先生からの信頼もある模範生で、男女別け隔てなく優しくて、日頃から品行方正な姿は正に"紳士"たるに十二分過ぎると言える。ええ確かにそれは認めよう。彼女としてはそんな人が彼氏なのだから鼻も高い。
だけど、だ、
「柳生くーんこの段ボール切ってくれないかな?」
「ええ、構いませんよ」
「女性にそちらの作業は危ないですから、私が代わります」
「あ、柳生君、それ終わったらこっち手伝ってね」
「はい、お任せ下さい」
「ああちょっと待って下さい、その荷物は私が運んでおきますよ。女性にそのようなことさせられませんから」
…と、この始末だ。文化祭準備のこの期間は普段にも増してこんな光景が目につく。これには彼の性格を分かっていても、腹が立って仕方がない。優しいのは人として素晴らしいことだよ?でも、同じ空間に私という彼女がいるのに、ニコニコと誰にでも愛想よくして、優しさを振りまくのは如何なものか。
…私の心が狭いと言われるかもしれないけれど、クラスの女の子の手伝いばかりして、彼女である私の手伝いにはきてくれやしないのだ。これは怒りを覚えたっていいと思う。少しは私を気にかけてくれたっていいじゃんか。
まあ今に始まったことではなく、女の子に特に優しいのは日頃から明白で。かと言って軽い訳ではなく、紳士的な物腰だからこそ好感が持たれているのだ。
…けど優し過ぎるおかげで彼を好きになる女の子は少なくない。「柳生君て本当に優しいよね」「他の男子とは大違い!」「好きな人いたのに、柳生君に優しくされたら柳生君が好きになっちゃった」「柳生君素敵〜。あの優しさ好きだな〜」「彼女になってもっと優しくされたい!」とこんな感じ。そりゃあ、あの優しさで接されて勘違いしない女の子は少ないだろう。
「それじゃあ片付け終わった人からかいさーん」
「鍵は私が返して来ますね」
「ごめん柳生君、お願いね〜」
物思いにふけっていた私の耳に委員長の解散の声が聞こえた瞬間、余計な考えは全部振り払いまとめておいた荷物を持っていち早く教室を飛び出していた。もう柳生君なんて委員長の手伝いなり他の子の手伝いなりしてればいいんだ。
(バカバカバカ)
玄関まで来ても、怒りと悲しみが混じった感情はおさまらず、私の中でぐるぐると渦巻いていた。
(少しは私のことを気にしてよ…!)
「良かった、まだいらっしゃいましたね」
「ひゃっ!」
心の中で叫んだ瞬間だった。どうしようもないこの感情の原因であるその人の声が聞こえたものだから、びっくりし過ぎて声が裏返った。
「…」
こっちはこの感情がどうしようもないでいるのに、相変わらずの涼しげな表情で立っているのが無性にはらただしい。だから、ちょっとだけ悪いと思ったけど無視を決め込み、早急に靴を履き玄関を出た。
「ま、待って下さい!」
後ろで慌てて靴を履く音が聞こえるけど、足を止めたりはしない。
「何を怒っていらっしゃるのですか?」
「…」
「部活のある時でも必ず待っていて下さるのに、今日は先に行かれてしまうから焦りましたよ」
「…」
「…私は怒らせることをしましたか?」
その一言に私は思わず手が出そうになった。自分がしたことを分かっていないとは…。いや、分かっていたら止めるか。
「私なんかどうでもいいんでしょ。他の子と帰ったら」
「それは出来ません。私は貴女の彼氏ですから」
「私より他の子にばっかり優しいんだから、そんなの関係ないんじゃない」
本当にさ、こっちは見ていて悲しくなるって言うのに。
「…それは…嫉妬ですか?」
「は?」
嫉妬?そんな訳ないない。なんで嫉妬しなきゃいけないの。私はただ柳生君が彼女である私より、他の子に優しくするのが気にくわないだけで…あれ…これ…嫉妬…?
「私には嫉妬に聞こえたのですが、違いますか?」
「…………っ!嫉妬して悪いかっ!」
自分で認めてしまえば、もはや開き直るしかなかった。しかもそれを言ってしまったことで、次々と感情が溢れだしてきた。
「私の手伝いなんかしてくれないのに、他の女の子の手伝いばっかりしてさ!私のことだって少しは気にかけてよ!わ、私は…柳生君の彼女なのにっ!」
遂に言ってしまった。日頃から絶対に言わないようにしていたコレを。
「そんなこと、言って下されば良かったのに」
「困らせたくないから、我儘言わないようにしてたの!」
面倒だとでも思われたと思ったのに、やけにあっさりした返答が返ってくるものだから、調子が狂ってまたもや強い口調で言い返してしまう。
少しの間があってから、クスリと笑う声が聞こえたと思うと、後ろにいたはずの柳生君が前に回り込んできて頭を下げていた。
「…分かりました。私が悪かったです、申し訳ありません」
深々と頭を下げたままそう言うと、顔を上げて私を真っ直ぐに見つめてきた。
「惚れた弱みです、次からは我儘だろうが何だろうが言って下さい。ちゃんと聞きますから」
その言葉だけで凄く嬉しくて、怒りも悲しみもどこかへ消えてしまう。…なのにどうしても強い口調で返すことしか出来ないみたいで。
「い、言ったね!じゃあ次からは私の我儘ぜーんぶ聞いてもらうんだから!」
「ええ、構いませんよ」
ああ…こんな自分がうらめしい。しかも柳生君が優しく微笑んでいるから尚更やるせない。
…でも、私の我儘も聞いてくれると言う、そんな柳生君の優しさに惚れたというのもまた事実。これからは我儘も言ってみよう。あまり困らせない程度に、だけど。
君のワガママなら
なんなりと「貴女の我儘を聞くのは、彼氏である私の特権ですから」
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企画"amore"様に提出