(思わず抱きしめてしまいたい衝動にかられますのでご注意下さい)



愛らしさ注意報




寒さが得意ではない(と言っても暑さが得意な訳でもない)俺の彼女は、基本屋内デートを好む。水族館とか映画館、プラネタリウムやお互いの家だったり。
故に今日も今日とて彼女の家でまったりと、お家デート決行中である。

飲み物を持って来ると言って名前が出て行ったのは約3分前。その間俺は柔かな絨毯の上に腰をおろして、ぼんやり部屋を眺めていた。名前の部屋なんて見慣れているけど、やっぱり何度見ても飽きない。だって愛しい名前の部屋だもの。大切な彼女の部屋を見て何も思わない男なんて、この世の中いるわけないじゃん。しかも俺は中学生、多感なお年頃真っ只中だし。

机の上に飾ってあるあのドライフラワーは、名前が好きだと言ったから俺が誕生日にプレゼントした物。壁にかけられた写真は、付き合って一年目だからと(恥ずかしがる名前を説得して)記念に撮って、俺が飾った物だ。「外したら真田の鉄拳ね」が効いているのか、未だ外されていない。
…後ろに視線を動かせばベッドが見えて、更に枕元で光を反射して控えめながらもキラキラ輝いているガラスの小物入れはホワイトデーにお返しとして贈った物。

うん、やっぱり嬉しい。何か上手く言えないけれど嬉しさが込み上げて来る。


「お待たせ。お母さんが"これ二人で"って買っておいてくれて…何ニヤニヤしてるの」
「ん?何でもないけど?と言うか、ニヤニヤなんて人聞き悪いじゃんか。ニコニコでしょ」
「いいや、絶対ニヤニヤ」

仕方ないじゃん、(真田みたいな堅物は別として)人は嬉しい時はにやけるものなんだから。

そんなやり取りをしながら名前がスッとテーブルの上に置いたトレーには、紅茶とケーキがのっている。

「わ、美味しそう」

既に名前の両親とは顔見知りで交流もあり、しかも有り難い事に好意的な感情を持たれている。まあ人当たりには自信があるし、彼女の両親に嫌われるような真似を俺がする訳がない。

「はい、どうぞ」

白いティーカップには華奢なデザインが施されており、そこに注がれた琥珀色の液体が更にその白さを映えさせる。隣に並ぶケーキは小さく切られたフルーツが艶々と輝いていて、クリームと同じくらい真っ白な皿はシンプルが故に果実達のその鮮やかさを際立たせていた。


やんわりとほのかに漂う甘い香りが鼻腔をくすぐるものだから、すぐに紅茶をこくりと口内に含む。
それからケーキにフォークを突き立てた。見た目通りふわふわした柔らかなスポンジは何の抵抗もなく一口サイズに切り取れる。名前が同じようにして口に運ぶのを見ながら、俺はゆっくりと咀嚼をした。
とろり甘いクリームと、きゅんと酸味を含んだフルーツが簡単に言ってしまえばベストマッチ。とてもよくあっている。「元来クリームとフルーツの相性が悪いはずがない」と豪語するブン太は正解者なのかな。


「…うん、美味しい。お母さんナイス」
「流石名前のお母さん」
「お母さんに言っておく。きっと喜ぶよ」

満足気な笑みを見せるから同じような笑みを返したら、名前は再びケーキに視線を戻しながらはにかんだ。


何とも美味しいケーキは、二人ともほぼ同時に食べ終え静かな空間だけが残る。まだ中身が残る名前のティーカップからゆらゆら立ち上ぼる湯気は、そんな静かな空間を表しているように見えた。


「んー…明日も部活ないけど、行きたい所とかある?」

名前がかちゃりと小さな音をたてながらティーカップを手にしたのをきっかけに、とりあえず明日の予定をたてるべく問いかける。俺としては名前が一緒ならどこでもいいけど。

「そうだねえ…特にないかな…」
「本当に?」
「うん。……精市が一緒ならどこだっていいよ」

一瞬言葉が理解出来ずにポカーンとしていたら、名前は「片付けて来るね」とトレーを持ってそそくさと立ち上がる。取りに行く時とは明らかに違う素早さと、その横顔が微かに赤く染まっているのを見て、それが照れ隠しなのだと気付くのに時間はかからなかった。うわ、何その反応可愛い。


「あーもう、名前好きっ」
「は?え!?ちょ、いきなり過ぎ!お皿落とすところだったでしょ、まったく…」

試合中並みの素早さで反射的に立ち上がり、部屋を出て行こうとする名前を抱き締める。トレーの上の食器類がカチャカチャと慌ただしく音を立てるけど、名前が落とすことはなかったみたいだ。

「本当に精市は突拍子もないんだから…」
「名前が可愛過ぎるのが悪い」


ため息をついて苦笑する名前を更にぎゅっと抱き締めて「だから文句は聞かない」とそっと呟く。今日も俺は幸せです。





……………………

幸村君は公園デートよりもお家デートが似合うなあと勝手に思い込んでいます。