ずっと気になっている人がいた。

その人はいつも難しそうな本を読んでいて、友達といる時もあまりはしゃいだりしないで、勉強が出来るかわりに体育が苦手な、真面目で大人しい子。同じクラスなのにそれ以外知っていることがない。出身小学校、携帯のアドレス、誕生日、なーんにも。柳先輩に聞いたら全部教えてくれる、って分かっているけどそれは嫌。なんか癪だ。
それに加えて、去年も同じクラスだったのに、あまりにも接点がなさすぎて一度も話しかけられなかったし。今年こそは!と意気込むも、やはり接点はない。

(あーあ…どっかに接点落ちてないわけ?ソッコー拾うのに)


…なーんて冗談半分な俺の願望が叶ったのか、ある日おいしい展開が巡って来た。


いつもみたいにクラスメイトとはしゃいでいたら、ハメを外し過ぎて盛大にすっ転んだ。幸い部活に支障をきたすような怪我はしなかったけど、左手の平を擦り剥いてしまい地味に痛い。

(保健室行っとくか…)

ずきずきと痛むのを我慢し水で洗ってから、真っ直ぐに保健室に向かう。扉を開ける前から微かに漂って来ていた薬の匂いは、扉を開けた瞬間鮮明なものとなって鼻腔をくすぐった。…決して好きな匂いではないけれど。


(あ…)

薬の匂いの真っ只中、その人はいた。

一瞬だけ俺を見たあと、何も言わずに視線は手元へと戻った。どうやら彼女以外室内には誰もいない。

これは…話しかけるチャンス!

「あ、の……先生…」

意気込みとは裏腹に、口から出た言葉は切れ切れで、単純過ぎるものだった。男として情けねぇと我ながら思う。

「用事があって職員室に居るからしばらく戻って来られない、ってここに書き置きが」

それだけを俺を見もしないで言って、再び黙ってしまった。確かに先生用の机の上には何か紙がある。近付くと、それが彼女の言う書き置きだと分かった。
それともう一つ、分かったことがある。机に近付くと必然的に彼女に近付くことにもなるため、その手元がちゃんと見えるようになる。さっきから手元にばかり視線を向けているから何かと思えば、保健室使用者の記録用紙にペンを滑らせている真っ最中だった。

…つーことは、

「あんた怪我でもしたの?」

俺みたいに派手にすっ転んで擦り剥きました、なーんてのはありえないだろうけど。体育以外で走っている姿すら見たことないもん。

「指を切ったの」
「指?」
「そう、中指をちょっと」
「なんで?」
「委員会の作業でカッターを使っていたら、うっかり」
「委員会の作業って?」
「段ボールを開けて新しく届いた本を出す作業。私図書委員だから」
「へえ…」

こんなに話したのが初めてで、言いたい事が全くまとまらず「大丈夫?」の一言すらも出ない。普通は心配するところでしょ!と思うけど言うタイミングを逃してしまい、喉に引っ掛かった言葉はそのままするりと飲み込んでしまった。

「切原くんは好奇心旺盛なんだね」
「え、何で?」
「問いかけが多いから」

言われてみれば。今までの短い会話を思い出してみると、我ながら質問ばっかりしてしまっていた。これじゃあ質問が多いと言われたって仕方がない。

「ごめん…迷惑だったよな…」
「あ、気になっただけだから。別に迷惑ではないよ」

見れば彼女はいつもと変わらない表情で、確かに気を悪くしてはいないようだった。良かった…マジで良かった。せっかく話せたのに悪い印象を与えたりしたら残念過ぎる。

「保健室に来たってことは切原くんも怪我?」
「お、おう」

擦り剥いた手の平をパーにして見せれば、眉間に皺を寄せ苦々しい顔をされてしまった。

「痛そう…先生いないし手当てしようか?」
「え!?」

願ってもない申し出に思わず声が裏返る。素直にうんと言えなくて、こくこくと何度も頷くしか出来なかったけれどちゃんと意図は伝わったようで。
絆創膏がはられた方の手が俺の左手を控え目にそっと掴んだ。反対の手に握られたボトルからポトッと垂らされた一滴の消毒液は傷口にじわじわと染み込み、ぴりりと小さな痛みを覚えさせられる。けれどもそんな痛みよりも嬉しさ半分、気恥ずかしさがもう半分。

ちらりと視線を上げれば、真剣な表情が目に入る。彼女はいつだってそうだ。何に対しても凄く真剣に、一生懸命取り組む。

「はい、終わり」
「…お、う」

明るくはしゃいで笑う子に惹かれた事が何度かあった。けれど今までの何倍も心惹かれる目の前の彼女は、大人しくて声を上げて笑ったりしない。

「サンキュ」
「どういたしまして」

けれど笑わないわけじゃなく、こうして遠慮がちにはにかんだ笑顔をたまに見せてくれて。

「じゃ、じゃあな!」

遠目に見るだけだったその笑顔を目の前にした瞬間、恥ずかしさにたえきれず逃げるように保健室を後にした。


階段を駆け上がった所でふと立ち止まり左手の絆創膏に触れる。すると微かな痛みの後に、彼女の優しい温もりが蘇って来た。…勿論恥ずかしさも一緒に。



「あーもー…何で好きなんだろ…」



明るい子がいいっス



(そー言ってたのは誰だっけ?)







……………………

企画"逆に"様に提出

明るい子の逆とのことで、物静かな子で書いてみました。きっと赤也君の周りは常にはしゃいでいるだろうから、大人しい子はむしろ目につくと思います。