ライブハウスFAIRY TAIL
「遅ぇ」
その日ナツはルーシィと待ち合わせをしていた。
しかし待ち合わせ時間を過ぎてもルーシィが現れる気配がない。ナツが遅れる事はあっても常識人であるルーシィが遅れる事など滅多にないのに。
「何やってんだよ、ルーシィの奴……げ、メールと着信がすげぇ」
ルーシィに連絡を取ろうと携帯電話を開けば、着信とメールが何通も来ていた。送り主は全てルーシィ。マナーモードにしたままだったから気がつかなかったのだ。
ナツはメールを全て読み終えると携帯電話を閉じた。
メールには、今日は行かれないという旨が書かれていた。何でも前に門限を破った事が寮母にばれて外出を禁止されたらしいのだ。
ナツは不満そうに目の前にある建物を見上げた。看板には「FAIRY TAIL」と書かれている。マグノリア内でも知れ渡っているライブハウス。
今日はルーシィに誘われてライブを見るはずだったのだ。
バンド名は雷神衆。インディーズでも有名なバンドだ。音楽に興味がないナツはルーシィに誘われるまで知らなかったのだが。
「楽しみにしてたのによー」
ナツがライブハウスに来たのは今回が初めてではない。一人では行きづらいからと半ば無理やりルーシィに連れてこられた。その回数が今回で二桁になったところだった。
ナツもいつの間にか雷神衆の作りだす曲に惹かれていったのだ。最初は気が乗らなかったものの、今ではルーシィが誘ってくれば飛びつく程だ。
「チケットはルーシィが持ってんだよなぁ」
雷神衆のライブは人気で、チケットはすぐに売り切れるらしい。ルーシィはコネを使って毎回手に入れていたのだ。
すでに開場時間は過ぎていて、ライブ開始まで間もなくだろう。
突っ立っていても仕方がない。寮に帰ろうと、ナツがライブハウスに背を向けた時だった。
「入らないのか?」
振ってきた声と同時に、ナツは踏み出そうとしていた足を止めた。
まるで行く手を阻む様に男が目の前に立っていた。その顔は何度も遠目で見てきた顔。深緑の長い髪を青年。
「あ、お前」
ナツが口の開閉を繰り返していると、青年は小さく笑みを浮かべた。
「いつも来てくれる子だろう。今日は来ないのか?」
雷神衆のベースを担当しているフリードだった。
じろじろと眺めるナツに、フリードは首をかしげた。
「どうした?」
「あ、いあ、今日もライブ見にきたんだけど、ルーシィがチケット持ってるから」
名前を出されても分からないはずだが、フリードは納得したように頷いた。
「いつも一緒にいる女の子か。その子はどうしたんだ?今日も一緒なんだろう」
「来れなくなったんだよ」
思い出せば再び募ってくる不満。口を尖らせるナツにフリードは小さく噴出した。
「それなら、俺が招待してもいいか?」
「へ?どういう、」
きょとんとするナツの手をフリードの手が掴んだ。そのままナツの手を引いて、フリードは建物の地下へと降りライブハウスの中へと入った。
入ってすぐの受付に一言告げるとナツへと振り返り、フリードはメモのような紙の切れ端にペンを走らせると、それをナツの手に握らせる。
「ライブが終わったら楽屋に来てくれ」
フリードはそう言い残して行ってしまった。
ナツは握らされた紙切れへと視線を落とす。電話番号とは違う数字の列とサインが書いてある。
「……つーか、何でだ?」
何度もライブには足を運んだが、最前列へといるわけではない。むしろ遠巻きに見ているという方が正しいのだが、フリードはナツを知っている様な口ぶりだ。
「もしかして、客の顔全部覚えてんのか?」
それだとしたら凄い。素直に尊敬できる。しかし、ナツの憶測は外れるのだった。
ライブを終えても未だに熱気が覚める事はないライブハウス。
ナツは近くにいた従業員へと声をかけてフリードに渡されたメモを見せた。するとすぐに奥へ通されて、一室の前まで連れてこられた。バンドの楽屋だ。
去っていく従業員を見送り、ナツはそっと扉を開いた。中では数人での会話が飛び交っていたのだが、ナツが顔を覗かせたと同時に視線が集中する。
楽屋の中には雷神衆のバンドメンバーが揃っていた。
先ほど会ったフリードから始まり、ドラムのビックスロー、キーボードのエバーグリーン。そして、ギターボーカルのラクサス。
ナツが楽屋内をぐるりと視線を彷徨わせていると、ラクサスと視線があった。
ラクサスは驚いたように目を見開いている。それはそうだろう、明らかに関係者でもない見知らぬ人間が入って来たのだから。
