マネージャーの仕事と言えば、部活動の記録をしたり、部員の為にドリンクを作ってみたり、言わば雑用である。それが一番よく身に染みて分かるのが合宿。この期間中、言ってしまえばマネージャーは部員たちのパシリと化す。


「買って来たよ」


最寄りのコンビニまで徒歩で30分、そんなことお構い無しに思い思いの物を注文された結果、袋二つ分の重い荷物を持って帰る羽目になった。

レギュラー陣の大半が集まっていた広いリビング、そこの机に買い出し物をおけばすぐさま群がるお子様が二人。

「これこれ!やっぱガムはこれでなくちゃな〜。ん?これは?」
「あっ!丸井先輩それは俺が頼んだモンっすよ!」
「別にいいだろぃ?」

丸井ブン太と切原赤也。同級生と一つ年下なだけなのに、いつもいつも思う。この二人の精神年齢は確実に私より下だ。私自身、そんなに達観していると思ってはいないが、二人よりは大人の自信がある。現に他の皆には本当に必要な物しか注文されなかったのに、彼らときたら馬鹿みたいに大量のお菓子を注文してきた。二つある袋のうち、一つと半分をこの二人で占めているのがその証拠。そんなにお菓子ばかり食べていたら必要な筋肉がつかないだろうに。でもそれを言うのは私ではなくて、

「丸井!赤也!菓子ばかり食うなと何度言えば分かるのだ!」

そう、副部長である真田君の役目。この鋭い怒声に二人はすぐに小さくなり固まった。お菓子を大量に買う→真田に見つかる→怒られる。毎回このパターンなのに学習しやしない。もはやお馴染みの展開なので止めようとする人もいない。

(自業自得を垣間見てる気分…)

少しは学習すればこんなことにはならないだろうに。まあ少しもフォローを入れない私たちも酷いかもしれないけど。

「これは誰が頼んだんだい?」

同じ空間で説教をくらっている部員がいるにも関わらず、部長である幸村君があげたのは明るい声音だ。しかもいつの間にか袋は幸村君の手に渡っているし。…本当にいつの間にだ。

「もしかして名前?」

自分にかかった声に、注視していなかった手元を見やれば、幸村君が持っていたのは携帯の充電器だった。

「ああ、それは友子ちゃんから頼まれた物」

立海男子テニス部にはマネージャーが二人いる。充電器は買い出しじゃんけんで私に勝った、そのもう一人から頼まれた物だ。携帯は持って来たのに、充電器を忘れたらしい。ここに来るにあたって、集合時間ギリギリに来た(赤也君とほぼ同じだった)のを見る限り、大方当日に慌てて合宿の荷物を詰めたのだろう。

「貸して。渡して来るから」
「そうかい?それじゃ頼むよ」

"始めからそうするつもりだった"と顔に書いてあるのに申し訳なさそうにそう仰る、これでこそ我らが部長様。白々しいと思っても言ってしまえば面倒な事になるのは火を見るより明らかなので、黙って踵を返すことにした。



柳家所有のペンションはとても設備が整っている。部屋数も多く、しかもそのうち三つはオートロックときたものだ。私たちマネージャー二人は有難いことに、そのオートロック部屋を使わせて貰っている。その他外装は勿論のこと内装も文句なしに綺麗だ。今上っている階段の手すりには控えめだが綺麗なレリーフが刻まれていたり、廊下の至る所に素人目には誰が描いたか全く分からないが美しい絵画が飾ってあり、窓際には柳君が言うまで本物と思っていたくらい生き生きとした造花が飾られている。こんな素敵なペンションを使わせて貰えるなんてまさに柳様々だ。
そんな何度見ても圧巻の美麗な内装を見ながら歩いていると、いつの間にか目的の部屋へとたどり着いていた。


「開けるよー」

コンコンコン、と軽くノックだけして返事も待たずガチャリとノブを回す。軽く開いたドアに疑問なんて少しも持たなかった。
私たちマネージャーの部屋はオートロックなのだから開くのはおかしい、本当はそれに気付くべきだったのに時既に遅し。


「頼まれていた物を…」
「ん?」
「…」

開けた時と同じ軌跡を辿ってパタンと音をたてて扉を閉める。今閉めたこれまた繊細なレリーフが刻まれた扉の向こうには見間違えでなければ半裸の柳君がいた。いや見間違えであって欲しいけど。と言うか何で半裸!おかしいでしょ!……いやこれだけ暑ければ着替えか。いつも涼しい顔をした柳君だって汗くらいかくだろうし。…でも柳君はもやしっ子だと思っていたのに、しっかりとした体つきをしていたから余計にドキドキする。

「いやいや自分…思考がおかしいから…」

そうだ。今は何故半裸だったかとか、もやしっ子が云々を考える時ではない。と言うか「ごめん間違った」の一言でもかけたら良かったのに、これは非常に気まずい。

「どうしよ…」
「どうした何か用があったんじゃないのか?」
「うわっ!」

混乱した思考が落ち着こうとした瞬間、扉が開き何食わぬ顔の柳君が出てきたものだから、再び思考は混乱に陥った。今季一番のパニック状態だ。

「あ、いや、その…」

今こそ「ごめん間違った」を言うべきポイント。…なのに、

「柳君は着痩せするタイプなんだね…」
「そうか?」

自分が言った言葉を理解した瞬間、もはや居たたまれなさにどうしようもなくなった。そんなどうでもいい事を言うなんて我ながらアホ過ぎるだろう。

「あっ、違…何でもないっ!」

今来たばかりの廊下を全力疾走で戻りながら、頭の中は後悔と羞恥がぐるぐると渦巻く。もう充電器どころではないくらい恥ずかしいやら、情けないやら。

「ああもう馬鹿っ!」


誰に向けての叫びなのか自分でも分からない。次にどんな顔して柳君に会ったらいいのかも分からない。

私はどうしたらいいですか?



三回ノックが基本です




「ふむ…ようやく男として認識された…ということか」







……………………

柳さんは立海一華奢なイメージがあるのですが、身長(181cm)と体重(67kg)を見る限りそうでもないから驚き