラクサスの言葉に、悔しそうに呻った。
涙を浮かべはじめたナツに、ラクサスは小さく息をついた。
ナツは分かっていないのだ。試験ではS級魔導士とも戦う事になるのだ。試験を妨げる魔導士達も、手加減をすると言っても力がある事に変わりはない。危険も伴う。
「ナツ」
俯いてしまったナツだが、ラクサスが名を呼べば反射的に顔を上げる。
「俺はS級になって戻ってくる」
ナツの涙で覆われた瞳がラクサスを見つめる。
だから。ラクサスが続ける。
「お前はここで待ってろ」
きょとんとしたナツだったが、その表情はすぐに笑顔に変わった。
「おお!約束だからな!」
うまく纏まったところで、ミラジェーンが通りがかりざまに呟いた。
「今のってプロポーズか?」
揶揄するような笑顔付きだ。
ナツの笑顔と違って何とも腹立たしいその表情にラクサスは顔を引きつらせた。
「ぷろ……なんだ?」
「てめぇは知らなくていい」
首をかしげたナツに言ったラクサスは、周囲の生暖かい視線に気づき、それを睨めることで鎮めた。
慣れているマカオやワカバは馬鹿みたいに笑っているが、それは見ない事にした。
これで落ち着いた。そう気を抜いた瞬間だ、ぞくりと冷たいものを感じてラクサスは振り返った。いつの間にか背後に立っていたギルダーツが笑顔で見下ろしてきていた。
「手加減できなかったら悪いな」
笑顔が胡散臭い。
冗談とも思えないギルダーツの言葉にラクサスは不愉快に顔を歪めたのだった。
20100930