ゆうびんやさん





毎月届く手紙。毎月その頃になると、その手紙を心待ちにする子供がいた。
郵便配達員の中では噂にもなっている、桜色の髪の少年。名前は、ナツ・ドラグニル。妖精学園小学部に通う五年。家族構成は父親と二人家族。その父親が海外に出張になってしまい、今は友人宅で預けられている。ナツが待っている手紙の主が父親だ。
この情報が、配達人と一部局員の頭に入っているのだから少々気味が悪い。しかしこれも全てはナツが人懐っこく警戒心もなく話したのが原因だ。
聞かれれば何でも答えてしまうのは問題だろう。

「今日も手紙入ってなかったのか」

大分年配の配達人が残念そうに声を落とす。その通り、今日はナツ宛ての手紙がなかったのだ。まだ日の浅い配達人は、手紙が詰まっている鞄を閉じた。
毎月半ば頃になると必ず配達物に紛れている手紙。珍しい海外からのエアメールを見逃す事はまずない。
しかし、すでに月末になろうとしているのに、その手紙は見当たらなかった。

「行ってくる」

ナツの家の地区に配属された配達人。彼は鞄を担ぐと、金髪を隠すように帽子をかぶり、年配の配達人に見送られて出発した。
人員不足で配達の遅れも出て、終わる頃には陽が暮れる事もある。

ナツの家の付近に来た頃には、陽が暮れはじめていた。

「後少しか……」

いくらバイクで移動していても、暑い日差しの中では堪える。
配達物の残量を見て小さく息をついた時だった。家の前でうずくまる小さい影を見つけた。桜色の髪など、噂になっているあの子供しか居ない。

「ナツ」

蹲るナツの前でバイクを止めて名前を呼ぶ。
配達人の職業についてまだ数カ月で、コミュニケーションが不得手でも人懐っこく話しかけてくるナツは弟の様に大事に思えていた。
名前を呼ばれたナツがそっと顔を上げる。

「ラクサス」

配達人ラクサスは、その幼い顔に顔を歪めた。泣いていたのだろう、目が赤く腫れている。そして、その目が何を求めているのか分かっているのに、ラクサスにはどうする事も出来ない。

「手紙……ないのか?」

弱々しく震える幼い声。
それに、ラクサスは握っていたハンドルから手を放すと、その手をナツの頭に置く。今まで会話はあっても、ほんのわずかで、触れる事などなかった。
驚いた様に目を見開くナツから手を放して、ラクサスは配達物のある数軒先の家へとバイクを走らせた。
郵便受けに手紙を差し入れながら、ラクサスは背後へと振り返る。
家の中から出てきたナツと同年齢ほどの少女。その少女が、ナツを家へと引っぱって行く。
ナツが手紙を待っている事を知っているから、配達員が通り過ぎたのに気付いて出てきたのだろう。
耳に入って来る幼い少女の声は、走らせるバイクの音にかき消された。

全ての配達を終えて局に戻った頃には、完全に陽は落ちていた。再配達がない分気持ち的には達成感はある……はずだった。
やはりナツの存在が気になる。何故急に手紙が来なくなったのか、見た事もない父親に怒りさえ感じる。
着替えた後に休憩室で一息ついていた。缶コーヒーを飲みながら外を眺めていると人気の少ない局の中が騒がしくなる。
視線を向ければ、仕分けの仕事に回っていた社員が駆け寄ってくる。

「おい、来たぞ!これ!」

ラクサスを含む配達人の視線が、社員の手に持っている物に集中する。赤と青で縁取りされている白い封筒。空港便のエアメールだ。

「ナツくん宛てだ!」

その言葉に歓声が上がった。まるで応援していたチームが優勝でもしたような雰囲気で、年配の配達人など涙ぐんでいるほどだ。

「明日は喜ぶな!ナツのやつ!」

「ナツ坊、寂しがってたんだろ?よかったなぁ」

ナツがどれほど局の人間に可愛がられているか、よく分かる。しかし、その光景を見ていたラクサスだけは思案顔だった。
ラクサスは、ナツ宛ての手紙を持っていた社員に近づくと、流れる様な動作で手紙を奪い取った。

「お、おい、それどうするんだよ」

慌てる社員に、ラクサスは歩きながら後ろ手に、手紙を持つ手を振った。

「配達忘れてたんだよ。行ってくる」

ラクサスが扉の向こうに消える。その後、すぐに外から聞こえる慌ただしい足音。ラクサスの行動を唖然と見送った局員の笑い声が局内に響き渡ったのは、すぐの事だった。

局を駆け出たラクサスは、止めてあった己の所有バイクに跨った。握りしめていた手紙を鞄の中へと突っ込みナツの家へとバイクを走らせる。
遅い時間だが寝るには早い。小学生とはいえ、これほど早く就寝する事はないだろう。この手紙の存在を見れば、きっと数時間前に見た暗い表情を輝かせるはずだ。
ラクサスは、ハンドルを深くひねって速度を上げた。

ナツの家の手前まで来たところで、ラクサスは慌ててバイクを止めた。薄暗い場所に固まっている物。それの正体がバイクのライトに照らされて露わになった。

「ナツ」

ラクサスはバイクを降りてナツへと駆け寄る。
昼間と同じように座り込んでいたナツ。蹲っていて表情が見えない。不安にかられたが、ナツはすぐに顔を上げた。

「ん、だれだ?」

眠っていたらしい。目を擦りながら、ナツがラクサスを見上げる。

「ラクサス?……なんか、変だな」

制服ではないから違和感があるのだろう。その言葉にラクサスは脱力した。疲れた様に前髪をかき上げながら、眠そうに欠伸をするナツを見下ろす。
ナツがここに居た理由など一つしかないだろう。

「ナツ」

ラクサスは鞄にしまっていた手紙をナツへと差し出す。それを目にしたナツの瞳が、大きく見開かれる。

「これ、オレの?」

「遅れて悪かった」

ナツは手紙を受けとると、くしゃりと顔を歪めて、ラクサスにしがみ付いた。
落ち着かせるように頭を撫でてやるラクサスに、ナツが顔を上げた。その表情はラクサスが望んでいた満面の笑顔。

「ありがとな!ラクサス!」

ラクサスの表情も自然と緩んでいた。
それからは毎日だ。ナツが家の前で手紙ではなく、ただ一人の配達人を待つようになったのは。




20100907
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