「よく来てくれたな。さぁ、入ってくれ」
入り口で立ち止まったナツにフリードが歩み寄ってきた。ナツは中へと導かれ、椅子に座らせられる。
静かな部屋で全ての視線が集まっている。居心地の悪さにナツが身じろぐと、フリードが缶ジュースを差し出してきた。
「そう緊張するな。別に悪意はない」
ナツは頷いて缶ジュースを受けとると、蓋をあけ一口口に含んだ。甘味のあるスポーツ飲料が喉をうるおし、緊張をほぐしてくれる。
落ち着いたように一息ついたナツに、今まで黙っていたビックスローが口を開いた。
「つーか、こいつあの桜の子だろ?」
「やっぱりそうよね。ライブの時は暗いからよく見えないけど」
エバーグリーンも観察するようにナツをじろじろと見る。
しかし二人の視線よりも痛いほどに強い視線が先ほどから続いていた。
「ラクサス、そんなに見たら穴が開くぞ」
呆れているフリードの言葉通り、楽屋に顔を覗かせてナツと視線があったその時からラクサスの視線は逸らされないままナツへと向いていた。
見ない様にしていたナツが流石に気になりちらりと視線を向ければ、ラクサスは顔をそむけてしまう。
「見てねぇよ。こんなガキなんか見ても仕方ねぇだろ」
「ガキじゃねぇ!」
ラクサスの言葉にナツが勢いよく立ちあがった。
目を吊り上げて睨む姿は威嚇する猫の様だ。しかしラクサスは、まるでナツを視界から追い出す様に目を閉じてしまった。
その行動が更にナツの苛立ちを増させる。
「すまない。あれはラクサスなりの照れ隠しなんだ」
ナツを宥めようとして出たフリードの言葉に、ビックスローやエバーグリーンが噴き出した。
笑いをこらえる様に身体を震わせる二人に、ナツがきょとんと首をかしげる。ラクサスの行動をどう見たら照れ隠しになるのだろう。
「くだんねぇ……」
苛立ちを含んだ声が響く。
荒々しく足取りで扉へと向かうラクサスにフリードが呼び止める。
「どこへ行く気だ。ラクサス」
「帰んだよ。片しはてめぇらでやっとけ」
有無を言わさぬ声と共に睨まれては止める事は出来ない。
出ていくラクサスの背を見送って、フリードは溜め息をついた。
「何だよあいつ。俺なんかしたか?」
窺う様なナツの目に、フリードは苦笑した。
「良い機会になればと思ったんだが、余計だったな」
ビックスローやエバーグリーンは理解しているようだが、ナツには全く分からない。訝しむ様に顔を顰めていると、フリードが口を開いた。
「よければ名前を教えてくれないか?」
ナツは雷神衆のメンバーの名前を知ってはいるが、逆はない。
「俺はナツ。今日はありがとな」
遅くなってしまったが、チケットがないのにライブに入れてくれたのだ。素直に礼を言うナツに笑みを浮かべてフリードは繰り返す様にナツの名を紡いだ。
「ナツ、次からはパスで入れるようにしておく。チケットがなくとも受付で名を告げるだけでいい」
無料でライブを見られるという事だ。
「い、いいのか!?」
表情を輝かせるナツの瞳は、汚れのない純粋さがある。
食いつく様なナツにフリードは一瞬目を見張ったが、すぐにそれは笑みに戻った。
「是非来てくれ。ラクサスも喜ぶ」
ラクサスの名が出るとナツの表情は歪んでしまった。
じとりとフリードを見つめるナツの疑う様な視線に、フリードは目を閉じ思い出す様に少し間をおいて口を開いた。
「ラクサスの曲が変わった事に気付いてくれたか?」
いきなり問われナツは慌てて思考を働かせた。何度も見に来ているライブ。その分曲を聞いてきたし新しい曲も増えている。
「うーん。そういや、最近は何か違ぇな。ルーシィもそんなこと言ってた」
激しさがある雷神衆の曲。歌詞を紡ぐラクサスの声も荒く、バンド名の如く雷を連想させる。それが最近の曲は微かに優しさが見えるのだ。
先ほどライブで聞いたばかりの曲が頭の中で流れる。ナツがどこか遠くを見つめて曲に浸っていると、フリードがゆっくりと目を開いた。
「お前を見つけてからだ。ナツ」
フリードの言葉で脳内に流れていた曲が止まった。
顔を上げたナツの目には、優しいフリードの目がある。
「お前を見つけてから、ラクサスの曲は穏やかになった」
ありがとう。
礼を告げてきたフリードに何も言えないまま、ナツは門限があるからとライブハウスを後にしたのだった。
20100923
ラクサスの出現場所は主にライブハウス。
通い続けると今回の様なイベントが発生してお近づきになれます。
更に通い続けてください。新密度が上がっていくはずです。基本ですね。