嫉妬≒廃棄
その日店には来客があった。
開店してまだ数分足らずで客も入っていない時間、店内が騒がしくなった事に気付いたナツが厨房から顔を覗かせた時だ。
「ナツ!久しぶり!」
ナツに抱きついた少女。ミラジェーンと同じく淡い色の髪を持った、顔の整った少女。ナツはその存在に笑みを浮かべた。
「リサーナ!」
ナツの嬉しそうな声に厨房に居た従業員全員が出てきた。同じように顔を覗かせたラクサスの顔が盛大にしかめたのは、その時は誰も見ていなかった。
「リサーナは私の妹なの」
笑顔で説明するミラジェーンにルーシィは目を向いた。
「え!み、ミラさん、妹さんは死んだって言ってませんでした?!」
ルーシィの言葉に周囲は目を見張り、ミラジェーンは顔を歪めた。
「酷いわよ、ルーシィ」
「だって前に話してくれた時言ってたじゃないですか。“すごく遠い所に行ったから会えなくなっちゃったの”って」
確かに死んだという風にも考えられる。ミラジェーンは思い出したのか苦笑した。
「ごめんなさい、紛らわしかったわね。リサーナは留学していたのよ。ナツとリサーナはその時に出会っていたの」
「ナツとは同じ学校だったのよ。私はまだ向こうで学んでいる途中なんだけど、長期休みを利用して戻って来たの」
リサーナの言葉に、ナツが嬉しそうに声を弾ませている。
「いつまで居られるんだ?」
「課題もあるし一週間ぐらいかな。出来ればお店を見学させてもらいたいんだけど」
ナツはリサーナの手をとるとマカロフへと振り返った。
「いいよな、じっちゃん!」
「うむ、好きなだけ見て行きなさい。だが、ナツ、お前は仕事に戻るんじゃ」
まだ開店して間もない時間だ。休憩に入るにも早すぎる。
不満そうに口を尖らせるナツにリサーナはくすくすと笑みをこぼした。
「仕事が終わったら話を聞かせてね」
ミラジェーンに連れられて行くリサーナに、ナツも機嫌良く厨房に戻ったのだが、その後の厨房内の空気が重かった。
ナツは鼻歌さえ歌ってしまっているので気が付いていないが、グレイは顔を引きつらせ、エルザは呆れた様に溜め息をつき、ルーシィはただ厨房に視線を向けない様にしていた。
そして、重苦しい空気を作りだしているのはラクサスだ。ナツに指示を出しながら、眉間にしわが寄っている。
「ラクサス、追加で焼くスポンジの数……おい、ラクサス?」
ナツは口を閉ざした。
ラクサスは、パレットナイフを片手に持ち回転台を回しながらスポンジの表面にクリームを塗っていく、ナッペの作業中だったのだ。
集中しているのだろうからと声をかけるタイミングを見計らっていると、ミラジェーンと共にいるリサーナの姿が視界に入って来た。
「お、リサーナー!」
ナツが手を上げて名を呼んだ瞬間だ、ぐしゃりと潰れるような音がした。
音の元をたどればパレットナイフで潰されケーキ。そして、ナイフを強く握りしめるラクサスの姿。
振り返ったナツは、無残な姿になったケーキに目を向いた。
「お、お前、何やってんだよ」
「あァ?」
ラクサスの不機嫌な声にナツは姿勢を正した。
「何で、怒って」
「“何で”だ?」
ラクサスの目は人を簡単に射殺しそうなほどに殺気を放っている。正直菓子職人とは思えない眼光だ。
恐怖で身体を震わせるナツの顎を、ラクサスの手が掴む。
「こっちの気も知らずに、てめぇは向こうで女作ってたんだろ」
「いあ、意味分かんね……んむ!?」
ナツの言葉を飲み込むようにラクサスは噛みつくような口づけをする。
ナツの手が抵抗するようにラクサスを叩くが力が入っていなく、次第にその手は震え、まるでしがみ付いているようにしか見えない。
「んっく……やめ、」
逃れようとしてもすぐに捕らえられ、ラクサスの舌がナツの口内を犯す。歯列をなぞり舌を絡め、ナツの口端からは唾液が流れ喉へと伝っていた。
ようやくラクサスが解放すると、ナツは力なくその場にへたりこんでしまう。
「……今日は帰れ。てめぇなんか居なくても俺一人で事足りるんだよ」
事実ナツが来るまでは一人で行っていたのだ。
ナツは潤んだ瞳でラクサスを睨みつけると悔しそうに走って出ていってしまった。外ではなく店の上階へと上っていく。
店の上の階は住居になっており、ラクサスやマカロフが住んでいた。今は住み込みで働いているナツも共に住んでいるのだ。
自室にかけ込んでいっただろう事は察しがついていた。ラクサスは潰れたケーキを廃棄して新しくスポンジに手を伸ばす。しかし、そこで手を止めた。
幾多の視線に気づきそちらへと睨みを利かせる。
「何か文句あんのか?」
まさに不良である。その姿に誰しも呆れて言葉も出ないのだった。
その頃自室に逃げる様に飛び込んだナツは、閉じた扉に凭れかかる様にして座りこんでしまった。
「くそ、ラクサスの奴……」
膝を抱えて顔を埋める。
力が入らないのだ。先ほどのラクサスに与えられた口づけを思い出すと身体が熱くなる。
「だーもう!何なんだよ!」
無視できない程に、胸の鼓動は煩く高鳴っていた。
20100912