もぐもぐと機械的に口を動かし暖かいお味噌汁で無理やり胃へと追いやる。こうでもしないと食欲のない朝は乗りきれないから仕方がないと思う。本当は食欲がないのに食べるのは嫌だけど、朝食を抜いたことによって授業中お腹がなってしまう方がもっと嫌だし。
一度お腹がなってしまった時があり、その時隣の席だった赤也君に盛大に笑われたのは悪い思い出でしかない。そんなこともあり、私は朝食は必ず食べるようにしている。

最後の一口を噛み締めながらぼんやり前を見ると、「我が家の朝はこの番組」と決まったかのように毎朝お馴染みのTV番組が滞りなく進行している。朝から眩しい笑顔を振りまくアナウンサーさんがニュースを読み上げたり、VTRやCMをはさんだかと思えば、冬の寒空の下今の天候を伝えようと頑張るお天気お姉さんに中継が繋がったり。慌ただしく画面は切り替わる。

(今日は傘いらないかな…)

気になったニュースと今日の天気だけを頭に留め置くと、再びCMになったのを見計らい歯磨きを済ませコートとマフラーを身に付ける。それから一度手袋を手にとり少し考えて、やっぱりいいやとお母さんが食器を片付けてくれたばかりの食卓に置く。そこで丁度よく番組は再開され、私が毎朝欠かさずチェックする星座占いのコーナーが始まった。私は占いを信じているわけではないけど、まるっきり信じていないと言えば嘘になる。それに登校前にこの占いコーナーをチェックするのが日課みたいなものになっているし。さて、本日の私の運勢は…




…出ない、出てこない

12星座の1位から順に発表されるこのコーナーにおいて、出てこないと言うことは…つまり…


「うわ…最下位だ…」


ここのところ運が良かっただけに一瞬唖然としてしまったが、結局のところただの占いだと苦笑いを漏らす。しかしいつもは順位を確認するだけですぐに家を出る私だが、今日はじっとTV画面を見つめる。

(ラッキーアイテムは…手袋。……でも占いは所詮占い、だよね、うん。…でもなあ……)

うんうん唸っていた私は、お母さんの「名前、時間大丈夫?」の一言で慌てて我に帰り家を飛び出す羽目になった。結局手袋は置いてきたけれど…問題ないよね。





「やっぱり持って来るんだった…」

飛び出した直後の自分の考えは、5分程歩いてすぐに変わった。寒い、寒過ぎる。冬が寒いのは当たり前だけど、今日は一日快晴だからと置いてきたのに…誤算だった。明日からは気温も確認しようと心に誓うも、だからと言って今の状況が変わる訳ではなく、せめてもの慰めにコートの袖に手を引っ込めることしか出来なかった。…一瞬占い結果が頭をよぎったけど、これは偶然に決まっている。

(信じない…今日ばっかりは信じない…!)

良い結果は信じるが悪い結果は信じない、そんなご都合主義を日頃から心に掲げる私でも、寒さで気分は下がりっぱなしだ。私の横をするりと駆け抜けて行く小学生達は私へのあてつけじゃないのか。あんな元気そうに雪玉を投げ合いながらはしゃげるなんて、いっそ尊敬出来る。あ、いや、でも道端で雪合戦は危ないよ小学生達。

「小学生君…羨ましい通り越して恨めしいよ…」
「おーい名前、なーに怖い顔して小学生睨んでんだよぃ」
「丸井先輩!」

いつの間にか隣を歩いていた丸井先輩は相変わらずガムを噛んでいて、その上両手はポケットに突っ込んでいた。うっかり反射的に「朝練はどうしたんですか?」と聞きそうになってから、引退したという事実をふと思い出す。

「だってこんなに寒いのに、あんなにはしゃいで…羨ましいどころか恨めしいですよ」
「まぁ子どもは元気だからなあ…うちのチビ共も元気有り余ってるし」
「そう言えば丸井先輩には弟がいるんでしたね」
「そーそー。雪だるま作ろうとか言って雪降ってんのに連れ出すんだぜ!?」

それはさぞ大変だろう。私は憐れみの視線を向けてみたけれど、丸井先輩は私の視線に気付くこともなく、今のがスイッチだったのか堰を切ったように矢継ぎ早に話を始めた。一方的な会話の為、私は「ああ」とか「そうですねえ」といった言葉と共に相槌を打つだけ。



そうこうしながら歩いていると真田先輩が仁王立ちしながら服装チェックしている校門が見えて来た。私と丸井先輩は何の問題もなくそこを通り過ぎ、いつも通りに校舎に入る…はずだった。


「冷たっ」

急に隣から悲鳴じみた声が聞こえたから丸井先輩を仰ぎ見ると、髪についた雪を払いながら後方を睨んでいた。何かと思い振り返れば、そこには雪玉を持った赤也君。その姿で、ああそうかと全てを理解した。まったく…先輩に向かって何をしているんだか。

「丸井せんぱーい俺のコントロール凄くありませーん?」
「あーかーやー!」

怒り心頭の丸井先輩に対し、至極楽しそうな赤也君。丸井先輩は当然の如く近くの雪を集め雪玉を作ると、真っ直ぐ赤也君に向けて投げつけた。赤也君はひょいとかわすと、さも面白そうに投げ返す。二人雪合戦。雪合戦は二人以上でしかやったことがないから分からないけど、たぶん二人雪合戦は寂しいと思う。…本人達(実際は赤也君だけ)が楽しそうだからいいか。でもこれじゃあ、さっき見た小学生と変わりないと思う。



