フェアリーマートへようこそ
都市部から少し離れた場所にあるコンビニエンスストア。店の名前はフェアリーマート。朝六時開店で午後十時閉店。笑顔をモットーにお客様に愛されて、年中無休で営業中。
「寝るな」
週刊漫画雑誌で叩かれた桜色。その珍しい髪の持ち主は、叩かれた衝撃でもぞりと身体を揺らせた。
バイトとして入って間もない彼は、ナツ。高校生の為に夕方から閉店までの勤務だ。
テスト間近のようだから疲れているのだろう。接客業にはあるまじき行為、カウンターに突っ伏して眠っていた。
「よぉ、ラクサス」
盛大に欠伸をするナツ。
その頭を叩いたのは、店長の孫であるラクサスだった。大学に通いながらバイトをしているのだ。もちろん、ナツよりもバイト経験は長い。
ラクサスは呆れたように溜め息をついた。
「何が、よぉだ。仕事中に寝るんじゃねぇ」
飲み物の補充に裏に回っていたラクサス。その間客が来ていたから確認できていない。もし来ていたら苦情ものだ。
ラクサスの言葉も耳に入っていない様で、ナツは眠そうに目をこすっていた。寝不足なのは見て分かる。
ラクサスは時計を確認した。もう閉店まで三十分足らずだ。客足もないし、一人でも事足りる。
「もういい。お前は帰れ」
「……あ?大丈夫だって、ちゃんと最後まで、や……」
反応も遅ければ、語尾が消えかかっている。こんな状態で居られても邪魔なだけなのだがナツの頑固さは筋金入りだ。言い出したら聞かない。
舟を漕ぎ始めるナツに、ラクサスはカウンターから出て店内へと足を向けた。栄養ドリンクの並ぶ棚で立ち止まり、その内の一本を手にとった。黒いラベルのそれを握りしめてカウンター内へと戻ると機械でバーコードを読み取る。
ピッという音に反応してナツが振り返った。ラクサスはレジに精算した金額を放りこむとドリンクをナツへと差し出す。
「何だ、これ?」
「最後まで居るんなら、これでも飲んどけ」
ラクサスが気遣ってくれたのだろうと察して、ナツは表情を和らげた。
「へへ、ありがとな」
ナツは嬉しそうにドリンクの蓋をねじ開け、何の疑いもせずに一気に喉へと流し込んだ。
「……ぐぁはッ!?」
眠さで反応が遅れていたのだ、味覚を感じ取るのも遅い。全て胃へと流し込んだ後に舌を襲った強烈な味。ナツは、涙を浮かべながらその場にへたりこんだ。
「にゃ、にゃんだひょ、こりぇ」
舌が回っていない。
ひぃひぃと苦しそうに呼吸を繰り返すナツを見下ろしたまま、ラクサスは小さく呟いた。
「やっぱ不味かったか」
「なら飲ませんな……うぇ、ダメだ気持ち悪ぃ」
復活し始めても、気分が悪い。
ナツは空になった瓶のラベルへと視線を落とす。黒いラベルに“無眠ダッシュ”と書かれていた。眠気覚ましのサポートドリンクだ。
「眠気覚ましにいいと思ったんだが、あまり評判よくねぇからな」
だから、だったら飲ませるなよ。
ナツの恨みがましい視線を感じながら、ラクサスは飄々とレジ閉めの準備を始めた。やり取りをしている間に閉店間際になっていた。
「目が覚めたんならいいだろうが」
ラクサスの言葉にナツは言葉を詰まらせる。
確かに、先ほどまでの眠気が嘘の様に吹っ飛んでいたのだ。しかし、不味さで目が覚めると言うのは不快以外のなにものでもない。
納得がいかなそうなナツに、ラクサスはレジ側に置いてあった飴玉をナツへと投げた。
「それで口直ししろ」
慌てて受けとった手の中には苺味の飴。
ナツは笑みをこぼして、それを口へと放りこんだ。
「仕方ねぇから許してやる!」
「クソガキ。いいから、そっちのレジも閉めちまえ。閉店だ」
まだ五分はあるのだが、客など来ないだろう。
ナツは頷いて、二つ設置してあるうちの一つのレジへと手を伸ばした。
売り上げの集計も終えて戸締りを終えれば帰宅できる。暗くなった店を出たナツは、後から出てきたラクサスへと振り返った。
「じゃ、また明日な」
お疲れ。そう告げるナツに、ラクサスは眉をひそめた。
「ナツ。テストが近いってのは聞いてるが勉強もほどほどにしろ」
気に掛ける様なラクサスの言葉。それに、ナツは首をかしげた。
「何だよ、それ。勉強なんかするわけねぇだろ」
テスト以前に、学生の本分である勉強をするわけがないと言うのは問題だ。しかし、ラクサスが引っかかったのはそこではない。
「じゃぁ、てめぇの寝不足の原因はなんだ」
訝しむラクサスに、ナツは思い出したように欠伸をした。
「昨日グレイが家に泊りに来たんだよ。そんでゲームやってたら、いつの間にか朝に……いで!!」
頭に衝撃を受けて、ナツはその原因を作ったラクサスに目を吊り上げた。
「なにすんだ!」
しかし、ナツ以上にラクサスは不機嫌さを纏っている。
その表情にナツが口元を引きつらせていると、ラクサスの拳がナツの頭へと再度落とされたのだった。
20100908