「ねえブン太。ミルクチョコ好き?」
「勿論好きに決まってんだろぃ」

二月のある日、俗にバレンタインデーと呼ばれるこの日に、名前はそんなことを聞いてきた。
名前からは今朝、明らかに義理(もしくは友)チョコと思われる市販のチョコ菓子を貰っている。だからこの質問の意図が全く分からなかった。
昨日聞かれていたら、もしかしたら手作りのチョコでもくれるのかと期待したけど、もう当日だし。期待も何もない。

「じゃあこれあげる」

いつもの調子でポンと机に出されたのは、赤いリボンが結ばれた片手サイズの箱。そのリボンの不恰好さから市販でないことは一目で分かる。

「……名前が作ったわけ?」
「そうだけど」

確信はこれっぽっちもなくて、あったのは"そうだったらいいなあ"という希望だっただけに、返って来た言葉は目を見開くに十分過ぎた。

「は?え?いや何突然」
「だから、あげるって言ってるの。バレンタインでしょ」
「お前からなら朝貰ったけど?」
「あれ友チョコ」

そんなん分かっていたし。そう思ったけれど口にはしない。言ってしまえば少しずつ本題から逸れていくだろうから。それは非常に面倒だ。

「じゃあこれ何だよぃ」

だから俺が聞いたのは本題ど真ん中の疑問。差し入れ?それとも早い誕生日プレゼント?…誕生日プレゼントにしても(まだ2ヶ月は先だから)早過ぎるし、ましてや名前は差し入れなんてくれるような柄じゃない。

「…本命」

名前がポツリと零したその言葉は俺の願望が高じたあまりの幻聴かと思った。ただ一つ唇の動きだけがやけにゆっくりと、スロー再生されているかのように見えて、それのおかげで何とか言葉を聞き取る…いや読み取ることが出来た。

「名前、お前…それ意味分かってんの…?」
「うん。私、ブン太のこと好きかもしれない」
「………なんだよ"かもしれない"って」

今年一番のときめきに浸ることも叶わず、たっぷり三拍は微妙な間をとった後、俺は気の抜けた声をもらした。俺のときめき返せ。

「仕方ないでしょ、事実なんだし………その…こんなの初めてでよく分からないんだよね…」
「ぷっ…あはははっ、今時小学生だって分かるぞ」
「悪かったねガキで!」

いつもの威勢のよさは何処へやら。心なしか頬を染めながら口籠もる姿は素直に可愛いと思った。けれどどうしても込み上げて来る笑いを堪え切れず、遂には吹き出し拗ねられる始末。いや、でもちょっと名前らしくて良いかも。

「あー…」

しかし、だ。こういう時どうしたらいいんだろう。目の前の名前は拗ねていて、俺との間には沈黙が作り上げられている。
…そっと抱きしめたらいいのか、何か言葉をかけるべきなのか。…全く分からない。

「つーか…俺も人のこと言えないじゃん……」
「は?」
「お互い様ってこと」

やけくそ気味に天を仰いでみても、若干何かをぶつけたような跡のある白い天井しか見えず。解決の糸口は、その端さえ見えてこない。

「ま、二人共子どもで丁度良いだろぃ」

見えてこないものに最早見切りをつけ、目の前にある現実と向き合おうと視線を真っ正面へと戻す。そこには俺に代わって、今度は名前がどうしたらいいのか分かりません、とお手上げ状態で佇んでいる。ほら、こんな所も似た者同士でお似合いなんじゃないの?



ハッピーミルクハニー




(子どもみたいだっていいじゃない。二人でゆっくり大人になろう)







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男前なんだけど、肝心な所でちょっと抜けている丸井君が好きです。