妖精学園男子寮
「ナツ、本当にこの学園にするのか?だってここは」
「父ちゃん!俺、ここにするって決めたんだ!」
心配そうに顔を歪めるイグニールに、ナツは両手を握りしめて拳を作った。
「俺、ぜってぇ妖精学園に入る」
決意のこもった瞳で見つめられれば、息子に甘いイグニールはそれ以上何も言えなかった。
テーブルの上には入学案内書。案内書の中にはイグニールが一番気にしている項目。そこには全寮制と書かれていた。
一年後。
ナツは念願かなって妖精学園に入学する事が出来た。
これから三年間は父のいる家を離れて寮で生活する事になる。生活に必要な荷物は前もって寮の方へと送ってある。入学式を終えた後に寮へと向かって、その時に初めて部屋を割り当てられるのだ。部屋は二人で一部屋。
全てが一変する生活。それにナツは期待に胸を膨らませていた。
「面白い奴いるかなー」
ナツは門を駆け抜けた。
まだほとんど人数が少ない時間。興奮して早く目が覚めたナツは我慢できずに家を飛び出したのだ。入学式の時間まで一時間以上はある、人が少ないのも当り前だろう。
門から校舎までの道は桜並木になっており出迎えられている様だ。歓迎する様に桜の花が風に舞う。
ナツは校舎の前で立ち止まると、それを体で感じる様に目を閉じた。頬を撫でる気持ちいい風とは逆に、胸がうるさく高鳴っている。
「邪魔だ」
気分を打ち消すような声が背後からして、ナツはびくりと体を震わせた。振り返ればナツよりも頭一つ分以上背の高い少年が立っていた。制服を着ているから生徒なのは間違いない。
少年はナツと目が合うと顔を顰めて、ナツの横を通り過ぎた。
「馬鹿みたいにつっ立ってんじゃねぇよ」
苦々しく呟かれた言葉に、ナツはむっと顔を歪めた。
「馬鹿じゃねぇ!だいたい邪魔じゃねぇだろ!」
一人が立っていてもまったく問題ないほどに十分に広い道だ。その証拠にナツが退いたわけでもないのに少年は横をすり抜けて行ってしまったのだ。
腹立たしげに叫ぶナツを無視して少年は校舎内へと消えて行ってしまった。
「くそー……あいつ何年だ?」
三学年までそれぞれ色が分かれている。ネクタイの色で判断するのだ。ナツのしているネクタイは緑に黄色の縞が入っている。
しかし先ほどの少年はネクタイをしていなかった。目立つ金髪にヘッドフォンを着用しているだけだ。少なくとも、ナツと同じ新入生ではない事は確かだろう。
「ムカつく奴だな。二度と会いたくねぇ」
同じ学園内とはいえ学年が違えば会う確率は低い。その時のナツの脳内には消えていたのだ、全寮制である事が。
入学式を終え、ナツを含めた新入生は各々で寮へと向かった。
「よぉ」
寮へとたどり着いたナツを待ち伏せる様に生徒が立っていた。ネクタイをきちんと着用しているから、その色でナツと同じ新入生だと分かる。
「誰だ、お前。俺に用か?」
首をかしげるナツに、少年は握手を求める様に手を差し出した。
「俺はグレイだ」
好意的な態度にナツも手を差し出した。手のひらが合わさって固く握られる。
名を名乗ろうと口を開いたナツだったが、それを遮るグレイの声が続けられた。
「ナツだろ。よろしくな、相方」
グレイが寮での同室の相手だったのだ。
グレイとは初対面だが悪い奴ではないとナツの中で認識された。少なくとも、一年に一回の部屋替えがあるまでは楽しく寮生活を送れそうだ。
ナツはにっと笑みを浮かべた。
「よろしくな。グレイ」
無邪気な笑みを目の当たりにしたグレイは頬を紅色させると、そっと手を放した。落ち着きがない様に頭をがりがりとかく。
「まぁ、あれだ。とにかく行こうぜ、俺たちの部屋に」
「おう!なぁ、何号室なんだ?俺、食堂に近い部屋が良いんだけど」
食堂に近かろうが遠かろうが基本食事の時間は決まっているのだ、どの部屋でも大差ないだろう。
グレイは呆れた様な目を向けると、その表情を苦笑に変えた。
「微妙だな。風呂場には近いかもしれねぇけど」
というよりも共同施設はほとんどが一階に設置されている。二階からが生徒たちの部屋になっているのだから、近いと言うには階段側しかないだろう。