しばらく傍観していたが、きっとチャイムが鳴らない限り続くだろうと見切りをつけ、私はさっさと校舎に入ることにした。

「丸井先輩時間に気を付けて下さいね。赤也君も」

そうしてため息をつきながら踵を返そうとした瞬間、

「赤也!!丸井!!」

やっと二人に気付いたらしい真田先輩の大声が睦月の空に響き渡る。怒ると先生よりも怖いと言われる真田先輩の怒鳴り声は、離れた場所にいる私の耳にも鮮明に聞こえ、それによりビクリとその場から動けなくなってしまう。
視界の端に捕えた赤也君も同じように固まってしまい、丸井先輩に向けていた雪玉は方向感覚を狂わせながら放り出された。


……見事私に向かって。


避けろ!と脳は命令するも、突然過ぎて体は反応出来ず、私はその場に立ったまま。

「危ない!」

誰かの声が聞こえたとほぼ同時に雪玉は私の顔面にクリティカルヒット。やっぱり今日の運勢は最悪だ。朝から雪玉を顔面キャッチだなんて。素直に手袋していたらよかったのかなあ…と瞬時に色んなことが脳内を巡り、それを追うかのようにじわじわと顔に痛みが広がった。それ程雪玉に勢いがなかったことで我慢出来るくらいの痛みになったのは、不幸中の幸いだろうか。

「名前大丈夫かよぃ!?庇ってやれればよかったんだけど…悪い!」
「おい名前!」

丸井先輩に「大丈夫です」と答えた直後、駆け寄って来てくれた赤也君も声をかけてくれるが、一言声をかけたっきりおろおろするばかりで続きがない。そのうち同じように駆け寄って来た真田先輩が赤也君の背中をバシンと叩いて喝を入れた。

「赤也!謝らんか!」
「痛っ!………名前…その…悪い…」
「……ああもう…本当に馬鹿」
「へ?」

別に怒ってはいなかった。普段からもあまり怒ったりしないし、今のだって(真田先輩の怒鳴り声が原因なだけで)意図的にやった訳ではないから気にしていない。それなのに何故だろう、彼が関わると一転、どうも感情の起伏が激しくなる。それは彼も同じようで、他の人なら何ともないことでも、私だとすぐに突っ掛かって来る。…多分それがあるから私も突っ掛かってしまうのだと思う。

「馬鹿って言ってんの!このワカメ!」
「な…っ!俺はちゃんと謝ってんだろ!」

ほら始まった。…いや、始めたのは私か。でも毎回こんな感じ。どちらかが突っ掛かる→口論、この流れ。あの赤也君が私に謝っただけでも快挙なんだから、むしろ褒めるべきところなのに口論になってしまう。

「真田先輩に言われたからでしょ!」
「はあ!?真田副部長に言われなくても謝る気だったし!」
「おろおろしかしてなかった!」
「あ…っれは、あれだよ!」
「あれってなに!」
「その…準備だよ!謝る前の!」
「何それ!?第一怪我しなかったからいいけど、お嫁にいけなくなったらどうする気!」

「元からお嫁になんていけないだろ!」とでも返ってくるだろうから、いっそ泣き真似でもして先輩達に助けて貰おうか。そしたら赤也君も少しはこりるだろう。


「俺が貰ってやるよ!」
「………」

…赤也君の一言で私の考えは儚くも砕け散った。勢いと分かっていてもこれは誰だって戸惑うだろう。

「は…はあ!?」
「な、何だよ」
「だって…」

お互いにしどろもどろ。それが余計に戸惑う。

「やっぱ名前は赤也のこと嫌いなの?」
「え…いや…」
「じゃあ好きってことだろぃ?」

助け船を出してくれると期待していた丸井先輩は、期待と180度違う変な質問をしてくるし。それに丸井先輩、"嫌いじゃない=好き"は違うと思うのですが。


「そんじゃお二人さん手を取り合って〜」

私の心の声を知るはずもなく、半ば強引に私と赤也君の手を取り握手させる。

「はいカップル完成」

そしてとんでもない爆弾発言をさらりと発した。何この先輩?何を仰っているんですか?

「ちょ!丸井先輩!」
「別にいいだろぃ?お前名前のこと好きなんじゃなかったの?」
「あ…え…それは…」
「はい問題無し。つーわけで、ほら真田固まってないで行くぞ」

勝手に話を完結させた丸井先輩は、話が変な方向になってから(おそらくこの手の話が苦手で)微動だにしていなかった真田先輩を引きずりながら校舎へと入っていってしまった。

まったく…丸井先輩は少しなげやりではないだろうか…。ごちゃごちゃにかき混ぜた挙げ句、後は任せた…。ジャッカル先輩も大変だなあと思わず同情してしまう。

「名前…その…」
「はあ…いいよ…気にしないで。別に悪い気はしないから」
「えっ!」

これは本当。いつも突っ掛かっているけど赤也君が嫌いなわけではないし。こうして考えてみると、思ったことをはっきり言い合えるのはいいこと…のはず。

占いは最下位だったけれど、結果的には良い方向に転がった…かな?




予感は運悪く的中





後から聞いた話、好きだから突っ掛かって来ていたらしい。

「小学生か」
「は?」
「ううん、何でもない」

そんな小学生の反応に気付かなかった私も私だし、ね。





……………………

企画"プリムローズ"様に提出