優先順位
幽鬼の支配者との抗争。攻め込んだものの撤退せざるを得なくなった妖精の尻尾。ギルドは不穏な空気で包まれていた。
マスターは重症。怪我人多数。S級魔導士はエルザのみ。ミストガンの居場所は誰も分からず、唯一ラクサスだけが連絡を取る事が出来た。
カウンターに設置されていた通信用魔水晶で、ミラジェーンはラクサスに連絡を取っていた。
「お願い、戻ってきて。妖精の尻尾のピンチなの」
暗い表情を隠すように俯くミラジェーン。その言葉にラクサスの高笑いが響く。
「俺には関係ねぇ話しだ。勝手にやっててちょうだいよ」
嘲笑うかのようなラクサスの言葉は、カナの沸点をあっさりと超えてしまった。
言い返そうと立ちあがったカナ。しかし、口を開こうとしたと同時に慌ただしい足音が近づいてきた。
「こっち来んじゃねー!!」
シャワーを使っていたはずのナツだ。腰にタオルを巻いただけの姿でシャワールームから飛び出してきた。
桜色の髪から水滴が落ち、床を濡らしている。
「ミラ!あいつ、どうにかしてくれ!」
助けを乞いながらナツは自分の背後の方へと指さす。そこから雄たけびの様なものが聞こえた。
涙目になりながら、ミラジェーンの腕を掴むナツの視界に通信魔水晶が映る。そこに映っているラクサスの姿に、ナツは表情を輝かせて近づいた。
「お、ラクサス。久しぶりだな!」
「てめぇ、そんな恰好でなにやってんだ」
「何って、汚ぇからシャワー浴びろってエルザが言うからさ」
面倒くせぇんだけど。
不満そうに唇を尖らせるナツに、ラクサスは眉を寄せた。
「何でもいい。さっさと服を着ろ」
「着ようとしたらグレイが……ぅあ!?」
ナツは身体をびくりと震わせた。いつの間にか背後に迫っていたグレイが、ナツを抱きしめる様に身体を弄ってきたのだ。
肌を撫でてくる手つきが、まるで虫が這っているようで気持ちが悪い。
「触んな、変態!」
「お前が誘って来たんだろ」
「んなわけ……ぅふ、変なとこ触ん、な……ぁん!」
顔を真っ赤にして身体を震わせるナツの口から、弾かれた様に甘い声が漏れる。その瞬間、通信中だった通信用魔水晶が砕け散った。
破片が飛び散る中、ナツは状況が掴めずに瞬きを繰り返す。
「こっちに集中しろよ、ナツ……ぐふッ!!」
行き成りグレイが倒れ込んだ。ミラジェーンがトレーでグレイの後頭部を強く打ちつけたのだ。
ナツは力が抜けた様にその場にへたりこんだ。
「た、助かった……サンキュー、ミラ」
振り返れば、笑顔のミラジェーンが立っていた。その手には微かに血の付いたトレー。かつて魔人と呼ばれた姿が垣間見えた瞬間だ。
「そういや、急に壊れちまったけどいいのか?」
通信用魔水晶の事だ。粉々になってしまって、すでに跡形もない。修復も不可能だろう。
ラクサスに用事があったのではないのか。そう問うナツに、ミラジェーンは笑顔のまま告げた。
「大丈夫よ。壊れたのはラクサスのせいだから」
「あれは、相当怒ってたね」
カナが顔を引きつらせている。
ナツ以外の者は察しが付いていた。ラクサスの膨大する魔力に魔水晶が耐えられなくなったのだと。
「これで、ラクサスもこっちに向かってるわね」
ミラジェーンはバスタオルをナツの肩にかけた。ラクサスの名前が出ると、ナツはすぐに反応した。
「ラクサス仕事じゃなかったのか?」
「ええ。まだクエスト中だったみたい……でも、戻って来るの」
言い切るミラジェーンに偽りは見られない。
だが、仕事を途中放棄して戻って来るとはラクサスには有り得ない事。幽鬼の支配者との抗争の為だろうかと、考えているナツ。しかし、それは外れだ。
周囲は倒れているグレイを憐れむように見つめた。ラクサスが帰った時グレイの命はないかもしれない。
「ねぇ、ナツ」
カナは口を開いたが、すぐに閉じてしまった。きょとんと見上げてくるナツの瞳が幼く汚れていないようで何も言えなくなったのだ。
カナは目をそらして、ただ小さく呟いた。
「がんばりな」
カナの言葉に、ナツはただ頷いたのだった。
20100906
蒼様から頂いたリク「幽鬼の支配者が攻め込んできた時シャワー浴びてたのがエルザじゃなくてナツだったら」でした。