自室
「今日ミストガンの誕生日じゃねぇか!」
朝目が覚めてカレンダーに視線を向けたナツは、日付を確認して項垂れた。
今この時になるまでミストガンの誕生日を忘れていたのだ。もちろんプレゼントを用意しているわけがない。
「ミストガンは毎年プレゼントくれんのに……」
家を出た去年もプレゼントを送ってくれたのだ。会いに来ようとしたが仕事が忙しいからと断念したらしい。それでも電話で祝いの言葉をくれた。
今から何か準備できないかと思考を巡らせていると、携帯電話から着信を知らせる音が鳴り響いた。
噂をすればと言うやつだ、着信主はミストガンだった。
ナツは一瞬迷いながらも携帯電話の通話ボタンを押して、電話を耳にあてた。
『おはよう。ナツ』
「ミストガン、あ、あのさ、」
『どうした。元気がないな』
訝しむミストガンの声。
いつものナツなら例え姿が見えなくとも、まるで目の前にいると思わせるほどの勢いがある。そんなナツが戸惑いを見せているのだから、ミストガンの反応も当然だろう。
『何かあったのか?』
心配そうに声を落とすミストガンに、慌てたナツが否定するように声を上げた。
「違ぇんだ!……今日はミストガンの誕生日だろ。それなのに俺、忘れてて」
少し間をおいて電話越しで聞こえたのは溜め息だった。
怒られるのだと目を閉じて備えたナツの耳に、力が抜けた様な声が入ってくる。
『よかった。お前に何かあったのかと思った』
「……怒ってねぇのか?」
『何故怒る必要がある。ナツは、ちゃんと思い出してくれたんだろう』
ミストガンの言葉は、先ほどまでの沈んでいたナツの気持ちはあっさりとすくい上げてしまった。
心が軽くなった気がして、ナツは自然と笑みを浮かべていた。
「誕生日おめでとう。ミストガン」
『ありがとう。ナツ』
電話越しでも伝わるほどにミストガンの雰囲気が和らいだ。
甘さを含んだような声に、思わず胸が高鳴る。ナツはそれを隠す様に、あ、と声を上げた。
「ぷ、プレゼント、今日買って送るからな!」
『それも嬉しいが、プレゼントよりもナツの顔が見たいな』
ナツとて会いたくないわけがない。距離も離れているわけではないが、学校のある今日は無理があるだろう。
「じゃぁ、次の休みに」
『今会いたい』
強請るような言葉はミストガンには珍しい。
返答に困って言葉を詰まらせるナツに、ミストガンはくすりと笑みをこぼした。
『ナツ、今から出てきてくれないか』
「は?出るって、どこに」
『寮の外』
そう一言告げて通話は切れてしまった。
携帯電話から聞こえる無機質な音をしばらく聞いていたナツは、携帯電話を閉じて頭を働かせた。
「寮の外って、まさか」
まだパジャマ姿だったのだが、そんな事を気にしている余裕はない。ナツは部屋を出た。
寮の外で出てくるように言ったミストガン。それまでの会話を思い出し、淡い期待が生まれる。
パジャマ姿で廊下を疾走するナツの姿に、すれ違った寮生が驚いて振り返る。それにも構っていられずに寮の外へと飛び出した。
爽やかな朝の日差しに照らされた青髪が目に入り、ナツはその名を紡いだ。
「ミストガン!」
止めている車に背を預けて立っている義兄ミストガンの姿。
整っているその顔は、ナツを確認して柔らかい笑みを浮かべた。
「ナツ」
ナツはミストガンに駆け寄り観察するようにじろじろと見つめる。
見間違えるわけがない間違いなく本物だ。
「何でここにいるんだ?仕事は」
「どうしてもナツに会いたくて少しだけ時間を貰ったんだ。元気そうで良かった」
髪をすく様に頭をなでられ、ナツは頬を紅色させた。
ナツにとってミストガンはいつでも自分を支えてくれる優しい兄。憧れの存在なのだ。
「少しって、どれくらい居られるんだ?」
「一緒に食事をとれるぐらいだな」
期待に目を輝かせるナツからミストガンの手が放される。
「学校には連絡しておく。少しだけ付き合ってくれないか?」
「おお!すぐ着替えてくる!」
ナツは身を翻して寮の中へと戻っていったのだった。
20100925