なっちゃん
仲間内で行った飲み会。従業員のほとんどが未成年に加え次の日も勤務なのだ、飲み会というよりは食事会だった。
唯一酒を口に出来るのはラクサスとマカロフのみなのだが、ラクサスは酒に手を付けずにマカロフだけが杯数を増やしていった。
そしてマカロフの酔いが回って来た時に悲劇は起った。涙ながらに話し始めたその内容は孫であるラクサスの事。その話の中でもラクサスの顔を青ざめさせるような内容と言えば一つしかない。
ナツの事だ。幼い頃のナツとラクサスの話し。ラクサスがナツを想い続けた事を赤裸々に暴露したのだ。ラクサスが怒り狂ったのは言うまでもないだろう。
暫くの間、店の中の空気は重かった。
そして、大分落ち着きを見せた頃の店の休憩室。
客足のピーク時を過ぎた時間、ラクサスとグレイが休憩に入っていた。軽い食事を済ませた二人が向き合ってソファ凭れかかって身体を休めている。
「で、あの話本当なのかよ」
グレイがラクサスへと視線を向ける。
ラクサスはグレイの会話の意図を察して眉を寄せた。
「ガキの頃の話しだろ」
「じーさん、ナツが来るまで知らなかったって言ってたじゃねぇか」
ラクサスは口を閉ざした。
暴露された事は腹立たしいが、それ以上の問題はナツだった。最初は幼い頃に出会っていたという事実に驚いていたナツだったが、ラクサスの事情を知って顔を歪めて一言。
『お前マジかよ』
あの時のしらけたナツの顔と声が頭から消えないのだ。ラクサスにとって衝撃が強すぎた。
歯軋りするラクサスに、グレイは憐れむ様な目を向けた。
「まぁ流石に俺たちも笑わねぇよ」
グレイは言いづらそうに口ごもりながらも、続けた。
「だってあれだろ?お前二十三歳だったよな……つまり、二十三で童貞なんだろ?」
ラクサスは思わず噴き出しそうになった。
グレイとナツは同い年だから、ラクサスとは五歳の差があるはずだ。つまりはまだ未成年である。
「、ガキが何言い出すんだ」
「やっぱそうなのか」
しみじみと頷くグレイにラクサスは口元を引きつらせた。これ以上妙な噂が流れては堪らない。しかも内容が屈辱的だ。
「付き合っちゃいねぇが抱く女ぐらいいる」
さらっと告げられて、グレイは驚愕に身体を震わせた。
「お前の青春どうなってんだよ」
「少なくともてめぇには関係ねぇ」
全くだろう。特に仲が良いわけでもない職場が同じというだけの関係だ。昔の事までとやかく言われたくはない。
話しは終わりだと言わんばかりに視線をそらしたラクサスに、グレイは小さく息をついた。
「俺はてっきり、ナツで抜いてたのかと思ったんだけどよぉ」
その言葉にラクサスは身体を硬直させた。その反応をグレイが見逃すはずがない。
「お前、やっぱり」
揶揄する様なグレイの視線に耐えられずラクサスが立ちあがった時だった。
休憩室の扉が開いた。
「疲れたー!何なんだよ、あいつら!」
嘆く声を上げながら入って来たのはナツだ。その声に振り返ったラクサスは目を見開いた。グレイもナツの姿を見て固まってしまう。
不満をぶつぶつ言いながらソファに近寄ったナツはラクサスの隣へと腰掛けた。
ぐったりとソファに身を預けるナツを、ラクサスは立ちつくしたまま見下ろす。
「……ん?何だよ」
時が止まった様に動きを止めているグレイとラクサス。それにナツが首をかしげると、先に我に返ったグレイが口を開いた。
「おまえ、その格好、なんだよ」
いつもならコックコートに身を包んでいるはずなのだが、今のナツは店の女性販売員の制服を着ていた。数十分前最後に姿を見た時には製造の制服を着ていたはずなのに。
それに加え、いつもは短い桜色の髪が腰まで伸びるロングになっている。こめかみ辺りには可愛らしいピン。そして、薄らと化粧さえも施されている。
これを見て、驚愕しない人間が居るわけがない。
グレイの言葉に、ナツは嫌そうに顔を歪めた。
「ルーシィとミラにやられたんだよ。何か今日はこれ着なきゃいけねぇんだって言うんだよ」
ナツが不満そうに口を尖らせると、グレイは咄嗟に顔をそらした。その反応に首をかしげて、ナツは立ちつくした状態のラクサスを見上げた。
「なぁ、ラクサス。マジでこれ着なきゃ……」
見下ろしてくるラクサスの表情は、ナツの言葉を失わせるのに十分だった。
見ている方が胸を締め付けられるような表情。苦しそうに眉を寄せ、その瞳には懐かしさが宿っている。
「ラクサス?」
ナツの手がラクサスに触れる。その瞬間我に返ったラクサスの顔が赤く染まった。
「んな格好してくるんじゃねぇ!」
「し、したくてしたんじゃねぇ!!」
ラクサスはどっかりとソファに座り込み、ナツから顔をそむける。ナツが何を言ってもラクサスが視線を向ける事はなかった。
誰も知る事はなかったのだ。今のナツの格好が、ラクサスが想い描いていた“なっちゃん”の成長した姿そのものだと言う事を。
「うまくいったのかな」
休憩室を覗くルーシィが、同様に覗いているミラジェーンへと問いかける。ミラジェーンはくすくすと笑みをこぼした。
「どうかしら。でも、失敗じゃないと思うわ」
とりあえず。
ミラジェーンが続ける。
「グレイをどうにかしないとね」
グレイは鼻血を出してソファにぶっ倒れていた。ルーシィはそれに顔を引きつらせて、ただ、そうですねと頷いただけだった。
その後、たまにナツが女装する姿を目にするようになった。その理由が、
「この格好してるとラクサス怒らねぇんだよな」
である。
惚れた弱みとはこういう事を言うのだろう。いくらナツが失態を犯しても、女装したナツを目にするとラクサスは強く出れなくなるのだ。
「うまくいったみたいね」
満足そうに笑みを浮かべるミラジェーンに、ルーシィは何も言えないのだった。
十五年間想い続けたのだ。そんな気持ちを簡単に消せるわけがない。
20100911
ミラは看板娘。