そして食堂は一階の奥。風呂場は階段側なのだ。グレイの言っている事は嘘ではないが、比べても意味がない程だ。
ナツ達の部屋は二階だった。新入生が二階。三年が三階で、二年が四階という配置だ。
最高学年である三年が挟まれている形になっているのは面倒をみるためだ。寮長も三年が務めているからなお更都合が良いのだろう。
「なぁ、腹減らねぇか?」
部屋に着き荷物の整理をしていると、ナツの腹から空腹を訴える音が鳴り響いた。
グレイは作業を止めると携帯を開いて時間を確認した。
「昼飯までまだ一時間ぐらいはあるぜ?俺も食いもんなんて持ってねぇしな……」
食べ物がないかと荷物を探るグレイに、ナツは立ちあがった。
「つまんねぇから寮の中探検しに行こうぜ!」
「腹減ったんじゃねぇのかよ」
動けば余計に腹が減るのではないか。そう目で問うグレイに、ナツはむっと口元を歪めた。
「片づけしてる方が腹減るじゃねぇか」
つまり興味のない事をしていると空腹を意識してしまうと言いたいのだ。
グレイは呆れた様に溜め息をつくと立ちあがった。
「仕方ねぇな、ナツさんはよぉ」
「へへ、流石グレイ!よし、出発だ!」
流石も何も知りあってまだ一時間足らずだ。先に部屋を飛び出したナツにグレイは小さく噴出すと、追いかける様に部屋を飛び出した。
「あー!お前ッ!」
グレイが部屋を出た瞬間だ、ナツの不機嫌そうな声が廊下中に響いた。
グレイの目にはナツの背中と、ナツと向き合っている長身の生徒。
「おい、ナツ。どうしたよ」
声をかけてきたグレイにナツは振り返った。その目は怒りに燃えている。ナツは目の前に居る生徒に指を差した。
「こいつ、ムカつく奴なんだよ!」
それでは説明になっていない。わけが分からんと顔を顰めるナツに、長身の男は面倒くさそうに舌打ちした。
「今年の一年はこいつみてぇに皆うるせぇのか?」
御免だとばかりに顔を歪める生徒に、ナツは目を吊り上げて振り返った。生意気な目つきに少年は鼻で笑う。揶揄するように少年の口元が笑みを刻んだと同時だった、階段を下りてきた生徒が少年を見つけて目を見張る。
「ラクサス、どうした?」
名を呼ばれてナツと対峙していた生徒ラクサスは振り返った。
「フリードか、ちょうどいいところに来た」
フリードと名を呼ばれた生徒は、深緑の長い髪を揺らせてラクサスへと近づく。その手にはファイルが持たれている。
「207だ」
207はナツとグレイの部屋の番号だ。
フリードはファイルを開くと探す様な動作をして口を開いた。
「ナツ・ドラグニルとグレイ・フルバスターだな。彼らがどうした?」
訝しむナツを見下ろして、ラクサスはくっと喉で笑った。
「減点しとけ」
グレイが察したように顔を顰める。
分からないながらも減点という言葉が良くないものだとは察する事ができる。ナツはラクサスを睨みつけた。
「何だよ、減点って!」
噛みつくナツに、フリードは視線を向けた。
「お前がこの部屋の生徒か?」
「ああ。俺はナツだ」
フリードは、からかう様にナツを見ているラクサスに一度視線を向けると溜め息をついた。そしてナツへと視線を移す。
「初日なら知らなくても仕方がないな。この妖精学園の寮にはルールがある。一人十点を持ち点として規則違反をした者は持ち点から減点されていくんだ」
「ゼロになったらどうなるんだ?」
「罰がある。その度に寮長が適当な罰を考えているんだが、大抵は外出禁止や掃除だろうな」
どれも生徒には厳しい罰である。ナツは窺うようにフリードを見上げた。
「寮長って良い奴か?」
フリードがラクサスへと視線を向けると、ラクサスはナツの頭部を鷲づかみした。
「俺が寮長だ。クソガキ」
顔を引きつらせるナツから手を放すと、ラクサスは階下向かう階段へと足を向けた。
その後ろ姿を見つめて、ナツは身体を震わせる。
「くそー!やっぱ嫌な奴だ!!」
ナツの言葉に返事でもするかのように、ラクサスが後ろ手に手を振った。
「安心しろ。意味もない減点はしない」
フリードの声も気付かない程に、ナツは苛立ちで吠えていたのだった。
20100916
トヲル様のとこのネタを拝借しました。許可は得てませんorz