来世こそ(ラクと幼少ナツ)
夏が終わり秋に入る頃、毎年の様に眠れない日が来る。
「ラクサス!ラクサス!」
眠っていたラクサスの身体を必死に揺さぶる幼い手。
大きな猫目には涙を浮かべ、嗚咽を漏らしながらも、必死に名を呼ぶ。
「……どうした。ナツ」
ラクサスは、重い瞼を開いて手を伸ばす。柔らかい桜色の髪を撫でてやると、ナツは涙をこぼしながら身体にしがみ付いた。
「また見たのか?」
数年前からだ。この時期、ナツはこうして夜中にラクサスの部屋に訪れる様になった。嫌な夢を見るというのだ。
眠るとまたその夢を見てしまうからと、何故か父親でも誰でもないラクサスの元へと訪れる。
今まで誰も夢の内容を聞いた事がなかった。いつも前向きなナツが苦しむほどの夢なのだ。聞かない方がいいと思っていた。しかし何年も続くと痛々しいを通り越して奇妙だ。
ナツはベッドの中へと潜り込むと、離さないとばかりにラクサスにしがみ付いた。
「ラクサス、どこにも行かねぇよな……」
しがみ付く手が震えている。
ラクサスはナツの頭をぐしゃりと撫でた。
「お前、どんな夢見たんだ」
これで嫌いな食べ物が化け物になって襲ってくると言ってきたら笑えたのだが、ナツは今にも死んでしまいそうなほどに身体を震わせた。
「ナツ?」
ナツの反応が異常だ。
ラクサスが上体を起こすと体温が離れる。ナツはすぐにラクサスに抱きついた。
「……なるんだ」
ラクサスの問いに答えようとしているのだが、声が震えていて聞き取れない。
ラクサスが黙っていると、ナツは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「ら、ラクサスが、いなくなるんだ」
「俺が?」
ラクサスが訝しんでいると、ナツは嫌がる様に首を振るった。
「オレになんも言わないで、ひとりで、どっか行っちまうんだ……」
ナツの夢では、ラクサスは姿を消したのだろう。どんな経緯でそうなったのかはナツの口からは聞けそうにない。
ただ、夢とはいえラクサスが姿を消してしまうという事が、ナツを傷つけているのは確かだ。
ラクサスはナツの両頬を手で包むと、顔を上げさせた。しゃくり上げながら見上げてくるナツに、ラクサスは安心させるように笑みを浮かべる。
「俺が居なくなるわけねぇだろ。こんな泣き虫なガキを置いて行ったら面倒くさくて仕方ねぇ」
「でも、夢では」
ラクサスは親指の腹でナツの頬を撫でた。
乾いていない涙で濡れるのを感じながら、ただナツの瞳を見つめる。
「お前の目には俺が映ってんだろ」
ゆっくりとナツが頷いた。
「心配なら、そのデカイ目でちゃんと見張ってろ」
ナツはぐすりと鼻をすすって、自分の頬を包んでいるラクサスの手を掴んだ。
「嘘じゃねーよな?約束だぞ」
ラクサスは頷くと、ナツをベッドへと寝かせた。
「もう寝ろ。お前が寝付くまで見ててやる」
ラクサスが身体を倒すと、その腕の中へとナツが潜り込んだ。
安心したのだろう、すぐにナツから規則正しい寝息が聞こえ始めた。
それに安堵して、ラクサスは柔らかい髪を撫でてやりながら瞳を閉じた。
「安心しろ。二度と置いてかねぇよ」
ラクサスの口から無意識に零れたその言葉は、誰にも聞かれる事なく闇に消えてしまったのだった。
20100927