手
ルーシィと下校していた時だ。寄り道しようと駅前のファーストフード店へと向かっていた途中で、いきなりルーシィが立ち止った。
ぼうっとするルーシィの視線の先へと目を向ければ、そこには一組のカップル。
「知ってる奴か?」
顔を覗き込んでようやくルーシィは反応を示した。
間近に迫っていたナツから顔をそらし、恋人たちをちらりと見て溜め息をついた。
「変な奴だな」
「変ってなによ……あ、そっかぁ」
訝しむナツに、ルーシィはにやりと笑みを浮かべた。
「ナツはいいわよねぇ。かっこいい彼氏がいるんだもん」
「べ、別にラクサスはそんなんじゃねぇ!」
否定するナツの顔は赤くなっていて説得力がない。それ以前にルーシィは名前を出していなかったのに、ナツ自ら告白しているようなものだ。
ルーシィは笑みを深めてナツの顔を覗き込む。先ほどとは逆で、ナツが顔をそらした。
「やだ、照れてんの?かわいー」
ルーシィの指がナツの頬をつつく。
からかわれているのだと分かり、ナツは不機嫌に口元を歪めた。そんな表情も幼くて可愛く見えてしまう。
「ごめん。奢ってあげるから機嫌直して」
ルーシィはナツの背後に回ると背を押し始めた。
奢りという言葉に気分が良くなり始めたナツの視界に、先ほどルーシィの気を引いた一組のカップルが目に入る。
ちょうどすれ違った時だ、仲良く繋いでいる手に視線が向いた。
「なぁ、ルーシィ。今のってなんだ?」
ナツは肩越しにルーシィへと振り返った―――――。
「……で、何なんださっきから」
訝しむ声に、ナツはびくりと体を震わせた。
今日は休日で、ラクサスとナツは映画を見るために出掛けていた。
まだ待ち合わせ場所で会って数分しか経っていないのだが、そんな短時間でもラクサスが問いたくなるほどにナツの行動は妙だった。
「な、何でもねぇよ」
わざとらしく目をそらすナツにラクサスは小さく息をついた。隠し事が苦手なナツが人を欺けるわけがない。
ラクサスはじっとナツを見下ろしていたが、興味が失せたように視線を前へと戻した。
「分かった。もう聞かねぇ」
すでに目の前まで来ていた映画館が入っている建物。まるでナツを置き去りにするようにラクサスは建物の中へと入っていく。
「あ、ら、ラクサス!」
ラクサスが怒ってしまったと、慌ててナツが追いかける。しかし、建物に入ったはいいがラクサスの姿がなかった。一瞬のうちに姿を消せるわけもないのだが、入り口近くに設置されているエレベーターを見ればちょうど上ったばかり。
「くそー映画館って何階だよ……ラクサス、先に入っちまったかな」
「なわけねぇだろ」
耳元で囁かれた声に振り返れば、ラクサスが立っていた。
「お前、先に行ったんじゃ……つか、どこにいたんだよ!」
ナツの問いに、ラクサスは顎で場所を指し示した。入口から入ってエレベーターとは逆側の方だ。ラクサスはその壁に寄りかかっていたのだが、ナツが気付かなかったのだ。
安堵の溜め息をもらすナツの頭にラクサスの手が置かれる。
「行くぞ」
上階行きのエレベーターが来たのだ。
扉が開いたそれに乗り込むと、ナツは俯いた。数人しかいないエレベーター内は微妙な静けさで、今のナツには居心地が悪く感じた。
「なぁ、さっきの事なんだけどさ」
ナツの声に隣に立つラクサスが視線を向ける。ナツは口ごもりながらも続けた。
「手、繋ごうと思ったんだ」
「……あ?ガキじゃねぇんだぞ、何考えてんだ」
「違ぇよ」
ガキと言う単語はナツの気に入らない言葉の一つだ。むっと顔を歪めてラクサスを睨みつけると、ラクサスの手を掴んだ。
ラクサスの手と己の手のひらを合わせて指を絡めて握る。
「こういうやつだ!」
俗に言う恋人繋ぎ。ルーシィに、恋人同士の特別な手の繋ぎ方だと教えられてからナツは気になっていたのだ。
ナツの行動に呆然としたラクサスだったが、他の乗客の視線が集まっているのに気付いて、ナツの手を振り払った。
「くだんねぇ事すんじゃねぇ」
ちょうど映画館のある階へとたどり着き、ラクサスが先にエレベーターを出ていく。それにナツは苛立ち気に床を蹴りながら後を追った。
そこからナツの機嫌は悪かった。映画のチケットを購入し、席についてもナツはラクサスの顔を見る事はない。
「いい加減にしろよ。ナツ」
ラクサスもナツの態度を腹立たしく感じていた。
上映が始まっていないとはいえ、休日の映画館はそれなりに客がいる。声を落として咎める言葉をかけるが、ナツは聞こえていないとでも言う様に反応を返さない。
「……勝手にしろ」
ラクサスのこの言葉にはナツも微かに身体を揺らせた。
喧嘩をしてラクサスがこの言葉を吐いた時は、怒りを通り越して呆れているのだ。
「ラクサス、俺」
ナツが振り向いたと同時だ。館内にブザーが鳴り響きの照明が落ちた。上映が始まるのだ。
ナツは言葉を飲み込んで、スクリーンへと視線を向けた。
本編が始まって間もなく、ナツはびくりと体を跳ねさせた。肘置きに置いていた手が体温に包まれたのだ。
ナツが驚いて隣へと顔を向ければラクサスは真っすぐにスクリーンを向いていた。しかし照明がなくとも見える。手へと視線を落とせば、ラクサスの手がナツの手に重なっていた。
ラクサスの手が撫でる様に動きナツの手を握る。手のひらを合わせて指をからめた。先ほどエレベーター内でナツが行ったのと同じ、恋人繋ぎだ。
「ラク、」
名を呼ぼうとしたナツの言葉を止める様に、ラクサスはナツの手を強く握りしめた。
ナツはスクリーンに向きなおすと、最小限に声の音量を落として、言葉を紡ぐ。
「何だよ。さっきは嫌がってたじゃねぇか」
「人目のある場所でやるからだ」
「今はいいのかよ」
口を尖らせるナツを横目で見たラクサスは笑みを浮かべると、ナツへと身体を傾けた。
視界に入って来たラクサスの顔に、ナツは息をつめた。そして、唇に触れる体温。ナツが状況を判断する前に、それは離れていった。
「この位までならな」
ラクサスに耳元で囁かれてナツは我に返った。
ゆっくりと働きだす思考で、ようやくラクサスに口付けられたのだと理解できた。
「うー、くそ……映画に集中できねぇ」
顔を赤くしたナツの身体が、ずるずると座席から滑り落ちていく。それでも、繋いだ手が放される事はなかった。
「映画ぐらい何度でも連れてきてやる」
ラクサスの言葉は魅力的過ぎた。
きっと何度来ても映画には集中できないに決まっているのに。
20100921
アリア様から頂いたリク「恋人繋ぎで照れるラクナツ」でした。